『私立霧舎学園ミステリ白書 七月は織姫と彦星の交換殺人』霧舎巧(講談社ノベルス)★★★☆☆

『私立霧舎学園ミステリ白書 七月は織姫と彦星の交換殺人』霧舎巧講談社ノベルス

 霧舎学園シリーズ四作目。

 期末テスト前日、琴葉は弓絵に連れ出され、ナオキが籠っているスタジオを訪れた。そこで芸能カメラマンの仁多森が隣のマンションから墜落死したのを目撃する。被害者の背中には萬葉集の短歌と「祈願成就」と書かれた短冊が貼られていた。ナオキのファンである蘭堂ひろみが死体を発見し、ゼミを抜け出したひろみを追ってきた付属大学教授の早乙女は、短冊を見て四年前に起こった殺人事件との類似を指摘した。

 ナオキから電話で事件を知らされた頭木は、墜落そのものの目撃者と短冊の発見者が弓絵であることから、弓絵と共犯者による犯行だと推理する。

 一方そのころ入れ違いで琴葉宅を訪れた棚彦は、自宅に届いた万葉集の短歌が書かれた短冊を羽月警視に見せていた。好きな人の名前を書くと恋が叶うという、以前高校で流行っていたゲームと同じものだった。それが今回、七夕に関係のある名前の生徒に送られてきたようだ。

 転校生の琴葉とスタジオにいるナオキの居場所に短冊が届いていたことから、ナオキ以外には短冊を届けることは不可能だと、棚彦はナオキを疑う。

 目撃者が勘違いなどで意図せず噓をついたことで探偵が真相を見誤るミステリは読んだことがありましたが、関係者が馬鹿だったから正確な情報が伝わらずに真相を見誤るというのは初めて読みました。弓絵も教師の脇野もそういうキャラだということが読者にも自明の、四作目ならではの仕掛けでした。

 動機のある人間は一人だけで、タイトルに交換殺人と謳っているのですから、ではもう一人の犯人は誰かというのがポイントのところでの、こうした隠し方は面白いと感じました。

 恒例となった本自体の仕掛けですが、今回は短冊に仕掛けがありました。図として挿入された短冊と、しおり状に挟み込まれた短冊、どちらもちゃんと手がかりになっていました【※図の短冊の上下の長さ。しおりの裏表。】。

 七月。――天漢霧立上棚幡乃雲衣能飄袖鴨。死体の傍らで発見された謎めいた文字が連なる《祈願成就》の短冊が美少女・琴葉を七夕伝説に由来する殺人事件へと誘う。すべての謎の中心、「笹乙女委員会」とはいったい何なのか……?

 学園ラブコメディーと本格ミステリーの二重奏、「霧舎が書かずに誰が書く!」、“霧舎学園シリーズ”。七月のテーマは交換殺人!(カバーあらすじ)

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 私立霧舎学園ミステリ白書 七月は織姫と彦星の交換殺人 

『紙魚の手帖』vol.15 2024 FEBRUARY【創立70周年記念企画 エッセイ「わたしと東京創元社」】

紙魚の手帖』vol.15 2024 FEBRUARY【創立70周年記念企画 エッセイ「わたしと東京創元社」】

「創立70周年記念企画 エッセイ わたしと東京創元社笠井潔北村薫田口俊樹、辻真先エドワード・ケアリー
 「矢吹シリーズ全十作が黄色の背表紙で揃うところを早く見たいものだ」と他人事みたいに書いているのが可笑しかったです。
 

「藤色の鶴」北山猛邦 ★☆☆☆☆
 ――3つの時代で起きた消失事件の周辺には、「藤原」という少女の姿があった―― 千年の時を越える祈りの物語(袖惹句)

