『オルレアンの少女《おとめ》』シルレル/佐藤通次訳(岩波文庫)★★★★☆

『オルレアンの少女《おとめ》』シルレル/佐藤通次訳(岩波文庫

 『Die Jungfrau von Orleans』Friedrich Schiller,1801年。

 『ヴィルヘルム・テル』のシラーによる、戯曲ジャンヌ・ダルクです。

 百年戦争で劣勢のフランス、豪農アルクのチボーは、娘のジャンヌが玉座に坐っている夢を見た。戦乱が始まる前に娘たちを結婚させようとしていたチボーだったが、農夫がもらってきた兜を見たジャンヌは、神の声を聞いて戦に赴く。もはや諦めて覚悟を決めていた太子(のちのシャルル七世)たちのもとに、フランス軍勝利の報せが飛び込んで来る。突如現れた一人の少女が旗を奪って陣頭に立つと戦局が変わったのだという。その後ジャンヌはマリヤの描かれた旗を持ち、出会ったイギリス人は全員殺すと誓ったが、戦場で相対した敵将ライオネルに一目惚れしてしまい……。

 あらすじからだとどんな人間くさいジャンヌなのかと思いましたが、むしろジャンヌの聖性は揺るぎないものとして描かれていました。信仰に疑いを持たぬがゆえに、神との誓いを破って敵を殺せなかったことを神への裏切りだと感じ、もはや神の使いとして戦う資格はないと思い詰めてしまう、その真っ直ぐさことが、ジャンヌの魅力でしょう。

 もはや自分の知っている娘とは別人となってしまったジャンヌを父親が告発すると、ジャンヌを信じる人々が、ジャンヌ自身の煮え切らない態度により、一人また一人と離れていってしまう場面は、一人去るたびに「まだ間に合う――」と祈るように思いながら読んでいました。歴史なんて変わるわけもないのに。

 黒色の騎士という謎めいた存在が予言めいたことを告げて去っているので、いっそうのこと避けられぬ悲劇を予感させます。

 ところがここから、ちょっとしたアレンジどころではないほど史実とは大きく異なる展開が起こります。

 同じく悲劇ではありながらも、捕まって火刑に処されてしまうという運命ではなく、聖女として死ぬ運命を著者はジャンヌのために用意していました。シラーの美意識の賜物でしょう、何よりも崇高なジャンヌでした。

  

『偽のデュー警部』ピーター・ラヴゼイ/中村保男訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)★★★★★

『偽のデュー警部』ピーター・ラヴゼイ/中村保男訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 『The False Inspector Dew』Peter Lovesey,1982年。

 かのクリッペン医師を逮捕したことで知られたウォルター・デュー警部。そんなウォルター・デューの偽名を使って乗り込んだ豪華客船で殺人事件が起こり、偽のデュー警部は本物と勘違いされて事件を捜査することに……そんな程度のあらすじだけは知っていました。

 ところが実際に読んでみると、そんな簡単なあらすじではくくれない内容でした。

 まずは魚雷に攻撃されて沈没するルシタニア号から幕を開けます。1915年の出来事です。そのルシタニア号の生き残りの一人が、偽のデュー警部ことウォルター・バラノーフ。当時はサーカス芸人でしたが、女優のリディアと結婚して1921年現在は歯科医として成功しています。

 歯科医が愛人と協力して邪魔な妻を殺す計画を立てる――そんな話だと思っていたのですが、そうしたクライム・ストーリーにすらなかなかなりそうにありません。というのも愛人枠のアルマというのが実は愛人でも何でもなく、思い込みから一方的にウォルターに熱を上げる男性経験のないストーカーなのです。ここからどうなったら二人で妻を殺そうという話になるのか見当も付きません。

 けれど女優としてまた一花咲かせるために知り合いのチャップリンを頼ってアメリカに渡るという計画を自分勝手に推し進めるリディアに対し、温厚なウォルターも気持が揺らぎます。そんないわば弱みにつけ込むような形でいよいよアルマはウォルターを籠絡します。

