『赤い輪』モーリス=ルブラン/榊原晃三訳(偕成社アルセーヌ=ルパン全集別巻5)★★★★☆

 『Le Cercle rouge』Maurice Leblanc,1922年。

 アメリカ映画のノヴェライズ。――と聞いて連想するほどひどい出来ではありませんでした。むしろ別巻のなかでは『ドロテ』『三つの眼』に匹敵する面白さでした。

 赤い輪が現れると罪を犯してしまう遺伝――というトンデモ設定に依存していないのが大きい。恋したひとは、自分が捕まえるべき犯罪者かもしれない……このメロドラマ。ルブランは本人の希望とは裏腹に通俗作家でしかなかった人なので、こういう開き直った作品の方が面白い。

 最初にジムという人殺しを登場させることで、銀行強盗犯にも殺意があるのではないかと読者に思わせるところも巧みです。黒いヴェールの女が殺人犯であれば悲劇性が増す――というより、不幸な結末しか考えられませんし、断然スリルが違いますから。

 結局は遺伝子の誘惑に抗って義賊となっていたわけですが、むろん義賊といっても法を犯していることに変わりはありません。だから探偵役や、盗まれた悪徳業者たちには、決して真実を知られてはならない……。はずなんですけどね。。。フロレンス=トラビスがあまりにも無防備で、まあそれも呪われた遺伝の命令には逆らえないということなんでしょうけれど。

 中盤からは誰も事態をコントロールできずに運命に転がされてゆきます。悪く言えばご都合主義、よく言えばサスペンスフル。泥棒が偽の「赤い輪」を手に描いて盗みを働く現場に偶然から本物の赤い輪の持ち主が居合わせた――ところまでは予想がつきますが、たまたま逃げる現場を見かけたから犯人がわかった――というずっこけ度。もとい急展開。そして唐突な「隠者」の登場。隠者は泥棒から探偵を助け、ヒロインは隠者を助け、そして隠者は別の事件の関係者だった、という世界の狭さ。でもこのことによって、魅力的な二人の悪党と、赤い輪の正体をめぐる攻防と、すべての事件とが、みんな一つにまとまってクライマックスに至るキーパーソンなのでした。こういうスマートな登場人物の出し方はルブランというよりもむしろ映画的な感じがします。

 手の甲に〈赤い輪〉が現れる者は犯罪者となる――/この呪われた宿命をもつ男ジムは、/自らと息子を殺して 家系を絶やした/しかし 若き法医学者マックス=レイマーは/車窓にかかった女性の白い手に〈赤い輪〉を見た/レイマーの追及に/善意の令嬢トラビスの苦悩は深まる/宿命のしるし〈赤い輪〉の謎は なにか?(カバー袖あらすじより)

  


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