 陰陽師の折り紙がかつては式神となり未来ではSFとなり現代では奇跡をもたらします。
 

「とある日常の謎について」今村昌弘 ★★★★☆
 ――久夫は商店街に店を出して以来、毎週土曜の決まった時間に立ち飲み屋を訪れていた。客はほぼ常連だ。カウンター席には書道用具店の文田がいる。そこに珍しく新規客が入ってきた。アロハシャツを着た背の高い青年だ。半刻ほど雑談したころ、文田が「そういえば――」と切り出した。「塗井のおっちゃん、あのビルを出て老人ホームに入るんだってよ。あのボロビルが二千万で売れたって」文田の話は眉唾物だ。ところが話を聞いていた若者が突然興味を示した。「シンプルで魅力的ないい謎は酒の肴としても最高だ。これも日常の謎というやつです」。今どきの若者は変わった人が多いらしい。久夫は千円札を出して店をあとにした。喫茶〈ポピー〉は純喫茶だ。日曜日。芸術学部で商店街の歴史をテーマに絵を描くことになったとかで、葛形という学生が写真資料を借りに来た。昔と比べれば商店街も廃れてしまったが、幸いなことにポピーにはゲーム機目当てで子どもたちが訪れていた。月曜日。立ち飲み屋の若者がポピーを訪れた。ボロビルの謎が気になるらしい。

 おんぼろビルを高値で買う理由は、【壊すために買う】という逆説的な真相でしたが、値段が高額なだけに常識が邪魔をして真相を見えなくする効果をあげていると思います。また、【開発による変化】というのも、時間による密室のようなものと言えなくもなく、。しかし何よりもタイトルになっているもう一つの「とある日常の謎」でした。これまで書かれた作品のなかでは一番よくできています。というか、真相自体がしょぼいものであるのは恐らく間違いないので、この作品のように謎自体を隠したうえで実はあの謎だったのだと明かすやり方が適しているのでしょう。
 

「眼球は水の中」白井智之 ★★☆☆☆
 ――西野虹子は全盲シュールレアリスム画家だ。「盲目のミロ」としてテレビや雑誌でも注目されるようになった。盲目のミロは見えている。週刊誌に幼なじみのA子の告発が載った。「左目が見えなかったのは事実です。でも右目は見えていたし、去年食事をしたときの動作を見ても、右目が見えているのは間違いありません」。週刊誌の発売以来、罵詈雑言が殺到した。虹子のマネージャーで同棲相手でもある彩は、契約先の画廊に連絡を取った。画廊の真奈子は直ちに事実無根と発表したが、騒ぎは収まらない。そんなときなのに、父親が入院したため彩は地元に帰らなくてはならなくなった。彩は愛嬌のある子どもだった。だが五年生のとき、脱走した犬に顔を噛まれてからすべてが変わった。彩をいじめた生徒を父親が転校させたと知って心を閉ざした。真奈子や虹子と出会うまでは。地元から帰って来た彩は虹子の死体を発見した。虹子は絞殺されたあと両眼の眼球を抉り取られていた。自分のせいで人が死んだかもしれないことを、ルポライターの影山は後悔していた。彩は告発したA子と報道した記者を憎んだ。

 昨今の過剰報道をモデルにしたような事件が起こります。いろいろ細かく組み立てられてはいるものの、仕上げが雑でスマートではありません。【見えない目に入れるのなら度入りであろうと度なしであろうとどちらでもよいと思うし、カラコンだって付ける日もあれば付けない日だってあるだろうに、】コンタクトのロジックは不完全だと思うのですが、【誤ったロジックによる誤った真相】だったわけだからむしろ不完全で良いのでしょうか。【鍵を変えたのは夏だが、A子たちが鍵を入手できたのは春だった】という鍵のくだりはいくらなんでもぞんざいすぎます。彩が気づかないのもどうかと思いますが、せめて伏線にするにしても二つの記述を少し離れた場所にするなどしてさり気なく演出して欲しいと思います。影山の汚れた爪の意味を、【虻川殺しのように見せかけて、実は真奈子殺しだった】というのも不自然というより無意味です。【全盲ではない」というのが間違いではなく、正しくは「手術の結果右目は見えるようになっていた」】ことを差す「この報道が間違っていた」のミスディレクションも、取って付け感は否めません。
 