 斯くしてアメリカ行きの豪華客船モーリタニア号に乗り込むリディアを追って、偽名で乗り込んだウォルターがリディアを殺して海に捨てたあと、密航していたアルマがリディアに成り代わる……という計画が立てられました。

 モーリタニア号には個性的な船客たち。

 トランプいかさま師のゴードン、ゴードンに協力する掏摸の少女ポピー、娘を金持ちと結婚させることしか考えていないマージョリー、そんな親心を知ってか知らずか男には興味がなさそうなバーバラ、バーバラの大学の友人である百万長者の息子ポール、アルマにちょっかいをかけるお調子者のセールスマン・ジョニー。

 まんまとリディアを殺したはずでしたが……なぜか別の殺人事件が起こり、ウォルターがデュー警部として捜査するはめになってしまいます。

 ここからのユーモアが冴えていました。捜査のことなんてわからないので、何も言えずにいると、相手が勝手にしゃべってくれます。何も考えずに無神経な質問をしたところ、激昂した相手が思わぬ事実を口走ってくれます。相手の名前を何度も間違えたり、英語のわからないオペラ歌手に事情聴取に行ったらサインをねだられたのだと間違えられたりといった古典的なギャグもまぶされています。

 あまりにも天然なウォルターですが、そんな素直さゆえでしょうか、集まった情報からあっさり核心を突くような鋭さも見せます。そして第二の事件も起こり……。

 遂に解決編。すべては早い段階で書かれてあったのですね。伏線といい動機といい、全篇に漂うユーモアとは裏腹にしっかりした謎解きものでした。他の乗客からすればただの(?)殺人事件なのですが、読者からすればもう一つの、そして不慮の殺人事件ということもあり、すっかり手玉に取られてしまいました。

 謎解き以外にも読み所がたくさんあり、ポールとバーバラのラブコメもあれば、いつ偽物だとばれるのかとヒヤヒヤものでしたし、当初の計画はどうなっちゃったの……と思っていたらそこもしっかり回収されていました。

 花屋の店員の恋の相手は歯科医だった。歯科医の妻は女優で、彼女は喜劇王チャップリンを頼ってアメリカに渡ると言い出した。二人の恋を実らせるには、この妻を豪華客船上から海へ突き落とすことだ。偽名を使い、完全犯罪を胸に乗船した二人だったが……やがて起こった意外な殺人に、船上に登場した偽の名警部が調査を開始する。英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー受賞。本格ミステリ黄金時代の香り豊かな新趣向の傑作!(カバーあらすじ)

  

『ミステリマガジン』2022年7月号No.753【高橋葉介と夢幻ミステリ】

『ミステリマガジン』2022年7月号No.753【高橋葉介と夢幻ミステリ】

「邪悪の家」エリック・パーヴェス/小林晋訳(The House of the Black Evil,Eric Purves,1929)★★☆☆☆
 ――郵便配達員の奇妙な行動が、私の注意をあの陰鬱な家に引きつけた。配達員は郵袋を置いたまま郵便物投入口を覗き込んでいた。その時、振り返った配達員が私を呼んだ。「サー、郵便受けはありません。ここは玄関ホールです。まったくの暗闇で、手紙が消えるんです」配達員に言われるがままに新聞を郵便物投入口に入れると、中に入れるに連れて、新聞が消えていくのだ。その先は、何もない、暗黒だった。

