ショージキ言って、今になってわざわざ全訳刊行するほどのものじゃない。誰にでも楽しめるパロディというよりはマニア向けである。
「序――死ぬことを拒否した探偵」マイク・レズニック/日暮雅通訳(Introduction:The Detective Who Refused to Die,Mike Resnick)
《第一部》過去のホームズ(HOLMES IN THE PAST)
「マスグレーヴの手記」ジョージ・アレック・エフィンジャー/吉嶺英美訳(The Musgrave Version,George Alec Effinger)★★★★☆
――多くの方はマスグレーヴのこともフー・マンチューのこともご存じだろう。ここにレジナルド・マスグレーヴによる、驚くべき手記を紹介しよう。
せこいといえばいいのかうまいといえばいいのか、“ワトスン以外から見たホームズ”という常套手段を用いながら、肝心の部分は描かないという変則技。それだけでもパロディになってしまうところがすごいのだが。ということはつまり、冒頭の推理シーンだけを正攻法で描いたとしても充分にパロディになりえるということだ。だけど欲ばりな作者は、そこにワトスン以外の視点、マスグレーヴという正典ゲスト、フー・マンチューという特別ゲストを盛り込んでます。詰め込みすぎでは?
「探偵の微笑み事件」マーク・ボーン/堤朝子訳(The Case of the Detective's Smile,Mark Bourne)★★★☆☆
――オックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジにかかわる事件関係者が亡くなった。個人の知り合いだという女性があの時のお礼にとホームズを訪ねてきた。
ホームズと並ぶイギリスのパロディ製造元作品がゲスト。この作品がゲストでリリカルな作品になるとは意外。
「ロシアの墓標」ウィリアム・バートン&マイケル・カポビアンコ/太田久美子訳(The Adventure of the Russian Grave,William Barton&Michael Capobianco)★★★★★
――曾祖父が死ぬ前に届けた遺書によれば、この指輪をモリアーティ一味が狙っているそうなのです。伯爵夫人はそう語り始めた。
ホームズ・パロディによくある、モリアーティ妄想ものかと思いきや、思わぬひねり技の決まった“SF”作品でした。ホームズものの設定を活かしつつ、それに縛られることなくかろやかに舞ってみせた佳作。
一点だけ残念なのが、キリル文字をアルファベットで代用しているのが気になった。実はロシア人じゃないという伏線なのかと思ったよ。原書がそうなのか日本版の不手際なのか。
「“畑のステンシル模様”事件」ヴォンダ・N・マッキンタイア/日暮雅通訳(The Adventure of the Field Theorems,Vonda N. McIntyre)★★★☆☆
――依頼人はコナン・ドイルだった。収穫前の小麦がなぎ倒され、直線の交錯する大規模な円の形が描かれていたのだ。ドイルはそれを、死の世界からのメッセージだと考えているらしい。
コナン・ドイルの心霊狂いとミステリー・サークルをからめたパロディ。誰が何のためにミステリー・サークルを作ったのか、てのはおまけみたいなもので、徹底的にドイルをからかった作品と言えそう。“宇宙船”に連れ込まれたりとかいうのが面白いといえば面白い。どうせやるならこういう生真面目なパロディよりももっと馬鹿馬鹿しくしてくれた方が好みではあったが。
「行方不明の棺」ローラ・レズニック/野下祥子訳(The Adventure of the Missing Coffin,Laura Resnick)★★☆☆☆
――ホームズさん、私の棺が盗まれたのです! 今度の依頼人は吸血鬼だった。
吸血鬼パロディ。ただそれだけ、ともいえる。凝っている、のかもしれない。しかしパロディ的なアイテムを散りばめただけではパロディにはならないのだ。
「第二のスカーフ」マーク・アーロンスン/堤朝子訳(The Adventure of the Second Scarf,Mark Aronson)★★☆☆☆
――犯人はアルトー・ベンを襲い、殺害したあと、たわむれに第二のスカーフを首に巻きつけて、救援信号を発信し、船内を真空の状態にしたうえで、まんまと脱出したというのだろうか?
宇宙を舞台にしたごくごく普通の探偵小説。
「バーバリ・コーストの幽霊」フランク・M・ロビンスン/佐藤友紀訳(The Phantom of the Barbary Coast,Frank M. Robinson)★★★☆☆
――アイリーン・アドラーの妹レオナがアメリカで失踪した。レオナには歌の才能はなかった。ニュージャージーから西海岸にわたり、そこで消息を絶った。
SFではない。アイリーンの妹という設定は、ホームズをアメリカに引っぱり出すための方便か、ファン・サービスか。正統的なホームズ・パスティーシュ。
「ネズミと名探偵」ブライアン・M・トムセン(Mouse and the Master,Brian M. Thomsen)★★★☆☆
――おれは私立探偵、仲間からはネズミと呼ばれている。なんとホームズがおれに依頼をしてきた。ワトスンは聴覚に問題があるらしい。冒険譚のほとんどは聞き間違いの産物だそうだ。あろうことか最近はあの世からの声が聞こえ始めたとか。
ワトスンが参加する心霊会に潜り込む私立探偵(名探偵などではなく、身辺調査なんかをするリアルな私立探偵である)。ワトスンとドイルとホームズをまとめてからかった技巧作。
「運命の分かれ道」ディーン・ウェズレイ・スミス/佐藤友紀訳(Two Roads, No Choices,Dean Wesley Smith)★★★★☆
――依頼人の博士は言った。タイタニック号をご存じですか。処女航海で悲劇的な運命に見舞われなかったのは、運がいいという問題ではないのです。本来、タイタニック号は沈むはずなのです。
タイムトラベルが過去を変えてしまったというお馴染みネタを、ホームズと同時代の事件にからめた作品。意外とこういう発想ってなかったように思う。推理機械ではなく人間ホームズの魅力と苦悩を描いた作品。見覚えのある作家名だと思ったら、『ミステリマガジン』2006年12月号に「飛び散る赤の記憶」が掲載されてた。
「リッチモンドの謎」ジョン・デチャンシー/五十嵐加奈子訳(The Richmond Enigma,John DeChancie)★★★★☆
――フィルビイ氏の友人は、風変わりな遺言書を残したまま行方がわからなくなった。タイムマシンを発明し、数万年先の未来に行ってきたのだと本人は語っていた。人類は二つの種族に別れていた。イーロイとモーロック。
ウェルズ「タイム・マシン」をからめた作品。同じウェルズ・パロディ『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』やドラキュラ・パロディ『シャーロック・ホームズ対ドラキュラ』などは、『宇宙戦争』や『ドラキュラ』の筋をそのまま流用して、そこにホームズをぶち込んだだけの作品に過ぎなかったわけだが、本篇はもう少しひねってある。
「サセックスの研究」リーア・A・ゼルデス/堤朝子訳(A Study in Sussex,Leah A. Zeldes)★☆☆☆☆
――サセックスに隠退したホームズは、昔とまったく変わらなかった。「ロイヤルゼリーは確かに素晴らしいが、蜂に効果のあるものでも人間にも効果的とは限らない。ふとしたことから蜂に刺されてね。蜂毒の研究を手伝ってほしいんだ、ワトスン」
『Sherlock Holmes in Orbit』Mike Resnick&Martin H. Greenberg編,1995年。
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