「仇討禁止令」伊吹亜門 ★★☆☆☆
 ――鹿野師光が、上司たる司法卿・江藤新平と歩いていると、外務少記の蠟山純名が忠告。「江藤先生が議題に挙げておられる仇討禁止の令、あれは実に評判が悪い。仇討は武士の道なれば、御維新といえども廃するのはお考え違い」。この蠟山、十年近く前に鹿野がまだ尾張の公用人だったころに面識があった。……その晩、加賀藩京都奉行の布目誠之進が発起人となって、梅ヶ枝左少将経定を囲んだ懇親が開かれた。兄事する姉小路公知が殺されて以来、過激な攘夷主義は鳴りを潜め、開国論者にも耳を傾けるようになった。師光もそのひとりだ。攘夷と開国で揺れ動いている経定が、是非を決めるべく両陣営に意見を戦わせようというのだ。膳が用意されたところで、板元の妻が切羽詰まった様子で、尾張藩邸が火事だと知らせた。慌てて帰った師光だったが、火事というのは噓だった。ところがそのせいで、議論の場から逃げ出すために師光が火事を装って抜け出したという噂が立っていた。それというのも、肝心の使者を見た者がいないのだ。板元の八郎兵衛と妻のお多津が嘘をついているとしか考えられないが、いったいなぜ……?

 師光が遠ざけられたのはなぜか?という、赤毛連盟パターンの謎です。【板前である「犯人」が、息子殺しの実行犯である攘夷論者に復讐する代わりに、攘夷論者たち一般に和食に装った西洋料理を食べさせることで復讐とした】そうですが、そんなので納得するくらいなら初めから敵討ちすらしないと思うのですが、随分と軽い復讐心です。【実際に西洋文化に触れた人間がいてはバレるから】遠ざけたというのも、理屈はわかるけれど、そこまでするか?という感じで目的と行動が見合っていません。もう一つの敵討ちに関しても、【脛に傷持つ為政者が仇討を恐れて、わざと起こさせた仇討事件をきっかけに仇討禁止令を加速させる】というのは特に意外性のない素朴な陰謀論めいた真相で、むしろ無い方がよかったとさえ思いました。
 

「第5回 煩悩と甘味」熊倉献
 ――ホシノ君のスマホのロック画面はショートケーキ。甘党の彼女。バイト先のスギタさんは除夜の鐘。そこで同僚の一人が呟いた。「煩悩って108個もあるか…?」。ホシノ君がデートでその話をしたところ、彼女は108個すぐに挙がると言い出したが……。

 『春と盆暗』第4話「甘党たちの荒野」の2人が再登場。ちゃんと付き合って続いていたようで何よりです。ちょっと変わった二人同士、お互いに何考えてるのかわからないと思ってしまうあたり、本人たちには変わってる自覚がないのが可笑しい。
 

「乱視読者の読んだり見たり (10)本当のような話」若島正
 シャーリイ・ジャクスン「チャーリイ」を短篇集で読むとアンファン・テリブルもののように読めるが、『野蛮人との生活』の一挿話として読むとマイルドに感じられたり。
 

「ラビット・テスト」サマンサ・ミルズ/渡辺庸子訳(RABBIT TEST,Samantha Mills,2022)★★★☆☆
 ――2091年。グレースはあと二か月で十八歳の誕生日を迎える。そうなれば〈ラビット・テスト〉アプリを残そうが削除しようが自由にすることができる。だがすでに生理は六日遅れていて、明日にも内蔵された管理プログラムが自動で妊娠判定検査を行うはずなのだ。1931年、アメリ産婦人科学会誌に『妊娠初期における検査室診断を簡単かつ迅速に行う手法』という論文が発表された。採取した尿を雌ウサギに注射し、数日後に解剖して卵巣が肥大して黄変していれば、妊娠しているというわけだ。2091年。今では動物が犠牲になることは一切ない。グレースにとってそれはどうでもいいことだ。グレースは親友のサルとコーヒーショップで待ち合わせた。サルはわざと誤作動を起こす名人だった。〈ラビット・テスト〉にエラーを起こさせ、そのあいだに禁止令前の薬を持っているおばさんに連絡することができる。

 中絶禁止という時代に逆行するアメリカの現状がまさにディストピアSFそのものなのですが、女性の権利を巡る一進一退の歴史を、はっきり迫害として描いているのが衝撃です。とは言え、それが実際の歴史なのだとしても、繰り返しが多くて長すぎると感じてしまいました。
 

「ホームズ書録 贋コナン・ドイルの正体見たり!」北原尚彦
 大正時代の雑誌に掲載されたコナン・ドイル作と称された赤の他人の作品の原作。
 

「INTERVIEW 期待の新人 坪田侑也『八秒で跳べ』」

「INTERVIEW 期待の新人 松樹凛『射手座の香る夏』」

「INTERVIEW 注目の新刊 逸木裕『四重奏』」

「INTERVIEW 注目の新刊 青崎有吾『地雷グリコ』」
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 紙魚の手帖 15 