 高橋葉介特集の一篇。魅力的な発端です。幽霊屋敷ものとも心霊ものとも言いがたい、霊媒を通じて光に勝利を収めた闇というオカルトでした。
 

「おやじの細腕新訳まくり(26)」田口俊

「小屋」ジェフリー・ハウスホールド/田口俊樹訳(The Hut,Geoffrey Household,1951)★★★☆☆
 ――彼らふたりにはすぐには持ち出せない話題があった。はるか昔、あの戦争が始まった頃のことで、当時ヴィリアンは二十五、六歳、将来有望な士官だった。メドロックはもっと粗野なタイプだった。「不快きわまりなn任務だったな。民間人を射殺するのが命令とはな!」「いや、彼が射殺されるところを見届ける。それがわれわれの受けた命令でした」……レジスタンスの組織を敵に売り渡したフランス人のデュポンは、スパイ容疑の連合軍兵士として軍刑務所に収容された。裁判にかけることはできなかった。イギリスの法を犯したわけじゃないんだから。で、彼を処分するのに、自由フランス軍に銃殺を任せた。スミスというタフな男が車を運転し、ほかにデュポンの連行を命じられた四人、ヴィリアンとメドロック、自由フランス側の民間人と少佐が乗っていた。四人は仕事の手順を話し合った。「私のほうではきみたちが……」「われわれの理解としてはあなたが……」

 裏切者を非公式に処刑する時になって、押し付け合いが始まるていたらくです。戦場で人を殺すのと、銃後で射殺するのではまったくの別物なのでしょう。
 

「書評など」
 『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ゠ガルシアは、ゴシック・ロマンス。タイトルからてっきりメキシコの作家かと思っていたら、カナダの作家でした。

『辮髪のシャーロック・ホームズ』莫理斯(トレヴァー・モリスは、昔の中国人が書いたホームズものの翻案――ではなく、現代作家が「ホームズ譚を同年代の香港に置き換えたパスティーシュ短篇集」。「この時代の香港ならではの要素と結び付けて驚くような真相を提示するものあり」。
 

「刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ最新作『ポリス・アット・ザ・ステーション』刊行記念対談」武藤陽生×阿津川辰海
 シリーズの翻訳者と、シリーズのファンである推理作家による対談。
 

「これからミステリ好きになる予定のみんなに読破してほしい100選(7) アリバイ」斜線堂有紀
 二万人の視聴者によるアリバイ、床品美帆『二万人の目撃者』。『幻の女』タイプのアリバイ探し、フレドリック・ブラウン「踊るサンドウィッチ」。アリバイの証人探し、都筑道夫「ジャケット背広スーツ」。アリバイを無視して自供する謎、西澤保彦「アリバイ・ジ・アンビバレンス」。「一番の奇作にして傑作」、麻耶雄嵩『木製の王子』。などなど多種多様なアリバイものが紹介されています。
 

「華文ミステリ招待席(5)

「倒錯したネメシス」猫特《マオテエア》/阿井幸作訳(倒错的涅墨西斯,猫特,2014)★★★☆☆
 ――六年たち、ついに復讐の機会がやってきた。「美娜、お父さんがかたきを取ってやる!」/四月十二日、董剣平の住む集合住宅の一室で、至る所に血が飛び散り、ところどころに脂肪の塊が散らばっているのが発見された。犯人は金品に一切手を付けていない。犯人はなぜ死体を持ち去ったのか? さらに現場には董剣平とは別の成人男性の血痕と死体の一部があった。被害者はどちらも死後に切断されたことがわかった。容疑者はすぐに浮かび上がった。佟健、市立病院の医者だ。約六年前に董剣平の交通違反による事故のせいで妻と娘を亡くしていた。だが事件当日の夜、佟健には鉄壁のアリバイがあった。同僚たちとカラオケで徹夜で歌っていたのだ。だが六年前の事件で心を閉ざしていた佟健が、突然同僚をカラオケに誘ったのはあからさまに不審でわざとらしかった。

 第二回華文推理大奨賽大賞受賞作。「島田流トリック」というのは編集者の煽り文かと思っていたら、著者本人が本文で犯人や刑事たちに言わせていたのが可笑しかったです。死体切断の理由はなるほどトリッキーで、復讐者の執念を感じさせるものでした【※ネタバレ*1】。ただ全体的に複雑で長いわりにモノローグと捜査パートの単調な繰り返しのせいで、その他の仕掛けにしてもさほど意外性や驚きを感じられず損をしていると思います。犯人にとって復讐というのが結局のところ相手を殺して自分が捕まらないことだというのも、ずれていると感じました。
 

