『ミステリマガジン』2018年7月号No.729【おしりたんてい&バーフバリ ププッと奇跡のミステリ体験!/小特集 原リョウ】

 何の関連性もない児童書と映画の特集に原リョウの小特集という合わせ技。テーマ特集ではなく編集者の好きなものを前面に押し出した感じでしょうか。おしりたんてい特集の翻訳作品は、なぜかフランス・ミステリ特集でした。

「ひと組の男女」マルセル・エイメ/手塚みき訳Le couple,Marcel Aymé,1962)★★★☆☆
 ――互いに強く惹かれ合っていたヴァレリーとアントワーヌは、熱い抱擁のあまり体が溶け出してついには融合してしまった。ヴァレリーの父親に、娘をどこにやったと問いつめられ、一つになったヴァレリーとアントワーヌはヴァレリーをどうにかしたと疑われて留置場に入れられてしまった。

 体が一つになってしまったという奇想にもかかわらず、男女間の感情に限れば成田離婚みたいな話でしかないというギャップが、独特のユーモアを醸し出していました。
 

「緑の部屋の謎」ピエール・ヴェリ/竹若理衣訳(Le mystère de la chambre verte,Pierre Véry,1936)★★★☆☆
 ――ルーヴル夫人の家に押し入った泥棒は、寝室にあった宝石には目もくれなかった。密室状態だったルルーの『黄色い部屋の謎』とは違い、緑色の壁紙をした寝室には出入りが可能だったのにもかかわらずだ。マルタン刑事と私立探偵フェルミエは捜査を開始した。

 ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』へのオマージュ作品で、『黄色い部屋』のあべこべづくしでした。刑事は探偵小説なんて読まないというお約束まであべこべでした。
 

「爺さんと孫夫婦」トーマ・ナルスジャック/川口明日美訳(Accroche-toi, Pépé : à la manière d'Exbrayat,Thomas Narcejac,?)★★★☆☆
 ――妻のサンドリーヌが涙を流していた。「もうおじいちゃんの面倒見きれないわ」。解決法はひとつしかない。アンジュにとっては実の祖父だ。それでもアンジュもようやく心を決めた。キノコ……それがサンドリーヌの考えた方法だった。爺さんひとりに食べさせたら疑いが残る。だから三人全員でキノコを食べるというのだ。

 1959年刊行の『贋作展覧会(Usurpation d'identité)』の一篇。『パコを憶えているか』やイモジェーヌ・シリーズなどの邦訳があるシャルル・エクスブライヤのパスティーシュ。原作は未読。ネタ元も贋作側もフレンチ・ミステリなので、皮肉なところが元ネタの味なのかナルスジャックの味なのかわかりません。
 

「その一言を」櫛木理宇 ★★★☆☆
 ――その女はストーカー相手の妻を鉈で斬りつけ逮捕された。女は麻生直美――ストーカー相手の姓を名乗った。/直美には小さな頃から盗癖があった。佐江が直美のクラスに転校してきたのは中学二年のときだ。同じく盗癖のあった佐江は、直美にとって死んだ双子の代わり、失われた自分の半身だった。

 コンプレックスを持った二人の女の人生がリンクし、傍目には不幸ながらも二人にとっては幸せだったことが描かれます。この趣向のおかげで、ありきたりで薄っぺらな犯人の人生もどうにか意味を持ち得ているでしょうか。それでもやはり、軽く叙述トリックが用いられていることもあり、圧倒的に妻が主人公であり、犯人は添え物であるのは否めません。
 

「迷宮解体新書(106)麻耶雄嵩」村上貴史
 新刊『友達以上探偵未満』の話や、「名探偵から何を除くかというのをずっと考えて」いるという話のほか、「探偵とワトスンの関係で面白いアイデアが浮かべば、新しく(名探偵を)創っていきたいです」「思いつかなければ、今までに生んだ探偵たちを使っていきます」とも話していて、そうなるとメルの新作も期待はできるのでしょうか。実際、貴族探偵の新連載『貴族探偵対怪盗マダム』や、木更津ものの新刊『弦楽器、打楽器とチェレスタのための殺人』が連載/刊行予定です。
 

「おやじの細腕新訳まくり」田口俊

「潮の変わり目」セシル・スコット・フォレスター田口俊樹訳(The Turning of the Ride,Cecil Scott Forester,1936)★★★☆☆
 ――殺人犯にとってなにより厄介なのが死体の始末だ。スレイドはその問題について熟慮を重ねていた。若いスポールディングを始末して自殺に見せかけるという考えを捨てたのは、そうした熟慮の末のことだ。死体の始末については完璧な計画ができあがっていた。スレイドは夜道を歩いていたスポールディングを車に乗せ、首を絞めた。大潮の干潮時に死体を海に放り込めば、もう決して見つからない。

 死体の処理の仕方と著者の作風に、無理矢理にでも海と関連づけたくなってしまいます。最後にスレイドを襲う悲劇は笑いごとではないのですが、ミステリのパロディみたいな趣もありました。
 

「書評など」
倉知淳『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』、麻耶雄嵩『友達以上探偵未満』、原リョウ『それまでの明日』、『フィリップ・マーロウの教える生き方』、霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕』など。

アンジェラ・カーター『新しきイヴの受難』は、「英国マジックリアリズムを代表する作家」の「中期代表作」。

ロス・マクドナルド『動く標的』は新訳。「007ばりにやんちゃに見えた」アーチャーが「静謐さを帯びているように感じられた」り、「気は優しくて力持ち」だったアーチャーが「皮肉屋になって」いたり
 

「沢崎シリーズ、その装画と装幀」原リョウ

「原リョウ 復活大作戦」千田宏之
 初期のハードボイルドだど、な装幀からイラストに変更されたのには、14年ぶりの新作ということで、「『伝説の作家』という惹句も往時を知らない者にとっては何の意味もない」ゆえに「新たな読者開拓のためにはまず既刊作品を読んでもらう」という理由があったようです。
 

「原リョウ講演会 沢崎と私の30年」
 原リョウ(どころか本自体読まないような)若者との「読書会」に関する発言が興味深い。
 

「ミステリ・ヴォイスUK(107)翻案はさいなむ」松下祥子
 イギリスでテレビドラマ化された『無実はさいなむ』など。
 

「エリアD」清水杜氏
 ――男が選んだ近道は危険きわまりない世界への入り口だった。(惹句より)

  


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