『ドラキュラ紀元一九五九 ドラキュラのチャチャチャ』キム・ニューマン/鍛冶靖子訳(アトリエサード)★★★★☆

ドラキュラ紀元一九五九 ドラキュラのチャチャチャ』キム・ニューマン鍛冶靖子訳(アトリエサード

 『Anno Dracula 1959: Dracula Cha Cha Cha』Kim Newman,1998, 2018年。

 創元推理文庫から出ていた『ドラキュラ崩御』に、中篇「アクエリアス」を併録した完全版の翻訳です。以前邦訳があったのはここまで。次はいよいよ未訳のシリーズ第四作『われはドラキュラ――ジョニー・アルカード』です(※ただし「血の約束――ドラキュラ紀元一九四四」「砂漠の城――ドラキュラ紀元一九七七」は『ナイトランド』に訳載されていました)。

 『ドラキュラ紀元一九五九 ドラキュラのチャチャチャ』(Anno Dracula 1959: Dracula Cha Cha Cha,Kim Newman,1998)★★★★☆
 ――ケイト・リードはローマに飛んだ。ドラキュラとモルダヴィア公女アーサ・ヴァイダの婚礼を取材するためと、死期の近いチャールズ・ボウルガードを看取るためだ。機内で知り合ったケルナッシ伯爵は、長生者《エルダー》にしては感じがよかった。“姪”のマレンカはおつむは軽いがどこに行ってもマスコミに追いかけ回される美女だ。

 カフェやバーを渡り歩いた。トレヴィの泉まで来たとき、何か赤いものがとびこんできた。伯爵の首が飛び、マレンカが胸を刺された。ケイトも顔を泉に押し込まれそうになる。水面に映る深紅のコート、黒いドミノマスク。もうひとつ顔が映っていた。少女が泉をのぞきこんでいる。ようやく振り向いたときには誰もいなかった。

 長生者ばかりを狙う連続殺人鬼〈深紅の処刑人〉の仕業だった。

 ボウルガードとジュヌヴィエーヴの許へ、諜報機関ディオゲネス・クラブのヘイミッシュ・ボンドが訪れていた。ドラキュラは強力な血統との関係を望むはずだ。なぜ辺境の公女と結婚しようとするのか。かつてドラキュラと戦ったボウルガードにヒントをもらいに来たのだった。

 第一作では娼婦ばかりを狙う実在の殺人者〈切り裂きジャック〉が暗躍していましたが、本書には長生者の吸血鬼ばかりを狙う殺鬼者〈深紅の処刑人〉が登場します。この深紅の処刑人、巻末の登場人物事典によればニューマンの創作ではなく『惨殺の古城』なる伊米映画に登場する殺人鬼だそうです。『惨殺の古城』で検索すると、上半身裸で赤い頭巾に黒いドミノマスクという変態さんが見つかります。

 この〈深紅の処刑人〉の目的と、ドラキュラの結婚の狙いがどこにあるのか――。この二つの謎が物語を牽引してゆきます。処刑人の初登場場面はあまりにも突然であまりにも素早く、導入部分を読んでいるつもりだったのにいきなりクライマックスで驚きました。

 ジェイムズ・ボンドが登場するので敵も律儀に007映画のギミックや設定が用いられています。ロシア諜報機関の殺し屋たちはひたすら無言で襲ってくるため吸血鬼とは別の怖さがありました。007映画の敵に加えてゴーレムと『ホフマン物語』のオランピアを敵にするセンスが光ります。悲しいことにボンドは本書では徹底して三枚目でした。

 一方で温血者《ウォーム》のままのボウルガードは百五歳。死期が近づいているため、ケイト、ジュヌヴィエーヴ、ペネロピは転化してほしいと願っていますが、ボウルガードにはそのつもりはありません。シリーズの読者には感慨深いものがありました。ボウルガードの寿命の話題で、ケイトがジュヌヴィエーヴに「ヴァンパイアは存在するわ。人狼も存在する。だったら幽霊もいるんじゃない?」(p.89)と問いかける場面があります。何というか、吸血鬼の存在する世界だからこそのセンチメンタルでいい場面でした。この場面が最後に活きてくるのもよかったです。

 創元推理文庫版の邦題が『ドラキュラ崩御』だったことから、本書でドラキュラが死を迎えるのであろうことはわかっていましたが、まさかこんな最期だったとは予想だにしませんでした。もともとこのシリーズのドラキュラはラスボスという感じで、表に出て来て主人公たちと直接戦うことはほぼなかったとは言え。

 吸血鬼が存在しているのだからほかの超常的存在が居ても不思議はないのですが、ゾンビのような生ける死者や、吸血鬼をも超越した存在である三人の魔女まで出てくると、ちょっとついていけないところがありました。この〈涙の母〉も元ネタがあって、ド・クインシー『深き淵よりの嘆息――『阿片常用者の告白』続篇』とダリオ・アルジェント監督による魔女三部作からの借用だそうです。

 長生者だけ狙われる理由が一種の都市論・社会論のようになっていて、超越者によるそんな壮大な話だったのかと、単なるドラキュラものを越えた面白さがありました。

 さて一段落ついてドラキュラの結婚の動機はわからないままなのかな……と思ったところで突然の真相発覚。シリーズはまだまだ続くとは言え、ドラキュラも死んだ一応の一区切りに相応しい幕切れでした。
 

アクエリアス――ドラキュラ紀元一九六八」(Aquarius,Kim Newman,2012)★★★★★
 ――ケイトはディオゲネス・クラブ客員メンバーとして呼び出された。担当刑事のベラヴァー警視の部下はほとんどヴァンパイアだが、ヤードはB課のチーフに生者を据えたがる。若い娘が血を抜き取られて死んでいた。昔のヴァンパイアのやり方だ。被害者はセント・バートルフ・カレッジのスカーフを身につけていた。かつての秘密警察長官ケイレブ・クロフトが教鞭をとっている所だ。ケイトはカレッジに潜入し、クロフトに師事する〈黒い修道士〉と呼ばれるヴァンパイアの生徒たちと知り合った。張り込み中のグリフィン巡査部長と話をしているとき、武器を持った若者たちがヴァンを乗り付け、〈ドラキ狩り〉を始めた。報復に次ぐ報復で最悪の事態を迎えるなか、ケイトは〈黒い修道士〉の一人デボーイズから学生用バーに誘われた。

 タイトルは〈水瓶座の時代〉より。訳註によると「二十世紀後半、ニューエイジ運動により、精神性が重視される水瓶座の時代がやってくると考えられた」そうです。そんな時代に相応しく、物語のなかではドラッグが重要な役割を占めているほか、カルトみたいな集団や、カリスマミュージシャンのような人物も登場していました。一つの殺人事件がきっかけで社会を動かすうねりとなるのは、悪夢を見ているようでした。ヴァンパイアの特性とドラッグを用いた、ヴァンパイア原点回帰主義者の犯罪というのは、ミステリのトリックみたいでした。『鮮血の撃墜王』所収の「ヴァンパイア・ロマンス」に続いて日本の少女ヴァンパイア〈ねずみ〉登場。すっかりケイトに懐いています。同じくケイレブ・クロフトのほか、ヴァン・ヘルシングの子孫まで登場しています。それにしても『ドラキュラのチャチャチャ』のボンドも三枚目でしたし、ヴァン・ヘルシングの子孫も情けない人物として描かれているのは何なんでしょう。

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