  




 

 

 

*1 身体の一部を使って生きている人間を死んでいるように見せかけるというのは、なるほど『占星術』そのものです。

*2 

*3 

『わたしたちが火の中で失くしたもの』マリアーナ・エンリケス/安藤哲行訳(河出書房新社)★★★★★

『わたしたちが火の中で失くしたもの』マリアーナ・エンリケス/安藤哲行訳(河出書房新社

 『Las cosas que perdimos en el fuego』Mariana Enriquez,2016年。

 アルゼンチンの〈ホラー・プリンセス〉による短篇集。帯にケリー・リンクの惹句掲載。解説に引用されている著者の言葉によれば、本質的にホラー作家のようです。ただし、現代のホラーは幽霊屋敷では起こらないというスタンスのため、作品はかぎりなく主流文学に近づいています。
 

「汚い子」(El chico sucio)★★★★☆
 ――わたしはいかれてる、家族はそう思ってる。治安の悪い祖父母の家に住むことに決めたから。わたしの家の前、かつてのコンビニには、若い女性が息子と暮らしている。妊娠数か月だがヤク中は痩せているのでわかったものじゃない。五つくらいの息子は学校に行かず、カードを売って地下鉄で過ごしている。ある晩、呼び鈴が鳴った。あの子がいた。「ママがかえってこない」一緒に過ごしてあげたのに、母親からは怒鳴られ、息子も知らんぷりをした。なんて恩知らずなガキ。

 日本や欧米以外の国の作品を読んだときに困るのは、記されていることがどれだけ一般的なのか現実的なのかということがわからないことです。主人公の友人の美容師が語った生贄の儀式が荒唐無稽な絵空事なのか、それに類する土俗的な因襲があるのかがわかりません。美容師が当たり前のことのように語るのを読んで薄ら寒くなりました。近所で事件が起きたときに、初めのうちはみんな探り合いをしているからまずは直接たずねるよりテレビで情報を得る方がいいという感覚がリアルです。それにしても貧しさと死の距離が近すぎて恐ろしい。
 

「オステリア」(La hostería)★★★★★
 ――父親の市議会議員選挙の運動中は、フロレンシアたちは追い出されることになった。問題はラリだった。週末はいつも外出し、酔っ払い、彼氏が大勢いた。フロレンシアは放課後、ののしる女の子たちと殴り合いをしてまで妹を守らなくてはならなかった。いったいどうなるんだろう? フロレンシアは親友のロシオにメールを送った。「会いに来て」。観光ガイドをしていた父親が、オステリアが独裁期の警察学校だったことを話したせいで首にされちゃった、とロシオは話した。だから雇い主のエレーナに嫌がらせするの。

 現代の幽霊屋敷という著者の発言はこういう意味であったのかと、ちょっと意外な念に打たれました。「汚い子」では飽くまで恐怖の対象が古典的幽霊から現実的な対象に移っていたのに対して、本作で描かれていたのは紛う方なき幽霊屋敷でした。ただしはじめは愚連隊にでも襲われたのかと思うような、やはり現実的な危険として少女たちを襲います。そうは言っても、結末の妹の思わせぶりな発言もあり、多感で想像力豊かな少女二人のヒステリーという線も捨てられません。タイトルが一字違えば「histeria」となり、スペイン語でヒステリーの意になるのだからなおさらです。
 

「酔いしれた歳月」(Los años intoxicados)★★★★☆
 ――あたしたちはパラグアイから運び込まれた有毒のマリファナを喫った。親はぜんぜん気づかなかった。アンドレアの家の台所で、あたしたちはぜったい彼氏はつくらないと誓った。ある夜、いつもより早くバスで帰ってきたとき、女の子が立ち上がって運転手に近づき、降ろしてくれるよう頼んだ。「こんな時間に、どこに行く気だ?」ポニーテールのその子は憎悪の目で男をにらみつけた。その子はバスから降りて木々のほうに走った。たぶん公園の警備員の娘なんだよ、とパウラの兄さんは言った。

