入れ子構造の物語がほんとうに面白いというだけでも希有の作品。作中作こそメインなのだから当たり前ではあるのだが。
1巻は文字どおり「アラビアン・ナイト」、2巻前半はファンタジー、2巻後半から3巻は「剣と魔法の物語」。
『ユリイカ』古川日出男特集号のインタビューによれば、本書は『ウィザードリィ外伝2 砂の王1』からスピンオフした作品とのこと。それを聞くと、後半が「剣と魔法の物語」であるのもむべなるかなと深く納得。
同じ『ユリイカ』では、「ボルヘスが世界最大の巨篇を書いたみたいな無茶な話を書こうと思った」と述べられてます。いわばこれも「架空の書物」ですもんね。しかもボルヘスは語らなかった書物自体の内容がメイン。
個人的には「剣と魔法の物語」って苦手なんです。広くビバ!ヒロイズム小説が。本書は眉目秀麗な剣士と魔法使いというその定石を踏まえつつ、普通であれば「外伝」かなんかで前日譚として描かれそうな登場人物たちの身の上も一緒に書かれているのがよいです。
著者(訳者)自身あとがきで「三巻めから読みはじめられてもかまわない」なんてことをおっしゃってましたが、イスマーイール・ベイは時系列に沿わず読み進めたわけですし、「剣と魔法の物語」の典型からすれば、前日譚にあたる部分は外伝なわけなので、外枠の物語を無視すれば「三巻めから」というのもあながち挑発的な出まかせとも言えない(というのはこじつけですが)。
「ですます」調を意識させない語り口がすばらしいし、『暴夜物語』あたりを意識したのであろう明治文学めいた宛字にも胸躍る。「アラビアン・ナイト」風のピカレスクに引き込まれ、気がつけば「剣と魔法の物語」まで堪能している自分に気づく。地下都市という“異世界”を作りあげてしまった狡猾さ(ホメことばです)に舌を巻きます。「アラビアの」夜の物語だったはずが、いつのまにかどことも知れぬ異世界ファンタジーに変わってしまっているのに、そのことに気づかせない。そうなんです! 本書は、日本SF大賞を受賞したのももっともな異世界ファンタジーなのでした。ハリポタなんか読まずに古川日出男ば読め。
外枠の「しかけ」自体はたいしたことない。ナポレオンのカイロ侵攻は歴史的事実なわけで、つまりアイユーブの作戦がうまくいかないことをわれわれは本を読む前から知っている。どうして作戦がうまくいかなかったのか、てところにもっとミステリ的な素晴らしいトリックを期待してしまったのですよ。でもそういうのが肝の作品じゃないものね。
聖遷暦1213年。偽りの平穏に満ちたエジプト。迫り来るナポレオン艦隊、侵掠の凶兆に、迎え撃つ支配階級奴隷アイユーブの秘策はただひとつ、極上の献上品。それは読む者を破滅に導き、歴史を覆す書物、『災厄の書』――。アイユーブの術計は周到に準備される。権力者を眩惑し滅ぼす奔放な空想。物語は夜、密かにカイロの片隅で譚り書き綴られる。「妖術師アーダムはほんとうに醜い男でございました……」。(裏表紙あらすじより)
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