『紙魚の手帖』vol.15 2024 FEBRUARY【創立70周年記念企画 エッセイ「わたしと東京創元社」】

紙魚の手帖』vol.15 2024 FEBRUARY【創立70周年記念企画 エッセイ「わたしと東京創元社」】

「創立70周年記念企画 エッセイ わたしと東京創元社笠井潔北村薫田口俊樹、辻真先エドワード・ケアリー
 「矢吹シリーズ全十作が黄色の背表紙で揃うところを早く見たいものだ」と他人事みたいに書いているのが可笑しかったです。
 

「藤色の鶴」北山猛邦 ★☆☆☆☆
 ――3つの時代で起きた消失事件の周辺には、「藤原」という少女の姿があった―― 千年の時を越える祈りの物語(袖惹句)

 陰陽師の折り紙がかつては式神となり未来ではSFとなり現代では奇跡をもたらします。
 

「とある日常の謎について」今村昌弘 ★★★★☆
 ――久夫は商店街に店を出して以来、毎週土曜の決まった時間に立ち飲み屋を訪れていた。客はほぼ常連だ。カウンター席には書道用具店の文田がいる。そこに珍しく新規客が入ってきた。アロハシャツを着た背の高い青年だ。半刻ほど雑談したころ、文田が「そういえば――」と切り出した。「塗井のおっちゃん、あのビルを出て老人ホームに入るんだってよ。あのボロビルが二千万で売れたって」文田の話は眉唾物だ。ところが話を聞いていた若者が突然興味を示した。「シンプルで魅力的ないい謎は酒の肴としても最高だ。これも日常の謎というやつです」。今どきの若者は変わった人が多いらしい。久夫は千円札を出して店をあとにした。喫茶〈ポピー〉は純喫茶だ。日曜日。芸術学部で商店街の歴史をテーマに絵を描くことになったとかで、葛形という学生が写真資料を借りに来た。昔と比べれば商店街も廃れてしまったが、幸いなことにポピーにはゲーム機目当てで子どもたちが訪れていた。月曜日。立ち飲み屋の若者がポピーを訪れた。ボロビルの謎が気になるらしい。

 おんぼろビルを高値で買う理由は、【壊すために買う】という逆説的な真相でしたが、値段が高額なだけに常識が邪魔をして真相を見えなくする効果をあげていると思います。また、【開発による変化】というのも、時間による密室のようなものと言えなくもなく、。しかし何よりもタイトルになっているもう一つの「とある日常の謎」でした。これまで書かれた作品のなかでは一番よくできています。というか、真相自体がしょぼいものであるのは恐らく間違いないので、この作品のように謎自体を隠したうえで実はあの謎だったのだと明かすやり方が適しているのでしょう。
 

「眼球は水の中」白井智之 ★★☆☆☆
 ――西野虹子は全盲シュールレアリスム画家だ。「盲目のミロ」としてテレビや雑誌でも注目されるようになった。盲目のミロは見えている。週刊誌に幼なじみのA子の告発が載った。「左目が見えなかったのは事実です。でも右目は見えていたし、去年食事をしたときの動作を見ても、右目が見えているのは間違いありません」。週刊誌の発売以来、罵詈雑言が殺到した。虹子のマネージャーで同棲相手でもある彩は、契約先の画廊に連絡を取った。画廊の真奈子は直ちに事実無根と発表したが、騒ぎは収まらない。そんなときなのに、父親が入院したため彩は地元に帰らなくてはならなくなった。彩は愛嬌のある子どもだった。だが五年生のとき、脱走した犬に顔を噛まれてからすべてが変わった。彩をいじめた生徒を父親が転校させたと知って心を閉ざした。真奈子や虹子と出会うまでは。地元から帰って来た彩は虹子の死体を発見した。虹子は絞殺されたあと両眼の眼球を抉り取られていた。自分のせいで人が死んだかもしれないことを、ルポライターの影山は後悔していた。彩は告発したA子と報道した記者を憎んだ。

 昨今の過剰報道をモデルにしたような事件が起こります。いろいろ細かく組み立てられてはいるものの、仕上げが雑でスマートではありません。【見えない目に入れるのなら度入りであろうと度なしであろうとどちらでもよいと思うし、カラコンだって付ける日もあれば付けない日だってあるだろうに、】コンタクトのロジックは不完全だと思うのですが、【誤ったロジックによる誤った真相】だったわけだからむしろ不完全で良いのでしょうか。【鍵を変えたのは夏だが、A子たちが鍵を入手できたのは春だった】という鍵のくだりはいくらなんでもぞんざいすぎます。彩が気づかないのもどうかと思いますが、せめて伏線にするにしても二つの記述を少し離れた場所にするなどしてさり気なく演出して欲しいと思います。影山の汚れた爪の意味を、【虻川殺しのように見せかけて、実は真奈子殺しだった】というのも不自然というより無意味です。【全盲ではない」というのが間違いではなく、正しくは「手術の結果右目は見えるようになっていた」】ことを差す「この報道が間違っていた」のミスディレクションも、取って付け感は否めません。
 

