『シャーロック・ホームズのSF大冒険』(下)マイク・レズニック&マーティン・H・グリーンバーグ編/日暮雅通監訳(河出文庫)★★★☆☆

「数の勝利」ゲイリー・アラン・ルース/五十嵐加奈子訳(The Holmes Team Advantage,Gary Alan Ruse)★★★☆☆
 ――盗まれた品物が、なぜか間もなく返ってくるという事件があちこちで発生していた。犯行現場に残されていたのは、証拠物件として警察に保管されているはずのブーツでつけられた足跡だった。

 せっかくの原題をどうにかして活かしてほしかった。大がかりなわりには動機と犯行が意外とフツーでおかしい(^^;。とゆーかおマヌケですよね。研究のための助成金が出ないから、自分たちでお金を儲けよう。でもなぜか金は物理的に複製できないから……。かわいい犯人だ。
 

「消化的なことさ、ワトスン君」ローレンス・シメル/日暮雅通(Alimentary, My Dear Watson,Lawrence Schimel)★★★★☆
 ――「青いガーネット」同様ホームズは帽子を調べていた。だが今回は使い古したフェルト帽ではなく、シルクハットだった。「お茶のしみがついているところを見ると、お茶の時間にもめごとが起こったらしいね。これはドジスンという男の家で発見されたものだ」

 二重のパスティーシュ。というか、ほとんどネタをつなげただけの作品で、内容なんてないようなものなんだけど、ネタの散りばめ方がうまい。最後の台詞も見事。ただねえ、わたしが子どものころ読んだ本では、ホームズ、アリスともども「ありえないこと」と訳されてたと思うんで「不可能なこと」だと違和感がある。
 

「未来の計算機」バイロン・テトリック/藤原隆雄訳(The Future Engine,Byron Tetrick)★★★☆☆
 ――依頼人のヘンリー・バベッジが盗まれたのは、倉庫に保管されていた父親の解析機械だった。幾千もの計算を瞬時に行える未来の計算機である。モリアーティがからんでいるらしい……。

 有名人(の息子)を登場させるというパロディ王道と、“未来の計算機”というSFネタを組み合わせた作品――のわりには比較的まともなパスティーシュでした。まあ“未来の計算機”とはいっても要はコンピュータなわけで。つまり盗まれたコンピュータをモリアーティに悪用されないよう捜査するというパスティーシュです。コックニー訛のベイカー街遊撃隊って、実は初めてかも。そこが面白かった。確認してみたら原典ではそもそもあんまり台詞がないんだね。
 

《第二部》現在のホームズ(HOLMES IN THE PRESENT)

「思考機械ホームズ」スーザン・キャスパー/篠原良子訳(Holmes Ex Machina,Susan Casper)★★★☆☆
 ――ホログラム用の『ゴジラ対ヘドラ』フィルムがなくなった。私はホームズ物語をホログラムにプログラミングして、そのホームズに解決を依頼してみた。

 プログラムによるホームズというのであれば、未来編にあってもおかしくはないのだが、本篇に登場するのは人工頭脳とか人間プログラムとか大仰なものではなく、映画のシーンをパターン化してカットやグラフィックをコンピュータで自動処理するというようなもの? このシステムだと台本が必要な気がするんだけど。いや台本が必要ないプログラムができちゃったから大発見なわけか。
 

「シャーロック式解決法」クレイグ・ショー・ガードナー/五十嵐加奈子訳(The Sherlock Solution,Craig Shaw Gardner)★★★☆☆
 ――ドアを開けると、オフィスはとんでもない散らかりようだった。カラザーズがやってきた。「ついに答えを見つけたぞ!」スタンがが言う。「不可能なものを取り除けば」ドリスが続ける。「あとに残ったものが真実なのよ」

