『サンキュー、ジーヴス』P・G・ウッドハウス/森村たまき訳(国書刊行会)★★★★★

 『Thank You,Jeeves』P. G. Wodehouse,1934年。

 僕はわずかに心乱れていた。「今朝方サー・ロデリックが後ほどお越しになるとおおせでございました」「なんと! あんなことがあった後でか?」彼が到着したとき、僕はバンジョレレをつま弾いていた。と、ドアが開き、いやらしい拘束衣の専門家をジーヴスが放り入れてよこしたのだった。「君は障害認定を受けるべきじゃ! こういうフラットでそんなものを演奏しようとは、どういうつもりかな?」「残念ですね。ですが僕の芸術が優先されなければなりません」電話が鳴った。僕は立ったまま話を聞いた。「ジーヴス。この建物の支配人の言うところでは、僕はバンジョレレの演奏をやめるか、ここを引き払うかしないといけないそうだ」「さようでございますか?」「僕は人里離れたコテージで、楽器の研鑽をつもうと思っている」「さような仕儀となりますならば、わたくしはお暇を頂戴いたさねばなりません」「つまり君はこのバンジョレレが嫌いなのか?」「はい、ご主人様」

 「ジーヴス、辞表提出!!」なんて書かれているから、いったいどうなったのかと思いきや、いやいつもの通りでした(^^)。バーティーったら、他人の執事となったジーヴスを当たり前のように使っています(^^)。ジーヴスからツッコミ入らないのかな、とちょっとどきどきしちゃいましたよ。わたくしは今は別のお方にお仕えしておりますのでお助けしかねます、とか何とか言われるんじゃないかと。

 ジーヴスがバーティーのもとを離れて行動できることが、プロットとしっかり関わっていて、むしろそのプロットのためのジーヴス辞表なんですね。きっと。こういうのを読むと、ミステリー界からの人気が高いのもわかる気がします。

 相変わらず駒の配置がうまいです。ジーヴスがやめたこと、新しく執事を雇ったこと、バーティーがかつてポーリーンと婚約していたこと、チャッフィーとポーリーンが相思相愛なこと、ポーリーンの父親がサー・ロデリックの施設のためにチャッフィーの地所を買い取ろうとしていること、黒人ミンストレルの一団をシーベリーのガキもバーティーも聞きたがっていること、シーベリーの母親とサー・ロデリックが相思相愛なこと、バターが必要なこと、警官の巡回……すべてがぴたっとはまってしまうんですよねえ。

 で、これ『ミステリマガジン』に掲載された「ジーヴスとギトギト男」の前日譚なんですね。サー・ロデリックとバーティーのあいだに友情がはぐくまれるだなんて、いったいどんな力業を使ってくるのかと思ったら、なるほどこう来たか。そこで実際に友情がはぐくまれるかどうかはともかくとして、このシチュエーションに持ってきたところが素晴らしいです。その場面にいたるプロットは納得のうまさ。

 でも新しい執事ブリンクレイはちょっと反則だなあ……(^^;。酒癖が悪いにもほどがある。でもちょっと微笑ましい。ほかの作品にゲスト出演してたりはしないのかな。これ一作きりだとしたらもったいないキャラではありました。

 しかしバーティーってどんどんかっこよくなっていきますね。最初に読んだときはただの愛すべきおバカちんだったのに。やっぱり『ウースター家の掟』で、バーティーの行動原理が明らかにされてからでしょうか。「バーティー・ウースターたるもの女性に対して云々……」とか「ウースター家の者は友人に対し云々……」とか書かれるたびに、単なる騎士道精神とか友情とかを越えた、矜恃みたいなものを感じてしまうようになりました。読み終えてみると、タイトルもいいですねぇ(^^)。バーティー、いいやつだ。
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