『雪密室』法月綸太郎(講談社文庫)★★★☆☆

『雪密室』法月綸太郎講談社文庫)

 法月綸太郎の第二作。1989年親本発行。法月父子の初登場作品です。

 冒頭に置かれた「引き裂かれたエピローグ」で、結婚式を控えた花嫁のところに綸太郎が大切なひとの逮捕を告げに来るところから始まります。のちのロスマク・オマージュを彷彿とさせるような悲劇に満ちた見事な導入です。

 沢渡冬規から招待状を受け取った法月警視は、長野県の別荘を訪れます。招待状にあった沢渡の元妻・篠原真棹という名前を見て、ついにこの時が来たと感じました。月蝕荘に招かれていたのは、真棹の現夫・篠原国夫、モデルの中山美和子、医者の武宮、陶芸家の真藤と娘の香織、沢渡の弟・恭平。それに沢渡と暮らしている峰祐子。

 法月警視はせせらぎの音を聞いて眠れずにいました。自殺した妻が入院していたサナトリウムにもせせらぎの音が聞こえていたからです。部屋を出て沢渡と談笑し、耳栓をもらうとようやく眠りに落ちました。

 翌朝、警視は体を揺すられて目を覚まします。離れで電話が鳴り続けている、真棹に何かあったのでは――。慌てて用意して離れに急ぐと、恭平がドアを叩いています。警視がガラスケースを割って沢渡自家製のスペアキーを取り出し、離れに入ると、天井からぶらさがっている真棹を発見しました。

 あたりには雪が積もっていて、発見者の恭平の足跡しかありませんでした。

 状況からは自殺としか思えませんが、真棹が脅迫者だという事情を知っていた警視は、これは殺人だと直感します。

 著者自身があとがきで『法月警視自身の事件』と語っている通り、法月警視が事件に関わることになったのには個人的な事情が絡んでおり、事情が事情であるうえに〆切も近いこともあって綸太郎は東京でお留守番です。

 雪密室のトリックは【人物入れ替わりと後ろ歩きの組み合わせ】というもので、単純とは言え組み合わせたことに工夫が見られるものの、警視がプライベートで綸太郎が不在でなければ、あっさり見破られていたことでしょう。逆に言えばそのために警視自身の事件にされ綸太郎は留守番をさせられているとも言えます。

 やがて法月警視が別荘を訪れたのは、妻・礼子のまたいとこである代議士の差し金であることが判明します。代議士の娘・早苗が恭平と結婚するため、恭平の過去の女のことで強請ろうとしている真棹と話をつけろというものでした。この代議士というのが絵に描いたような悪役で、でっちあげた礼子の不義のネタを真棹に流して、脅迫被害者として警視に別荘に潜り込ませようとするのです。

 とにもかくにもこの代議士と真棹というのが人の心をもてあそぶことに長けていて、事件は起こるべくして起こったという感じでした。今回の犯人の動機こそ【夫の屈折した愛情に限界が来た】というものでしたが、いずれ脅迫が原因で誰かに殺されていてもおかしくありません。

 娘に【お前は不義の子】だと吹き込む峰祐子の父親もクズなら、それを利用する真棹もクズだし、礼子の不義をでっちあげる代議士もクズで、おまけに【警視に対する復讐と礼子への乱暴】を打ち明ける容赦のなさ。作品全体を通して男女間の愛憎による悲劇という点は一貫していました。

 再びエピローグに於いて【叙述トリック】めいた真相が明らかになり、悲劇はきれいに幕を閉じます。

 誇り高い美女からの招待で信州の山荘に出かけた法月警視だが、招待客が一堂に会したその夜、美女が殺される。建物の周囲は雪一色、そして彼女がいたはずの離れまで、犯人らしい人物の足跡もついていないのだ。この奇怪な密室殺人の謎に法月警視の息子綸太郎が挑戦する、出色本格推理。(カバーあらすじ)