 プログラムによるホームズと、自分をホームズだと思い込む(?)素人を変則的に組み合わせた。ホームズ・ファン(マニアじゃなく)のサークルみたいな雰囲気が好ましい。
 

「自分を造った男」デイヴィッド・ジェロルド/細谷葵訳(The Fan Who Molded Himself,David Gerrold)★★★★☆
 ――ワトスン博士の原稿をわたしが相続する番がやってきた。ワトスン博士が、ホームズのふりをしていた男に会ったのは、妻テスが亡くなったころだった。彼は時間の道を歩けたのだ。

 ホームズの内幕・真実もの。SFとからめているのがミソ。ワトスン博士の未発表原稿というのも定番だし、秘すべき内容というのも依頼人の名誉のためとかならよくあるんだけど、未発表の未発表たるゆえんがアイデアと不可避に結びついているのがうまい。
 

「脇役」クリスティン・キャスリン・ラッシュ/五十嵐加奈子訳(Second Fiddle,Kristine Kathryn Rusch)★★★★★
 ――二十四時間前にホームズが捜査に加わって以来、私はずっと彼を観察してきた。私は笑ってしまった。いくら史上最も偉大な探偵とはいえ、彼の知識は百年も前のものなのだ。些細な観察だけで名をはせた男が、われわれ優秀な刑事と肩を並べられるはずがない。

 現代にやってきたホームズが19世紀とのギャップに戸惑うのを笑ったり、現代に来てもやっぱり名探偵だったのを讃えたり、とかいうだけだったならよくあるパロディ止まりなんだけど、ホームズに劣等感を持つエリート捜査員を語り手にすることで、現代小説としてうまくフィードバックさせている。何よりホームズが現代に来ることが、作品においてちゃんと意味のあることなのだ。ホームズありき、ではなく、あくまで現代人たちの物語があってホームズがスパイスの役を果たすのである。解説の紹介文だけだとなんだかB級夫婦みたいだが、著者は『F&SF』誌の元編集長。SF者である。「second fiddle」というタイトルは「脇役」という意味のほかにホームズのバイオリンも意識しているのでしょう。さりげなくおしゃれ。
 

《第三部》未来のホームズ(HOLMES IN THE FUTURE)

「仮想空間の対決」ジャック・ニマーシャイム/安達眞弓訳(Moriarty by Modem,Jack Nimersheim)★★★☆☆
 ――「ホームズ先生、あなたは機械なのです。正確にはコンピュータというものです」「プログラムがぼくの存在を定義しているといったが、その目的とは何だい?」「犯罪捜査です。モリアーティをさがしてください」

 プログラムのホームズは本書にもいくつか登場したけれど、本篇などは仮想空間を舞台にしたところが今ではむしろ古典的。というか、ほとんどパソコンそのまんまな感じで、SFという感じがしない。そこが身近(?)。スケールが大きいのか小さいのかわからんところがたまらん。リリカル・ナードな(^_^;ホームズ・パロディ。
 

「時を超えた名探偵」ラルフ・ロバーツ/五十嵐加奈子訳(The Greatest Detective of All Time,Ralph Roberts)★★★★☆
 ――ホームズが注射器に手を伸ばした。途端に銀色の服を着た男が現れて、二十四世紀型注射器を噴射した。「よし、これで麻薬はいらない」「ああ、また矯正されてしまったよ。ぼくらに自由な時間はないのかな、ワトスン?」

 タイムトラベラーからも事件を依頼される大忙しのホームズ。今度の依頼人は二十四世紀の火星人。時間も空間も飛び越えた無茶苦茶なパロディのように見えて、意外とまともなミステリ的仕掛けがほどこされていた。モリアーティに対する何とも言い難い扱いも爆笑ものである。
 

「シュルロック族の遺物」ジョジーファ・シャーマン/日暮雅通(The Case of the Purloined L'Isitek,Josepha Sherman)★★☆☆☆
 ――私の名はワトスンだが、アルウィンであってジョンではない。医師でなく考古学者だ。だが、惑星ホルメスのシュルロック族の先史文明発掘を率いているとなると、いささか厄介な名前ということになろう。

