ここまで文庫化に時間がかかったところを見るとあんまり売れなかったのかもしれませんが、それにしてもまた売れそうにない表紙イラストを……。
アマヨク・テミズ少尉は野賊を捜索中、反対に野賊の頭領オーマに捕まってしまった。国を変え平和を望んでいるのなら無法な真似はやめろと正論を説くアマヨクに、オーマは興味を覚えた。だったら生きて自分が間違っていることを噛みしめてみればいい――オーマはアマヨクを生かして帰した。だがオーマたちはアマヨクを甘く見ていた。正式には絶縁されているとはいえ南域将軍ドールフェンディ・オルタディシャルの係累であるアマヨクは、ある程度の裁量を与えられ、オーマを捕らえて恥をそそぐことを誓う。そこにからかうつもりで姿を見せたカーミラは、アマヨクに撃たれて逮捕されてしまった。カーミラは拷問されても犯されても頑として口を割らず、孕んで生まれた子どもを人質に領主の慰み者にされた。アマヨクは次々に軍功をあげていたが、いますぐ野賊を殲滅するわけにはいかなかった。野賊のことにしろ軍隊のことにしろ複雑な政治がからんでいるのだ……。
頑固。アマヨクは軍隊こそ正義だと信じ、祖国のために平和をもたらすものだと信じています。祖国のために平和を――。それがアマヨクと叛乱軍である野賊の共通の思いでした。けれど軍隊にも政府にも野賊にも民衆のなかにも、腐った者たちは存在していました。
悪徳領主や保身政治家よりも、身重のカーミラを助けながらその口で女郎屋に売る算段をしていた夫婦の汚さにショックを受けました。そしてエピローグになって明かされる、あの人やあの人のずるさ。野心ゆえのずるさと、弱さゆえのずるさ。
そんななか実際に国を変えることができたのは、強さでもずるさでもなく、戦や政治の前線とは距離を置いたファクターだったというのが印象的でした。これだけ戦いまみれた物語でありながら無血改革が成し遂げられたときには、胸が熱くなりました。
上記のような、何気ないシーンが後になって活きてくる場面は、ことさら印象に残りました。
冒頭で印象的な役割を果たす鉤鼻のビルゼイ。初登場で「生涯最後の髭剃り」と書かれながら、その後は「死亡したのは一人だけ」「名前までは聞いていないが」とだけしか書かれることなく姿を消してしまいましたが、物語も終盤になって「鉤鼻のビルゼイ。おぼえていますか、大佐。あなたが殺した最初の部下ですよ」と、ようやくはっきりとその死と名に言及されます。
もうすぐ平和が訪れかけている終盤になって、「大佐、この麦は、こういう条件の悪い土地でも実を結ぶんですよ。なんでも黒鹿山脈の山奥で、植物の研究をしている人がつくりだした品種だそうです。(中略)偉い人もいるもんですな」と、奇人のようにしか見えなかった人物の業績にさらりと触れられているのも、ほろりとさせられました。
直接的にはほとんど出て来ないアマヨクの母イェシルも、ほんのわずかな台詞だけで強い印象を残します。P.281「この赤いひびのようなもの、あかぎれと呼ぶんですって(中略)おもしろいでしょ。痛いわよ。でも、嬉しいの」。苦労を楽しむことのできる人柄が感じ取れました。