 女の子の正体が何であれ、何年にもわたってこだわっているというのは普通ではなく、変種のイマジナリー・フレンドのようでもあります。白いリボンは失われゆく少女時代を繋ぐよすがでしょうか。
 

「アデーラの家」(La casa de Adela)★★★★★
 ――アデーラは場末のプリンセスだった。彼女の住む一戸建てはまるでお城。兄とわたしが彼女と友だちになったのは、アデーラには片腕しかなかったからだ。生まれつきなの、とアデーラの両親は言った。アデーラはユニークな性格をしている。本当は犬に襲われたの。兄は彼女の嘘を楽しんでいた。やがて兄たちはホラー映画の話を、それが終わると別の話をしてくれた。わたしはとりわけ廃屋の話が好きだった。スーパーから半ブロックのところにある廃屋は、窓はふさがれていて、芝生は地ならしされたみたいに短かった。

 兄のことを考えれば、幽霊屋敷に呪われてしまった話なのだと素直に捉えるべきなのでしょうか。「アデーラの家」という表現のこともありシャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』を連想し、居場所のない少女が自身の空想で作りあげた終の棲家に潜り込んだようにも感じてしまいます。それというのも幽霊屋敷のイメージが非常に作り物めいていて、映画のセットかお化け屋敷の跡地なのでは――と思いながら読んでいたこともあります。それだけに直後の急転直下は怖かった。
 

「パブリートは小さな釘を打った――ペティーソ・オレフードの喚起」(Pablito clavó un clavito: una evocación de petiso orejudo)★★★★☆
 ――初めてペティーソ・オレフードの幽霊がパブロの前に現れたのは、犯罪と犯罪者のツアーの最中だった。生後十か月で死んだ兄の思い出がペティーソにつきまとい、犯罪の多くで埋葬の儀式を繰り返した。サン・カルロス通りの交差点で、ペティーソは十八か月の女の子を襲った。そのとき九歳だった。パブロが好きなのはペティーソ最後の犯罪だった。それはツアー客をいちばんぞっとさせた。怖がる様子を見るのが楽しみだった。

 シリアル・キラーに共感するような嗜虐趣味のちょっと危うい人物が主人公です。目を背けたくなるような残酷な犯罪の記述が続いたあとに、遂に――と思うところで敢えて書かない、何も起こらない、でも何も起こらないはずはないのでは……と想像力を掻き立てます。
 

「蜘蛛の巣」(Tela de araña)★★★★☆
 ――わたしは伯父夫婦を訪ねて行った。母が死んで捨て鉢になって結婚し、そして今はフアン・マルティンにうんざりしていた。次の日、従姉のナタリアから買い物に誘われた。「一緒に行かない? 旦那も連れてこ」露店で突然フアン・マルティンが言った。「これはみんな密売だ」わたしは彼の腕をつかんだ。「そんなふうに言わないで。殺されるわ」帰り道で車が突然停止した。夫は文句を言うだけだった。ナタリアは車から降りて通りかかる車を止めようとしていた。

 「わたしたちはみんな、間違いをおかすわ/肝腎なのは、それを直すこと/解決策のないのは死だけよ」。ナタリアが見た消えた火事の話や、トラック運転手の語る消えた姑(!)のエピソードがあることから、失踪に何らかの超常的な意味があるようにも思えます。もちろんただの偶然で、これ幸いと駄目男を捨てただけのことなのかもしれません。
 

「学年末」(Fin de curso)★★★★☆
 ――歴史の時間に、だれかが小さな、ぞっとするような悲鳴を上げた。マルセラは左手の爪を引き抜いた。歯で。まるで付け爪みたいに。まったく痛がっていなかった。何人かの女の子が吐いた。マルセラの両親は、あの子は薬を飲んでいるんです、セラピーを受けてます、落ち着いてます、と断言した。ほかの親たちは信じた。すべてが本当に始まったのはトイレでだった。