 当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、未来編になってから、ホームズ自身が登場しないパロディがいきなり増えた。プログラムによるホームズも含めて、ホームズはあくまでフィクションだという設定が多いのも特徴。そんななかでも本篇などは、ホームズを気取る宇宙人が探偵をするという点で、比較的ホームズものらしいホームズ・パロディだった。
 

「不法滞在エイリアン事件」アンソニー・R・ルイス/日暮雅通(The Adventure of the Illegal Alien,Anthony R. Lewis)★☆☆☆☆
 ――AI/221Bはみずからのメモリ・バンクをスキャンした。『ぼくはシャーロック・ホームズではない。異星人の依頼人のために、ぼくがホームズになりきらなくてはならない。なぜだ、ホームズ本人が取り組めばいいのに?』

 ただ単に宇宙人とか未来人が出てくるだけで中身はオーソドックスなパスティーシュもいまいち乗れないが、この手のバーチャル・ホームズにも飽き飽きしてくる。ただ本篇の場合、プログラムではなくAI(人工知能)だというのがポイント。ホームズの役をしていたAIが、やがて自分がホームズだと学習しだすのである(^^)。
 

「五人の積み荷」バリー・N・マルツバーグ日暮雅通(Dogs, Masques, Love, Death:Flowers,Barry N. Malzberg)★☆☆☆☆
 ――夢の中で、深い眠りという時空間で、殺される犠牲者たち五人の顔が見えたような感じがした。ひとり、またひとりと切り裂かれていく被害者の顔に、ゆっくりと突き刺さる古風なおそろしい凶器。

 これだけ収録作があるなかで、ホームズがメインじゃなくて、ホームズをダシに使った作品はこれが初となる。なんだかんだ言ってみんなけっこう正統派のパロディなのだ。もっと無茶苦茶やってみてもいいのに。しかしだからといってわけのわからん作品を書いてもいいというわけではない。まあ一篇くらいこんなのがあってもいいか。
 

「未来からの考察――ホームズ最後の事件」ロバート・J・ソウヤー日暮雅通(You See But You Do Not Observe,Robert J. Sawyer)★★☆☆☆
 ――ホームズさん、フェルミパラドックスというものがあるのです。もし宇宙に無数の生命体がいるのなら、異星人はどこにいるのか?

 ソウヤーはあまり好きでない。というか大っ嫌いな作家である。人を小馬鹿にするのを風刺とかユーモアだと思い込んでいるのはあまり頭のいいことではない。それはともかく、本篇はシュレーディンガーの猫とライヘンバッハの滝を組み合わせた作品。ホームズの復活をシャーロキアン的かつSF的に考察したらこうなる?
 

《第4部》死後のホームズ(HOLMES AFTER DEATH)

「幻影」ジャニ・リー・シムナー/日暮雅通(Illusions,Janni Lee Simner)★★★☆☆
 ――降霊会に参加しながらアーサーは次に書く中世を舞台にした小説のことを考えていた。ホームズを滝に静めたのは正解だった。「アーサー。アーサー・コナン・ドイル」霊の声が聞こえた。

 笑い事ではなくって、新興宗教の教祖の言うことなら何でも鵜呑みにしちゃう馬鹿どもを連想したよ。趣があるというよりもブラックすぎるユーモアだな。
 

「“天国の門”の冒険」マイク・レズニック日暮雅通(The Adventure of the Pearly Gates,Mike Resnick)★★☆☆☆
 ――ライヘンバッハの滝から落ちた次の瞬間には天国にいた。いや、獲物のいないところなど、私にとっては地獄である。

 中川裕朗氏による、〈天国〉ならぬ〈地獄のシャーロック・ホームズ〉シリーズというケッタイな怪傑作を読める日本の読者にとって、他のあの世のホームズものの多くはつまらないものに見えてしまう。しかも三作続けて「最後の事件」ものかよ……。
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