「囈語」山村暮鳥 ★★★★☆
――窃盗金魚/強盗喇叭/恐喝胡弓/賭博ねこ/詐欺更紗……。
意味があるよでないような。不思議とくせになる言葉のつらなり。
「昼日中」「老賊譚」森銑三 ★★★☆☆
――その客は店の亭主の方へ遣って来て、「仲間の野郎と話している内に、あの向いにぶら下っている絞を、真っ昼間に盗んで見せようということになっちまったのだ。それを見逃していてもらいたいのだよ。あいよ、酒代だ」
昔話のとんちもののような、泥棒たちの知恵比べ二篇。
「鼠小僧次郎吉」芥川龍之介 ★★★☆☆
――三年前、甲府の宿をはずれると、堅気らしい若え男が、後からおれに追いついて、口まめに話しかけやがる。そこで道づれに宿をとる。夜中にふと眼がさめると、隣に寝ている野郎が、胴巻の結び目を探しやがるのよ。なるほど。あのでれ助が胡麻の蠅とは、こいつはちっと出来すぎだわい。
こういう「よくできた話」がそつなく上手い芥川。「今から見りゃ、三年前は、まるでこの世の極楽さね。ねえ、親分、お前さんが江戸を御売りなすった時にゃ、盗っ人にせえあの鼠小僧のような、石川五右衛門とは行かねえまでも、ちっとは睨みの利いた野郎があったものじゃごぜえませんか。」とは、名言です。
「女賊お君」長谷川伸 ★★★☆☆
――女賊のお君は、被害者なんかいないわよ、というのです。「あたしは売ったのだわ、先方は買ったのよ、売買の間に被害加害がありますか――あなたは馬鹿ねえ」。一たびの流眄によって、男旅客が慰藉される、それが売ったのであるというのです。
最後の最後にたった一言ですべてをぶち壊してしまった作品。何の脈絡もなくとってつけたように「女賊」と「土工」どちらが人間かなどと言われても、そもそも対比にもなっていません。ポリシーを持った悪党という、いかにも作り物的な魅力を持った女賊の人生を、ことさらに念押しして実話めいた語り口で語るのが得難い一篇です。
「金庫破りと放火犯の話」カレル・チャペック/栗栖継訳(Karel Čapek,Příběh o asaři a žháři)★★★★☆
――人のものを盗むには技術がいる。あの金庫破りのバラバーン君も、口癖のようにいっていましたよ。何も大金もうけをするのが主な目的ではなく、大事なのは捕まらないことだそうです。このバラバーンが最後に破ったのがショーレ商会の金庫でした。
技術や工夫や才能の話が二つ。二つ目の放火犯のエピソードは、頭がいい――のだろうか。。。
「盗まれた白象」マーク・トウェイン/瀧口直太郎訳(The Stolen White Elephant,Mark Twain)★★★☆☆
――シャム国からイギリスの女王さまに贈る予定の白象が盗まれたのです! 「その白象の名前は?」「ハッサン・ベン・アリ・ベン・セリム・アブドゥラ・モハメッド・モイゼ・アルハマル・ジャムセットジジーブホイ・ドゥーリーブ・サルタン・エブ・ブードプール」「呼び名は?」「ジャムボです」
探偵小説のパロディというよりは、警察が何かやるそばから、「なんちゃってー」と打ち消すような、子どもみたいなトウェインのユーモアが光る作品です。
「夏の愉しみ」アルフォンス・アレー/山田稔訳(Plaisir d'été,Alphonse Allais)★★★☆☆
――わたしが借りている屋敷のとなりに、意地悪女が住んでいた。その女も今は亡い。わたしはいくつかの悪戯によって目的を達した。隣人は畑いじりが好きだった。わたしは少年をよびあつめ、カタツムリをとってきてくれ、と云った。
とどめの一撃が一番つまらないのが玉に瑕。
「コーラス・ガール」アントン・チェーホフ/米川正夫訳(Хористка,Антон Чехов)★★★☆☆
――見知らぬ婦人「たくの主人はこちらへ伺っておりますかしら?」。パーシャ「誰のことです?」。見知らぬ婦人「けがらわしい女! うちの人は会社の金をつかい込んだんですの! あなたみたいな女のために……」。パーシャ「あたし……知りません。もらやしません……」
こういうアンソロジーに収録されると、夫婦による計画的な犯行に見えますが、はたしてどうなのでしょう?
「異本『アメリカの悲劇』」ジョン・コリア/中西秀男訳(Another American Tragedy,John Collier)
「二壜のソース」ダンセイニ/宇野利泰訳(The Two Bottle of Relish,Lord Dunsany)
「酒樽」ギ・ド・モーパッサン/杉捷夫訳(Le petit fût,Guy de Maupassant)★★★★☆
――宿屋の亭主シコは、マグロワール婆さんの土地を手に入れたいとねらっていた。「おまえさんの生きているあいだは、毎月銀貨三十枚やるのさ。おまえさんのいなくなったあとで土地がおらのものになるという寸法だ」……三年たった。婆さんはぴんぴんしていた。
第一ラウンドは婆さんの方が一枚上手だったので、かなりあくどい手を使わざるをえなかった亭主でした。スマートでないね。
「殺し屋」アーネスト・ヘミングウェイ/(The Killers,Earnest Hemingway)
「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」三島由紀夫 ★★★★☆
――□月□日 室町幕府二十五代の足利義鳥を殺害。彼は殺人者を予感しない。将軍は殺人者をかえって将軍ではないかと疑う。殺された彼の血が辰砂のように乾いて華麗な繧繝縁をだんだらにする。
三島由紀夫の耽美に淫した文章にはときにうんざりとすることもあります。しかし冒頭でぶちかまされる、室町幕府二十五代将軍、という大はったり――このたった一文だけで耽美の世界に引き込まれてしまいます。
「光る道」檀一雄 ★★★★☆
――火焚屋の衛士が、やんごとないみかどの姫君をさらって逃げる……さらって逃げよとはほかならぬ当の姫君が申された言葉なのである。「おのこは、前にもこのように、おんなを負ぶって走ったことがあるのかえ?」「下種おんなとたわけたことはありますが……」「たわけた? なんぞあわれ深いことか?」
伊勢物語の東下りを下敷きにしたと思しき作品。このラストシーンから「桜の森の満開の下」へと続く収録順序は編者の手柄でしょう。
「女強盗」菊池寛
「ナイチンゲールとばら」オスカー・ワイルド/守屋陽一訳(The Nightingale and the Rose,Oscar Wilde)
「カチカチ山」太宰治
「手紙」サマセット・モーム/田中西二郎訳(The Letter,Somerset Maugham)
「或る調書の一節」谷崎潤一郎
「停車場で」小泉八雲/平井呈一訳(At a Railway Station,Lafcadio Hearn)
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