「仇討禁止令」伊吹亜門 ★★☆☆☆
 ――鹿野師光が、上司たる司法卿・江藤新平と歩いていると、外務少記の蠟山純名が忠告。「江藤先生が議題に挙げておられる仇討禁止の令、あれは実に評判が悪い。仇討は武士の道なれば、御維新といえども廃するのはお考え違い」。この蠟山、十年近く前に鹿野がまだ尾張の公用人だったころに面識があった。……その晩、加賀藩京都奉行の布目誠之進が発起人となって、梅ヶ枝左少将経定を囲んだ懇親が開かれた。兄事する姉小路公知が殺されて以来、過激な攘夷主義は鳴りを潜め、開国論者にも耳を傾けるようになった。師光もそのひとりだ。攘夷と開国で揺れ動いている経定が、是非を決めるべく両陣営に意見を戦わせようというのだ。膳が用意されたところで、板元の妻が切羽詰まった様子で、尾張藩邸が火事だと知らせた。慌てて帰った師光だったが、火事というのは噓だった。ところがそのせいで、議論の場から逃げ出すために師光が火事を装って抜け出したという噂が立っていた。それというのも、肝心の使者を見た者がいないのだ。板元の八郎兵衛と妻のお多津が嘘をついているとしか考えられないが、いったいなぜ……?

 師光が遠ざけられたのはなぜか?という、赤毛連盟パターンの謎です。【板前である「犯人」が、息子殺しの実行犯である攘夷論者に復讐する代わりに、攘夷論者たち一般に和食に装った西洋料理を食べさせることで復讐とした】そうですが、そんなので納得するくらいなら初めから敵討ちすらしないと思うのですが、随分と軽い復讐心です。【実際に西洋文化に触れた人間がいてはバレるから】遠ざけたというのも、理屈はわかるけれど、そこまでするか?という感じで目的と行動が見合っていません。もう一つの敵討ちに関しても、【脛に傷持つ為政者が仇討を恐れて、わざと起こさせた仇討事件をきっかけに仇討禁止令を加速させる】というのは特に意外性のない素朴な陰謀論めいた真相で、むしろ無い方がよかったとさえ思いました。
 

「第5回 煩悩と甘味」熊倉献
 ――ホシノ君のスマホのロック画面はショートケーキ。甘党の彼女。バイト先のスギタさんは除夜の鐘。そこで同僚の一人が呟いた。「煩悩って108個もあるか…?」。ホシノ君がデートでその話をしたところ、彼女は108個すぐに挙がると言い出したが……。

 『春と盆暗』第4話「甘党たちの荒野」の2人が再登場。ちゃんと付き合って続いていたようで何よりです。ちょっと変わった二人同士、お互いに何考えてるのかわからないと思ってしまうあたり、本人たちには変わってる自覚がないのが可笑しい。
 

「乱視読者の読んだり見たり (10)本当のような話」若島正
 シャーリイ・ジャクスン「チャーリイ」を短篇集で読むとアンファン・テリブルもののように読めるが、『野蛮人との生活』の一挿話として読むとマイルドに感じられたり。
 

「ラビット・テスト」サマンサ・ミルズ/渡辺庸子訳(RABBIT TEST,Samantha Mills,2022)★★★☆☆
 ――2091年。グレースはあと二か月で十八歳の誕生日を迎える。そうなれば〈ラビット・テスト〉アプリを残そうが削除しようが自由にすることができる。だがすでに生理は六日遅れていて、明日にも内蔵された管理プログラムが自動で妊娠判定検査を行うはずなのだ。1931年、アメリ産婦人科学会誌に『妊娠初期における検査室診断を簡単かつ迅速に行う手法』という論文が発表された。採取した尿を雌ウサギに注射し、数日後に解剖して卵巣が肥大して黄変していれば、妊娠しているというわけだ。2091年。今では動物が犠牲になることは一切ない。グレースにとってそれはどうでもいいことだ。グレースは親友のサルとコーヒーショップで待ち合わせた。サルはわざと誤作動を起こす名人だった。〈ラビット・テスト〉にエラーを起こさせ、そのあいだに禁止令前の薬を持っているおばさんに連絡することができる。

 中絶禁止という時代に逆行するアメリカの現状がまさにディストピアSFそのものなのですが、女性の権利を巡る一進一退の歴史を、はっきり迫害として描いているのが衝撃です。とは言え、それが実際の歴史なのだとしても、繰り返しが多くて長すぎると感じてしまいました。
 

「ホームズ書録 贋コナン・ドイルの正体見たり!」北原尚彦
 大正時代の雑誌に掲載されたコナン・ドイル作と称された赤の他人の作品の原作。
 

「INTERVIEW 期待の新人 坪田侑也『八秒で跳べ』」

「INTERVIEW 期待の新人 松樹凛『射手座の香る夏』」

「INTERVIEW 注目の新刊 逸木裕『四重奏』」

「INTERVIEW 注目の新刊 青崎有吾『地雷グリコ』」
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