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 雪密室 

『ドラキュラ紀元一九五九 ドラキュラのチャチャチャ』キム・ニューマン/鍛冶靖子訳(アトリエサード)★★★★☆

ドラキュラ紀元一九五九 ドラキュラのチャチャチャ』キム・ニューマン鍛冶靖子訳(アトリエサード

 『Anno Dracula 1959: Dracula Cha Cha Cha』Kim Newman,1998, 2018年。

 創元推理文庫から出ていた『ドラキュラ崩御』に、中篇「アクエリアス」を併録した完全版の翻訳です。以前邦訳があったのはここまで。次はいよいよ未訳のシリーズ第四作『われはドラキュラ――ジョニー・アルカード』です(※ただし「血の約束――ドラキュラ紀元一九四四」「砂漠の城――ドラキュラ紀元一九七七」は『ナイトランド』に訳載されていました)。

 『ドラキュラ紀元一九五九 ドラキュラのチャチャチャ』(Anno Dracula 1959: Dracula Cha Cha Cha,Kim Newman,1998)★★★★☆
 ――ケイト・リードはローマに飛んだ。ドラキュラとモルダヴィア公女アーサ・ヴァイダの婚礼を取材するためと、死期の近いチャールズ・ボウルガードを看取るためだ。機内で知り合ったケルナッシ伯爵は、長生者《エルダー》にしては感じがよかった。“姪”のマレンカはおつむは軽いがどこに行ってもマスコミに追いかけ回される美女だ。

 カフェやバーを渡り歩いた。トレヴィの泉まで来たとき、何か赤いものがとびこんできた。伯爵の首が飛び、マレンカが胸を刺された。ケイトも顔を泉に押し込まれそうになる。水面に映る深紅のコート、黒いドミノマスク。もうひとつ顔が映っていた。少女が泉をのぞきこんでいる。ようやく振り向いたときには誰もいなかった。

 長生者ばかりを狙う連続殺人鬼〈深紅の処刑人〉の仕業だった。

 ボウルガードとジュヌヴィエーヴの許へ、諜報機関ディオゲネス・クラブのヘイミッシュ・ボンドが訪れていた。ドラキュラは強力な血統との関係を望むはずだ。なぜ辺境の公女と結婚しようとするのか。かつてドラキュラと戦ったボウルガードにヒントをもらいに来たのだった。

 第一作では娼婦ばかりを狙う実在の殺人者〈切り裂きジャック〉が暗躍していましたが、本書には長生者の吸血鬼ばかりを狙う殺鬼者〈深紅の処刑人〉が登場します。この深紅の処刑人、巻末の登場人物事典によればニューマンの創作ではなく『惨殺の古城』なる伊米映画に登場する殺人鬼だそうです。『惨殺の古城』で検索すると、上半身裸で赤い頭巾に黒いドミノマスクという変態さんが見つかります。

 この〈深紅の処刑人〉の目的と、ドラキュラの結婚の狙いがどこにあるのか――。この二つの謎が物語を牽引してゆきます。処刑人の初登場場面はあまりにも突然であまりにも素早く、導入部分を読んでいるつもりだったのにいきなりクライマックスで驚きました。

 ジェイムズ・ボンドが登場するので敵も律儀に007映画のギミックや設定が用いられています。ロシア諜報機関の殺し屋たちはひたすら無言で襲ってくるため吸血鬼とは別の怖さがありました。007映画の敵に加えてゴーレムと『ホフマン物語』のオランピアを敵にするセンスが光ります。悲しいことにボンドは本書では徹底して三枚目でした。

 一方で温血者《ウォーム》のままのボウルガードは百五歳。死期が近づいているため、ケイト、ジュヌヴィエーヴ、ペネロピは転化してほしいと願っていますが、ボウルガードにはそのつもりはありません。シリーズの読者には感慨深いものがありました。ボウルガードの寿命の話題で、ケイトがジュヌヴィエーヴに「ヴァンパイアは存在するわ。人狼も存在する。だったら幽霊もいるんじゃない?」(p.89)と問いかける場面があります。何というか、吸血鬼の存在する世界だからこそのセンチメンタルでいい場面でした。この場面が最後に活きてくるのもよかったです。

 創元推理文庫版の邦題が『ドラキュラ崩御』だったことから、本書でドラキュラが死を迎えるのであろうことはわかっていましたが、まさかこんな最期だったとは予想だにしませんでした。もともとこのシリーズのドラキュラはラスボスという感じで、表に出て来て主人公たちと直接戦うことはほぼなかったとは言え。

