法月綸太郎の第二作。1989年親本発行。法月父子の初登場作品です。
冒頭に置かれた「引き裂かれたエピローグ」で、結婚式を控えた花嫁のところに綸太郎が大切なひとの逮捕を告げに来るところから始まります。のちのロスマク・オマージュを彷彿とさせるような悲劇に満ちた見事な導入です。
沢渡冬規から招待状を受け取った法月警視は、長野県の別荘を訪れます。招待状にあった沢渡の元妻・篠原真棹という名前を見て、ついにこの時が来たと感じました。月蝕荘に招かれていたのは、真棹の現夫・篠原国夫、モデルの中山美和子、医者の武宮、陶芸家の真藤と娘の香織、沢渡の弟・恭平。それに沢渡と暮らしている峰祐子。
法月警視はせせらぎの音を聞いて眠れずにいました。自殺した妻が入院していたサナトリウムにもせせらぎの音が聞こえていたからです。部屋を出て沢渡と談笑し、耳栓をもらうとようやく眠りに落ちました。
翌朝、警視は体を揺すられて目を覚まします。離れで電話が鳴り続けている、真棹に何かあったのでは――。慌てて用意して離れに急ぐと、恭平がドアを叩いています。警視がガラスケースを割って沢渡自家製のスペアキーを取り出し、離れに入ると、天井からぶらさがっている真棹を発見しました。
あたりには雪が積もっていて、発見者の恭平の足跡しかありませんでした。
状況からは自殺としか思えませんが、真棹が脅迫者だという事情を知っていた警視は、これは殺人だと直感します。
著者自身があとがきで『法月警視自身の事件』と語っている通り、法月警視が事件に関わることになったのには個人的な事情が絡んでおり、事情が事情であるうえに〆切も近いこともあって綸太郎は東京でお留守番です。
雪密室のトリックは【人物入れ替わりと後ろ歩きの組み合わせ】というもので、単純とは言え組み合わせたことに工夫が見られるものの、警視がプライベートで綸太郎が不在でなければ、あっさり見破られていたことでしょう。逆に言えばそのために警視自身の事件にされ綸太郎は留守番をさせられているとも言えます。
やがて法月警視が別荘を訪れたのは、妻・礼子のまたいとこである代議士の差し金であることが判明します。代議士の娘・早苗が恭平と結婚するため、恭平の過去の女のことで強請ろうとしている真棹と話をつけろというものでした。この代議士というのが絵に描いたような悪役で、でっちあげた礼子の不義のネタを真棹に流して、脅迫被害者として警視に別荘に潜り込ませようとするのです。
とにもかくにもこの代議士と真棹というのが人の心をもてあそぶことに長けていて、事件は起こるべくして起こったという感じでした。今回の犯人の動機こそ【夫の屈折した愛情に限界が来た】というものでしたが、いずれ脅迫が原因で誰かに殺されていてもおかしくありません。
娘に【お前は不義の子】だと吹き込む峰祐子の父親もクズなら、それを利用する真棹もクズだし、礼子の不義をでっちあげる代議士もクズで、おまけに【警視に対する復讐と礼子への乱暴】を打ち明ける容赦のなさ。作品全体を通して男女間の愛憎による悲劇という点は一貫していました。
再びエピローグに於いて【叙述トリック】めいた真相が明らかになり、悲劇はきれいに幕を閉じます。
誇り高い美女からの招待で信州の山荘に出かけた法月警視だが、招待客が一堂に会したその夜、美女が殺される。建物の周囲は雪一色、そして彼女がいたはずの離れまで、犯人らしい人物の足跡もついていないのだ。この奇怪な密室殺人の謎に法月警視の息子綸太郎が挑戦する、出色本格推理。(カバーあらすじ)
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