『大崎梢リクエスト! 本屋さんのアンソロジー』有栖川有栖ほか(光文社文庫)
「本と謎の日々」有栖川有栖 ★★★☆☆
――店長は「読書なんかしないよ」と言いながら、本の知識もすごく広い。接客業のくせに明るい笑顔を作れない人だが、推理力は鋭い。「本が傷んでいた方がいい」というお客さんや、同じ本を二冊買って返品するときに「気をつけてくださいね」と言ったお客さんの謎も、たちどころに解いてしまった。
本屋にまつわる小ネタ集。最後の二つ(ポップ消失と怪しい客)は実際にありそうでもあります。
「国会図書館のボルト」坂木司 ★★★★☆
――俺は小走りで先を急ぐ。『脱兎のごとく』いきたいところだが、悲しいかな俺は小デブの運動音痴だ。商店街の古い本屋。俺は予約していたアイドル写真集を手に入れた。その本屋は写真集のビニールを剥がしているため、中身が見放題なのだ。毛のじいさんや巨乳の兄貴やパンチラのおっさんといった立ち読み仲間もできた。だが小さな店なのをいいことに万引きするやつが絶えない……。
個性的すぎるメンツが並ぶ町の本屋さん。「立ち読み」に目をつけた著者の目のつけどころが面白いです。そして個性的すぎるがゆえに、それが一種の目くらましになっているところも笑えました。図書館も古本屋もなしの「新刊書店」しばりの企画なのに、「国会図書館」?と首をひねるタイトルですが、実はそういう意味が込められていました――こんなきれいなオチいらないってば(^^;
「夫のお弁当箱に石をつめた奥さんの話」門井慶喜 ★☆☆☆☆
――月曜日。お昼ごはんを食べようとすると、松波さんが「あっ、おかずが二品しか入ってない」とまっさおな顔をした。その日の午後。松波さんはまったく使いものにならなかった。店内をふらふら歩きまって本を抜きだしては、「だめだ」「これもちがう」とわけのわからない独り言をつぶやいて本を閉じる。
文体に腹が立ちます。民話みたいなタイトルなのにそのことに意味があるわけでもないのがまたむかつきます。本を読まない人でも知っているような人口に膾炙しすぎている作品を使っては面白くありません。そもそも書店員が主人公でなくても成立する話でした。
「モブ君」乾ルカ ★★☆☆☆
――冴えないスーツにメガネ。そんな風体から、美奈はその男を内心『モブ君』と呼んでいた。美奈のバイト先は北海道内に八つの店舗を持つ北洋堂書店だ。モブ君は朝の出勤時間前に雑誌を立ち読みしてゆく常連だった。美奈には一つの習慣があった。何度失敗しても成功目指してあがき続ける男の生涯を追ったノンフィクションを、本棚に確認することである。
店員のあいだだけ(または自分のなかだけ)の名物客や、自分は大好きなのに人には伝わらない世間では評価されない本――そういう「わかる、わかる」に混じって、ちょっとつらい現実がピリリとスパイスになっていて、なのに最後にきれいごとでぶちこわしでした。
「ロバのサイン会」吉野万里子 ★★★★☆
――これが噂に聞いていた本屋か。ここでボクのサイン会が開かれるのだと、マネージャーの金井が社長に説明していた。金井はボクに大切なことを話さない。何を言ったって聞きとれやしないと決めつけている。まあ、仕方がない。ボクに話しかけるのは一緒に旅をしているADの山田ちゃんだけだ。山田ちゃんはよく本を読んでくれた。
何とタイトルの通り、実際に驢馬のサイン会が開かれ、語り手も驢馬なのです。驢馬だからこそままならないこともありますが、驢馬だからこそ耳にできるぶっちゃけトークもありました。人間の言葉がわかるとは言っても人間と会話できるわけではなく、視点人物の役割をになっているだけで、なるようになったのは人間たちが自分たちの力でおこなったこと、というのがよいです。
「彼女のいたカフェ」誉田哲也 ★★★★☆
――「……コーヒー。ブレンドを、一つ」大学生くらいのその女性客はいつも難しそうな本を読んでいた。頭脳明晰?で美人でお洒落な感じなのに、ふとしたところで気のゆるみを見せるところまで、彼女は私の憧れだった。でも彼女が来店してくれたのは、一年にも満たない期間だった。私はバイトから正社員になり、異動先で出版社の営業マンと知り合った。
シリーズ番外編。舞台はブックカフェ――ということで新刊本屋さんというお題をクリアしています。ずるいけどうまいセレクトです。偶然すぎる出会いも、人生に二度くらいならあってもいいでしょう。主人公が気になっているお客さんもいれば、主人公のことが気になる人もいた――という感じでゆるやかにリンクしています。
「ショップ to ショップ」大崎梢 ★★★☆☆
――待ち合わせのスタバに着くと、舟山の姿があった。「さっきまで後ろの席にいた二人づれの話が聞こえちゃったんだけどさ。鞄にいれる練習と、いれない練習。何だと思う?」場所が書店だとしたら――「まんびき」という言葉が頭に浮かんだ。
ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」みたいな導入が嬉しいです。といっても語り手たちは推理に推理を重ねてゆくのではなく、ほとんど直感的に真相にたどり着いてしまいますが。あるいはシリーズものの一篇なのか、登場人物の扱いに中途半端なところを感じました。
「7冊で海を越えられる」似鳥鶏 ★★☆☆☆
――僕のバイトしている本屋には、「行儀の悪い客」もいれば、「行儀のよすぎる客」もいる。棚を並べ直してくれるのでひそかに「整理屋」と呼ばれているその一人だ。アメリカに留学することを黙っていたために喧嘩してしまった彼女が、当店で7冊の本を注文し、整理屋氏に送りつけた。何かのメッセージだと思うのだが、わからない。注文を受けた本屋ならわかるのではないかと――。
なぜわざわざ本でメッセージを送るようなことをするのか――という理由が、もうひとつの意外性でいちおう必然性を持っていました(「犯人」は書店員だった)し、そう都合よくいくのかというメッセージの浮かび上がりかたも、露骨すぎる伏線によるキャラづけのおかげで納得のいくものになっています。が、この作者さんの「無駄さ」がどうにも苦手です。
「なつかしいひと」宮下奈都 ★★★☆☆
――ずいぶん遠くの町へ引っ越すことになった。母さんの四十九日を済ませると、僕たちは母さんの郷里へ身を寄せた。学校帰りによく外を歩いた。「前」はよく本屋に行ったものだった。ふと顔を上げると、棚の向こうに女の子がいた。「それ、おもしろいよ」彼女はにっこり笑ってそう言った。
エリン「特別料理」は、見え見えの話を、見え見えの内容を最後まで言葉にはせずに、見え見えなのに最後まで読ませる作品でした。この話もそうしたタイプの作品でした。
「空の上、空の下」飛鳥井千砂 ★★☆☆☆
――ゴミ箱に捨てられていたのは、私の職場、右文堂書店で買われた本だった。空港ターミナル店にやって来るお客さんは、「暇つぶし」の人たちばかりだった。「これ、面白いですか?」そんな漠然とした質問をされ、思わず素っ気ない態度を取ってしまった。青くなったのは会計が終わってからだ。売上伝票は二枚とも『上』だった。
押しつけがましい上から目線の「読書は楽しい」布教がうざくて、嫌な店員です。最後にはお客さんと仲直りして二人して自分語りが始まってしまいました。
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