 吸血鬼が存在しているのだからほかの超常的存在が居ても不思議はないのですが、ゾンビのような生ける死者や、吸血鬼をも超越した存在である三人の魔女まで出てくると、ちょっとついていけないところがありました。この〈涙の母〉も元ネタがあって、ド・クインシー『深き淵よりの嘆息――『阿片常用者の告白』続篇』とダリオ・アルジェント監督による魔女三部作からの借用だそうです。

 長生者だけ狙われる理由が一種の都市論・社会論のようになっていて、超越者によるそんな壮大な話だったのかと、単なるドラキュラものを越えた面白さがありました。

 さて一段落ついてドラキュラの結婚の動機はわからないままなのかな……と思ったところで突然の真相発覚。シリーズはまだまだ続くとは言え、ドラキュラも死んだ一応の一区切りに相応しい幕切れでした。
 

アクエリアス――ドラキュラ紀元一九六八」(Aquarius,Kim Newman,2012)★★★★★
 ――ケイトはディオゲネス・クラブ客員メンバーとして呼び出された。担当刑事のベラヴァー警視の部下はほとんどヴァンパイアだが、ヤードはB課のチーフに生者を据えたがる。若い娘が血を抜き取られて死んでいた。昔のヴァンパイアのやり方だ。被害者はセント・バートルフ・カレッジのスカーフを身につけていた。かつての秘密警察長官ケイレブ・クロフトが教鞭をとっている所だ。ケイトはカレッジに潜入し、クロフトに師事する〈黒い修道士〉と呼ばれるヴァンパイアの生徒たちと知り合った。張り込み中のグリフィン巡査部長と話をしているとき、武器を持った若者たちがヴァンを乗り付け、〈ドラキ狩り〉を始めた。報復に次ぐ報復で最悪の事態を迎えるなか、ケイトは〈黒い修道士〉の一人デボーイズから学生用バーに誘われた。

 タイトルは〈水瓶座の時代〉より。訳註によると「二十世紀後半、ニューエイジ運動により、精神性が重視される水瓶座の時代がやってくると考えられた」そうです。そんな時代に相応しく、物語のなかではドラッグが重要な役割を占めているほか、カルトみたいな集団や、カリスマミュージシャンのような人物も登場していました。一つの殺人事件がきっかけで社会を動かすうねりとなるのは、悪夢を見ているようでした。ヴァンパイアの特性とドラッグを用いた、ヴァンパイア原点回帰主義者の犯罪というのは、ミステリのトリックみたいでした。『鮮血の撃墜王』所収の「ヴァンパイア・ロマンス」に続いて日本の少女ヴァンパイア〈ねずみ〉登場。すっかりケイトに懐いています。同じくケイレブ・クロフトのほか、ヴァン・ヘルシングの子孫まで登場しています。それにしても『ドラキュラのチャチャチャ』のボンドも三枚目でしたし、ヴァン・ヘルシングの子孫も情けない人物として描かれているのは何なんでしょう。

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『爆弾魔 続・新アラビア夜話』R・L・スティーヴンソン&ファニー・スティーヴンソン/南條竹則訳(国書刊行会)★★★☆☆

『爆弾魔 続・新アラビア夜話』R・L・スティーヴンソン&ファニー・スティーヴンソン/南條竹則訳(国書刊行会

 『More New Arabian Nights: The Dynamiter』Robert Louis Stevenson and Fanny van de Grift Stevenson,1885年。

 『新アラビア夜話』第一部の続編で、フロリゼル王子も登場し、アラビア人が語るという形式も踏襲されています。旅先で体調を崩して寝込んでしまったスティーヴンソンに請われて、妻のファニーが語って聞かせた話がもとになっているそうです。

 現在は煙草屋を経営しているフロリゼル元王子(ゴッドオール)の店を訪れた三人の若者がそれぞれ経験する冒険譚が収められていて、実はすべてが繋がっていたという趣向です。
 

「チャロナーの冒険――御婦人方の付添い役」(Challoner's adventure: The Squire of Dames)
 ――爆発音がして家から二人の男と上品な服装をした若い婦人が慌ててとび出して来て逃げ出した。アシーナスと名乗る婦人はチャロナーに事情を話すのだった。
 