 精神的に問題のある少女による肉体的な恐怖が描かれており、思春期特有の不安定さによって別の少女にも伝染してしまいます。無論伝染するのは精神的なものなのですが、無理に誤読すれば伝染したのは幽霊かもしれません。
 

「わたしたちにはぜんぜん肉がない」(Nada de carne sobre nosotras)★★★☆☆
 ――ごみの山の中にそれを見つけた。口腔外科の学生たちの仕業だ、と思った。その頭蓋骨には下顎と歯が全部欠けていた。探したけれど、歯は見つからなかった。残念。両手で持ってアパートまで歩いた。リビングのテーブルに置いた。小さかった。頭蓋骨《カラベラ》と名付けることに決めた。夜、恋人が帰ってきたときには、もう単にベラだった。「それ、なんだ? いかれてる」

 わたしはおかしくない周りがおかしいんだ、という狂人の理屈をこねて自分だけの世界に閉じ籠もっているうちはいいですが、骸骨に取り憑かれるあまりシリアルキラーの一歩手前のような恐ろしさを感じてしまいます。
 

「隣の中庭」(El patio del vecino)★★★★☆
 ――目を覚ませられたノックの音があまりに大きかった。悪夢に違いない。ミゲルは寝ている。信じられない! 「どうした、パウ?」「ドアをたたく音、聞こえなかった?」「見てみるよ」「だめ」武器を持った泥棒なら。ミゲルはパウラを病気だと思っていた。ジムに行け、窓を開けろ、友人と会え。隣の家の人は眼鏡をかけた独身の男性で、礼儀正しいけれど愛想のない挨拶をした。中庭で何かが動く気配がした。猫ではない。片方の脚だった。子供の脚。足首に鎖がつながっていた。

 主人公のパウラが心の病を患っている(いた)のは明らかであるにもかかわらず、というかだからこそ、妄想かもしれない暴力的な音が臨場感を持って響いてきます。そんなニューロティックな不穏さが、鎖に繋がれた子どもの足という物体によって一気に虐待を思わせる現実的なおぞましさに変じますが、それすらも本当の怪物の前の序曲に過ぎませんでした。
 

「黒い水の下」(Bajo el agua negra)★★★★★
 ――ピナッ検事は二か月のあいだ、その事件を調べていた。酔っ払った警官二人が十五歳の少年二人を殴り、川に突き飛ばした。女性が叫び声を耳にしていたが、南部の警官たちはこれまで何度も無罪になってきた。ピナッ検事はビジャには何度も足を運んだ。有毒廃棄物投棄の調査のためだ。そこで生まれた子たちに奇形が増えた。奇形の女の子の一人がオフィスを訪れ、「エマヌエルはビジャにいるよ」と死んだ少年の名前を挙げた。警官に有利な発言をするよう買収されたんだ、と思いながらも検事はビジャを訪れずにはいられなかった。

 何よりもまず、人の命さえ軽い不正がはびこっている現実にぞっとしますし、汚染でタールのように澱んだ川で溺れ死ぬというおぞましさに生理的嫌悪をもよおされました。現実が地獄であるのなら、邪な神に救いを求めることもあるでしょう。無論検事の見たのが幻覚や妄想であり、通り過ぎたのがただのパレードである可能性だってあるわけですが。
 

「緑 赤 オレンジ」(Verde rojo anaranjado)★★★☆☆
 ――ほぼ二年前、彼はわたしのディスプレイでは緑か赤かオレンジの点になった。カメラのスイッチを入れないので、わたしは彼を見ていない。脳の震えが起きて二週間たって、彼は閉じこもってしまった。二年たった今、わたしは毎晩、緑、赤、オレンジを待ってる。わたしは彼とチャットしてる。だんだん緑でいるのが減っている。

 チャットの相手が機械なのではないかという会話をする場面がありますが、引き籠もりの相手とチャット越しに話しているということは、相手の存在を確認するには食事が減っているかどうかくらいしかすべがないと考えると、あながち絵空事とも言えないような気もします。
 

