『日本以外全部沈没 パニック短篇集』筒井康隆(角川文庫)★★★★☆

日本以外全部沈没」★★★☆☆
 ――地球規模の地殻変動で、日本を除くほとんどの陸地が海没してしまった。各国の大物政治家はあの手この手で領土をねだり、邦画出演を狙うハリウッドスターは必死で日本語を学ぶ。

 筒井康隆は色褪せないと思っていたのだけれど、これだけ時事ネタが凝縮されているとさすがにキツイ。読みながら註を参照してしまったのも失敗だった。わからない人名が出てきても気にせずにドライブ感に身を任せるべきでした。
 

「あるいは酒でいっぱいの海」★★★★★
 ――放課後、いつものように化学実験室で実験をしているとき、おれはとんでもないものを作りあげてしまった。酸素からヘリウムをとり出す薬だ。

 タイトルはデイヴィッドスン「あるいは牡蠣でいっぱいの海」のパロディにして、オープニングは『時をかける少女』のセルフ・パロディ。アイデアだけで一篇書いてしまえる絶好調期の傑作。
 

「ヒノマル酒場」★★★★☆
 ――「空とぶ円盤や」テレビ画面に映し出された物体を見てノボルが声を出した。「しょうむない。子供のドラマか」ヒノマル酒場の常連たちは途端に興味を失った。

 調子がいいときの筒井康隆躁状態で悪ノリしてできあがった名作。テレビに対する皮肉や風刺すらも吹き飛んでしまうような自由勝手のつるべ打ち。
 

「パチンコ必勝原理」★★★★★
 ――パチンコ台の前にくると、その老紳士はスーツケースから取り出した計算機で確率計算を始めた。「何をする気なのかな?」「パチンコの大勝負が始まるみたいですよ」「それはおもしろい」

 この話には当然このオチしかないわけですが、わかっていても好きにならずにいられない愛すべき掌編。前半が仰々しければ仰々しいほど後半が生きてきます。
 

「日本列島七曲り」★★★☆☆
 ――おれがジェット機に乗り込むと、数人の若者がいっせいに日本刀を抜きはなった。見まわすと、乗客のほとんどが面白そうににこにこ笑っている。

 おお、三崎亜記「バスジャック」の元ネタはこんなところにあったんですね。ちょっとシリアスに持っていく三崎作品に対して、本篇は徹頭徹尾ふざけのめしてます。
 

「新宿祭」★★★☆☆
 ――その頃の全学連が分裂に分裂を重ねるのを見て、先代の社長がこれが偉い人で、これはいかんと気づいた。なんとか彼らに統一行動をとらせてやろうと考えた。

 革命分子が体制に利用されるという点では限りない皮肉なのだけれど、そーゆー風刺を読んでいるあいだじゅう頭に思い浮かばせないのが筒井作品のすごいところ。対象が何であろうとお祭り化して笑いのめすのです。
 

「農協月へ行く」★★★★★
 ――「来月、どこに旅行しよか」「世界一周やったら二番煎じやさけの、いっそのこと月行てこましたろか言うとるんじゃ」

 本書中もっとも悪意みなぎる作品に思えました。とはつまりパロディとしてももっとも秀逸。いやいや実のところパロディに見えませんでした。戯画でもなんでもなく、この話そのまんま田舎者=日本人て感じです。
 

「人類の大不調和」★★★☆☆
 ――万国博の会場に倒れていたマネキンを蹴飛ばした。意外にも、それはマネキンではなく本物の子供の死体だった。だしぬけに銃声、呻き声が聞こえた。

 調和の取り方がエライやり方で、あんまり理屈(作中の理論)に合ってないような気もするんだけれど、他人事のように読んできた日本人読者が最後でどきっとすることは請け合います。
 

「アフリカの爆弾」★★★★☆
 ――「大変だたいへんだ。隣の部落ミサイル買った。危ないよあぶないよ」「この国も、ミサイル買う」「ブワナ・ヤス。あなたも来てほしい。値切る。ブワナ機械にくわしい」

 パニックというにはどこかのどかさ漂う、それでいて核時代の危機を確かに捉えた絶妙の作品。ドリフみたい。
 

「黄金の家」★★★★☆
 ――近所のペンキ屋はおれの見ている前で、家の壁をぺたぺたと黄金色に塗り始めた。

 解説によれば「意外に思えるほど正統的な」作品。とはいっても家を金色に塗るという冒頭の設定からしてすでに発想がぶっとんでいます。フレドリック・ブラウン星新一ならこういう始まり方にはしなかったろうな、とは思います。
 

「ワイド仇討」★★★☆☆
 ――おれたちもこれですでに三年、敵を討つために日本中を歩きまわっていて、郷里へは帰っていないのである。この調子では、一生郷里へ帰れないのではあるまいか。

 旅の途中で仲間が出来て――とくれば成長物語パターンのはずなのだけれど、前に進みたくない人たちばかりがだらだらと群れをなして見事に期待を裏切って(期待通りにして)くれる。

 「ワイド時代劇」の「ワイド」でしょうか、『忠臣蔵』もそういう意味では「ワイド仇討」、エンタメ仇討。新聞というメディアによって野次馬根性が日本全国に広まっていることを思えば「ワイドショー」の「ワイド」かな。
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