「破壊の天使の話」(Story of the Destroying Angel)★★★★☆
 ――わたしの父は英国の生まれでしたが、合衆国へ向かい、開拓者の探検隊に加わりました。モルモン教のキャラバンと連れ立ち、母と出会って結婚しました。わたしはただ一人の子でした。教団から多額のお布施か命の選択を迫られ、父は逃げ出す決心をしました。ですが監視の目からは逃れられませんでした。父の死後、わたしは宣教師のグリアソン博士の息子と結婚することになりました。ところがロンドンで待つわたしの許を訪れたのは、若返りの薬を夢見るグリアソンその人でした。先ほどついに完成した薬が床に落ち、爆発したのです。

 チャロナーの物語は「御夫人方の付添い役」「破壊の天使の話」「御夫人方の付添い役(結び)」の三章から成り、「破壊の天使の話」が枠物語になっています。全体の仕掛けとして、枠物語の形式をうまく活かした仕掛けが施されていました。解説にも書かれてあるように『緋色の研究』に影響を与えたと思しい「破壊の天使の話」自体が滅法おもしろいうえに、それが【爆弾魔一味であるクララ(作中のアシーナス)の作り話だった】という仕掛けによって、総題となっている「爆弾魔」へと収斂してゆきます。
 

「サマセットの冒険――余分な屋敷」(Somerset's adventure: The Superfluous Mansion)
 ――人で溢れる路上に馬車が停まり、サマセットを拾ったのは、美しい老婦人だった。話相手が欲しいという老婦人は自身の境遇を語り始めた。

「気骨のある老婦人の話」(Narrative of the Spirited Old Lady)★★★☆☆
 ――わたしはヘンリー・ラクスモアと結婚して、クララという娘を生みましたが、虐げられた国民を気にして頭が変になって家を出てしまいました。わたしはジェラルディーン大佐に貸していたこの家を訪れました。誰もいませんでしたが、やがてフロリゼル王子と青年が入って来ました。話し合いのあと青年が毒を飲みました。

「ゼロの爆弾の話」(Zero's Tale of the Explosive Bomb)★★★☆☆
 ――ラクスモア夫人から留守宅を任されたサマセットは、生活費を得るためジョーンズ氏なる男に部屋を又貸しした。ジョーンズ氏は実はゼロと呼ばれる爆弾魔であり、このあいだ三十分後に爆発する時限爆弾を密使のマグワイアに預けたのだが、その顛末をサマセットに話して聞かせた。

 サマセットの物語は「余分な屋敷」「気骨のある老婦人の話」「余分な屋敷(承前)」「ゼロの爆弾の話」「余分な屋敷(承前)」「余分な屋敷(結び)」から成ります。「気骨のある老婦人の話」によって、チャロナーの冒険に登場したクララがラクスモア夫人の娘だということが判明します。また、「ゼロの爆弾の話」ではチャロナーが真相を知るきっかけになったマグワイアが主役を務めます。

 「気骨のある老婦人の話」は、フロリゼル王子暗殺を指示されるもその勇気がなく毒を喰らい、共犯者も合図がないので失敗を悟って自死するという、『自殺クラブ』の一篇であってもおかしくないような話です。

 「ゼロの爆弾の話」は、マグワイアがなかなか爆弾を設置できずに右往左往するというちょっとお間抜けな話です。
 

「デスボローの冒険――茶色の箱」(Desborough's Adventure: The Brown Box)
 ――ハリー・デスボローがテラスで出会ったテレサという美しいキューバの娘は身の上話を話し始めた。

「美わしきキューバ娘の話」(Story of the Fair Cuban)★★★☆☆
 ――父はヨーロッパの人間でしたが、母はアフリカの王族で奴隷でした。マダム・メンディザバルという元奴隷で今はキューバの奴隷に影響力を持った巫女が現れ、わたしは自分の境遇を知ったのです。父は不正に得た宝石の隠し場所をわたしに教え、わたしを奴隷から解放しようとしてくれました。逃げ出したわたしは、生贄の儀式の最中に竜巻に巻き込まれて死んだマダム・メンディザバルの名を騙ったことから、若返りの魔法を使ったと思われました。そんなことがあって以来、キューバ密偵に狙われているのです。

 デスボローの物語は「茶色の箱」「美わしきキューバ娘の話」「茶色の箱(結び)」から成ります。テレサ(クララ)とデスボローが結ばれ、ゼロの爆弾は不発に終わるというハッピーエンドを迎えます。

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