「わたしたちが火の中で失くしたもの」(Las cosas que perdimos en el fuego)★★★★★
 ――最初は地下鉄の女の子だった。寝ているときに夫がアルコールをかけ、ライターを近づけた。彼女の顔と腕は火傷でまったく形が変わっていた。彼女は車両に乗り込むと、乗客の頬にキスして挨拶する。何人かが顔を遠ざける。しかし、焚火が始まるようになるには、ルシーラが必要だった。ルシーラの彼氏も喧嘩の最中にルシーラを燃やした。だから、女たちが自分を燃やしはじめたとき、だれも信じなかった。

 男は慣れなきゃいけなくなる。女性の売買もなくなる――。被害に遭った女たちが被害を逆手に取って叛乱を起こすという発想でしか自衛出来ないのだとしたら、悪夢のようなディストピアです。南米は日本より性被害が多そうですし、twitter辺りで何が流行るかわからない時代、形を変えてあり得るかもしれない悪夢なのかもしれません。

  

『カルカッタの殺人』アビール・ムカジー/田村義進訳(早川書房ポケミス1945)★☆☆☆☆

カルカッタの殺人』アビール・ムカジー/田村義進訳(早川書房ポケミス1945)

 『A Rising Man』Abir Mukherjee,2017年。

 インド系イギリス人による、英国統治下のインドを舞台にしたミステリです。

 主人公はイギリスから赴任したばかりのウィンダム警部と、彼が目を掛けるインド人部長刑事バネルジーです。

 本文はウィンダムの一人称なのですが、これが大失敗。右も左もわからない人物視点にすることで読者にも1919年のカルカッタに徐々に馴染んでもらおうとしたのでしょうが、余所者が我が物顔をしているという効果しか生んでいませんでした。

 上に立つ者の一人称ということで警察小説とは違いますし、バディものというには上下関係がありすぎます。さりとてハードボイルドというには一本筋の通った主義を持っているわけでもありません。

 何よりもこのウィンダム、人間としての魅力がなさすぎます。戦争の傷から快復しかけたタイミングで妻を亡くして事件そっちのけでうじうじと回想していたかと思えば、被害者の秘書の美脚に鼻の下を伸ばしまくり。同僚が先に手がかりを見つけたと知ってショックを受ける心の狭さ。現地人を見下して当たり前の時代背景のなかでウィンダム自身はどう考えているのかなかなかわからない(でも美人秘書が差別されると怒る)。インド人虐殺を目の当たりにしたことで同じインド人としてこれ以上は体制側の人間として働けないと言って辞表を出す部下に対し、「当然だ」と共感しながらも、直後に「(迷っているのは)いい兆候だ/考えなおすよう説得できる余地があるということだ」と心情ガン無視のことを考えられるサイコパスです。これに限らずいちいち余計な一言が多くて癇に障ります。

 捜査ももたもたして進まず。二〇世紀初頭のインドの様子もさしてしっかり描き込まれているわででもなく。

 被害者の造形もひどいです。いや、そんなキャラじゃなかったでしょう? いきなり【ネタバレ*1】と言われても……。それでもなおピント外れの推測をした挙句、犯人自身からばらされてようやく犯人に気づくというお粗末さでした。

 1919年、英国統治下のカルカッタスコットランド・ヤードの敏腕警部ウィンダムは、第一次大戦従軍を経て妻を失い、倦み疲れてインド帝国警察に赴任した。右も左もわからぬ土地で頼みの網は、理想に燃える若く優秀なインド人の新米部長刑事バネルジー。二人は英国人政府高官が何者かに惨殺された事件を捜査する。背後には暴動寸前の現地の憤懣と暗躍する諜報機関の影が……東洋の星と謳われた交易都市を舞台に、複雑な政情を孕む奥深い謎と立場を超えた友情が展開する、英国推理作家協会賞受賞の傑作歴史ミステリ(裏表紙あらすじ)

  




 

 

 

*1 悪事を止めさせようと説得しようとして返り討ちにあったのだ――

*2 

*3 


防犯カメラ