北村薫のような、企みに満ちたというか、いい意味で計算高い作家は、構築性の高い本格ミステリのような作品を書くと、間然するところがないのだけれど、こういう本書みたいなタイプの作品だとそれがかえってマイナスに作用して、手堅くこぢんまりとまとまってしまう嫌いがある。
千夜一夜を思わせる構成、幻想的なイメージ、謡口早苗の挿画、どれも素晴らしいはずなのに、そこからさらに広がってゆくものがない。飛翔感がないとでも言おうか、よくできた麗しい細工物ではあるけれど、その細工物の向こうにさらなる世界が透けて見えないのだ。
タイトルからも連想されるような『千夜一夜物語』というよりは、むしろ実話怪談のような語り口・テイストを感じました。そちらに興味のある方は、“怖くない実話怪談”として読んでみるのもいいんじゃないかと思います。
これまでにもいくつかありましたが、博覧強記の北村氏のこと、古典をいかに本歌取りしているか、というのも楽しみのひとつでしょうか。
P.S.どうせ読むなら〈もの〉としての本にこだわった単行本版をおすすめします。
海辺の街に小部屋を借りて、潮騒の響く窓辺に寝椅子を引き寄せ横になり、訪れた女の話を聞く――さまざまな女が男に自分の体験を語り始める。緑の虫を飲みこんだという女、不眠症の画家の展覧会での出来事、詩集で結ばれた熱い恋心、「ラスク様」がいた教室の風景。水虎の一族との恋愛……微熱をはらんだその声に聴きいるうちに、からだごと異空間へ運ばれてしまう、色とりどりの17話。(裏表紙あらすじより)。
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