『死神の精度』伊坂幸太郎(文春文庫)★★★★★

「死神の精度 Accuracy of Death」★★★☆☆
 ――今回の私の姿は魅力的な外見になっているはずだ。二十二歳という年齢より老いて見える彼女を、私はレストランに誘った。「私、苦情処理の部署なんです。わざわざわたしを指名して文句を言ってくる変なお客さんもいて。ひどすぎです。死にたいくらいですよ」私は声を上げそうになる。君の願いは叶う。

 本物の死神・千葉が、寿命より前に事故や自殺で死を迎える予定となった人間を調査し、予定どおり死を「可」にすべきか「見送り」にすべきかを報告する――というシリーズの第一作。第一作らしく、死神は音楽好き、というシリーズに共通する設定が活かされていました。
 

「死神と藤田 Death and Fujita」★★★★★
 ――今回担当するのは藤田というやくざだった。藤田に会うために、私は栗木の居場所を教えると伝えた。栗木というのは別の組織に属するやくざだった。藤田の兄貴分が栗木に殺された。「栗木を殺す」藤田はそう言った。私の知っているやくざとは印象が違う。弟分の阿久津は、「藤田さんは本当の任侠の人なんだよ」と心酔していた。

 第一話も設定を活かした話でしたが、ちょっといい話という感じでまだ傾向がつかめなかったのですが、この二話目もシリーズならではの特殊な設定をうまく活かして、鮮烈な印象を残すラストが待ち受けていました。瞬間的に『明日に向って撃て!』の銃声だけのラストシーンを連想しました。深い余韻が残ります。
 

「吹雪に死神 Death in Storm」★★★★★
 ――今回の指示はいつも以上に不親切だった。「まっすぐ行けば洋館がある。吹雪を理由に泊めてもらえ。田村聡江以外にも何人か『可』の報告が出ている」。そして今、厨房の入り口付近には、田村幹夫が倒れていた。死体だ。ここにいるのは招待の当選葉書でやってきた田村夫妻、権藤親子、真由子、それに童顔の料理人、私だ。「毒殺のようだ」と権藤が言った。「吹雪で閉じ込められて、推理小説みたいですよね」真由子が言った。

 死神という設定を活かしつつ、きっちり謎解きミステリになっていました。死神自身も対象者がどうやって死ぬかはわからない、ましてや他人を殺した犯人などわからない。これだけでも普通の謎解き小説になるのですが、ここにいろいろと趣向が散りばめられていっそう面白くなっていました。死神という設定。名作ミステリへのオマージュ。そこに加えられたひねり。回を重ねるごとに面白くなってゆくのが凄いところです。
 

「恋愛で死神 Love with Death」★★★★★
 ――八日目、私は荻原が血を流して無事に死ぬのを見届ける。この部屋は荻原の「かたおもい」の相手である古川朝美の部屋だった。「どうして」荻原が口にした。「どうして、あの男はこのマンションを突き止められたんでしょう?」。私は、荻原の表情に清々しさがただよっていることを不思議に感じる。一日目、荻原が古川朝美を目で追っているのを目撃した……。

 前話と同じく、死神は対象者がどうやって死ぬのか、殺人の場合は誰に殺されたのかはわからない、という話です。ただし謎解きよりも恋愛に比重が置かれています。最後に明らかになる対象者の事情は感傷的ではありますが、第一話にあるのが死神の感傷(?)だったのに対し、こちらは人間の感傷ですから重みが違います。
 

「旅路を死神 Death on Road」★★★★☆
 ――私の車に乗り込んで来たのは、逃亡中の殺人犯・森岡だった。「十和田湖へやってくれ」「喧嘩か?」「家に帰ったら、お袋が電話してたんだよ。かっときた俺は、お袋に切りつけていた。気づいたら、渋谷でむかついたやつのことも刺していたんだ」「母親は無事なのか?」「うっせえな」「電話したくらいで刺すほど電話が嫌いなのか?」夜になり、ホテルに泊まった森岡は、「深津さん、助けて」とうわごとを言っていた。

 ここに来て死神による死とは直接的には絡まない出来事が描かれていました。もちろん森岡が対象者であることには違いないのですが、話のポイントが「可」か「見送り」かではなく、森岡の過去にありました。リドル・ストーリーのような終わり方ではありますが、一択しかないと考えていいのでしょう。構成上しかたがないとはいえ、死神が完全に名探偵みたいになってますね、この話は。
 

「死神対老女 Death vs Old woman」★★★★★
 ――「人間じゃないでしょ」老女に言われて私は感心の声を上げた。これまでにも気づく者は幾人かいた。鏡の前で私の髪を切っている老女は、七十歳を過ぎているにもかかわらず若い女性のようだった。「あんた、わたしが死ぬのを見に来たんでしょ」「ほう」「どういうわけかまわりの知り合いを亡くすことが多くてね」髪を切り終わってからも、私はソファに座りつづけていた。「街に行くんなら、客を連れてきてくれない?」

 まさか一つにまとまるとは思っていなかったので、驚くとともに感動を味わいました。ある種の叙述トリックのような仕掛けがほどこされていたんですね。千葉が人間じゃないというのは大前提のはずなのに、こうして並べられるとすっかり気づけませんでした。読み返してみれば恐らく、あの話には例えばあれがない――というふうに巧妙な言い落としが施されているのでしょうね。老女が客を連れてきてほしがる理由というのはいかにもミステリ的ですが、作中人物が言う通り「恰好いい」この老女のつらい人生を容易に想像できるだけに、すっきり納得できるものでした。

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