『五匹の子豚』アガサ・クリスティー/桑原千恵子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『Five Little Pigs』Agatha Christie,1942年。
翻訳ミステリー大賞シンジケートに連載されていた『アガサ・クリスティー完全攻略』(のちに単行本化・文庫化)で、霜月蒼氏が高い評価をしていたうちの一冊だったため、地味めなタイトルでこれまで気を惹かれなかった不明を恥じて購入。旧訳版。
タイトルが地味と言いましたが、元はマザーグースなので、英語圏の読者から見れば目を惹くタイトルなのでしょう。
ポイントはいくつかあります。まず何よりも、わたしの大好きな「回想の殺人」の手法が採られた最初期の作品でした。ただし謎自体はそれほど魅力的とは言い難く、誰もが被告を犯人と信じており被告自身もまた反駁しようとはしなかった事件から十六年後、幼かった娘に遺されていた手紙には無実の訴えが綴られていた――といったものです。後年の「彼が彼女を殺したのか、それとも彼女が彼を殺したのでしょうか」といったようないかにもクリスティ的な噂話的な興味ではなく、よくあるミステリらしい謎と言えるでしょう。
回想の殺人である以上はかつての関係者の話を順番に聞いていくよりほかないわけで、(1)裁判・捜査関係者→(2)利害関係者からの聞き取りで構成されています。いわば「退屈な関係者からの聞き取り」というミステリの黄金パターンを、気が咎めることなく繰り返すことができるという利点があります。
その一方で、正直に言うと(1)の部分は実際退屈でした。
娘には無実を唱える手紙を遺しながら、裁判では反駁もしなかった――。こうして一言でまとめてしまうと、被告の意図は明白です。
この作品の素晴らしいところは、それを単なる「愛情」のような言葉でくくって終わらせなかったところです。結局は勘違いだったとはいえ「贖罪」の意識から、別の人間による「復讐」をも無効化させてしまうところは、単なる悲劇を越えて優れている点でした。
母は無実だったのです――娘の頼みにポアロの心は動いた。事件が起きたのは16年前。若い恋人に走った高名な画家を妻が毒殺、裁判の末に獄中死したのだ。殺人犯を母に持った娘の依頼で再調査に乗り出したポアロは、過去へと時間を遡り、当時の状況を再現してゆく。関係者の錯綜した証言から紡ぎ出された真相とは。(カバーあらすじより)
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