『線の波紋』長岡弘樹(小学館文庫)★★☆☆☆

『線の波紋』長岡弘樹小学館文庫)

 誘拐事件と殺人事件を巡る四篇を収めた連作長篇です。
 

「談合」★★☆☆☆
 ――県庁に勤める白石千賀は再婚して以来たびたび疑問を抱いてしまう。三つ年下の哲也はこんなくたびれた中年女に本当に愛情を抱いているのだろうか。娘の真由のことを「ぼくの子だと思っている」という言葉も鵜呑みにしていいのだろうか。真由が誘拐された一か月前、哲也も脳出血で倒れて今も入院している。病院には哲也の同級生の小塚が見舞いに来ていた。三日後の入札で業者の一つになっている土木会社の人間と会うのは好ましいことではない。『こちらは刑事生活安全課です。さきほど真由ちゃんが冷たくなって発見されました』。真由が誘拐されてから、その電話は二日に一回はかかってくる。

 いくつかの要素を「談合」と「衝撃緩和」でまとめていますが、無理矢理にまとめた感は否めません【※ネタバレ*1】。衝撃緩和に関しては、そういうことをしそうな変わった奴だという伏線があるにはありますが、変人だから――では理由にもなりません。そもそもその効果どうこう以前に、倫理観に欠陥があるとしか思えない行動です。目撃情報にあった犯人と思われる男が千賀の命を助け、誘拐事件から二か月後に殺人事件の被害者となっていた、という謎を残して物語は続きます。
 

「追悼」★☆☆☆☆
 ――久保和弘は内心で独り言ちた。(横領の手口はたいていの場合あきれるほど単純である)。伝票を改竄するたびそれが本当だと実感する。経理課の鈴木航介なら小学生のころからよく知っている。あの性格なら見て見ぬふりをするに決まっているし、警察官になる夢も叶いそうもない。その航介から声をかけられた。「なあカズちゃん、この間、調べてみたんだ。売掛金の回収記録」「説明させてくれ」久保は上司から強要されてのことだと言おうとした。その翌日、航介は他殺死体で発見された。会社のロッカーにあった遺品を返しにいった実家で、航介の携帯に支店長名の『うたった あなたを わすれない』というメールを見つけた。

 第一話で誘拐犯らしき人物として描かれていた鈴木航介のことが明らかになります。第一話の電話と同じく、不正告発を思わせるメールを送った理由【※ネタバレ*2】が不自然すぎて、無理矢理に一つの話にしようとした感が強いです。
 

「波紋」★★☆☆☆
 ――渡亜矢子は誘拐事件のアドバイスをもらいに、高齢者向けグループホーム『きさらぎ園』園長である元刑事・笹部を訪れた。誘拐の目撃者の老婆・ツタも今はそこに入園している。同僚の富永にからかわれたように、亜矢子は『きさらぎ園』でアルバイトをする球体関節人形師・粕谷正俊に恋をしていた。正俊の母親・和子も同じ園で働いており、今日はツタを担当していた。和子から熊の人形を借りて、亜矢子は誘拐被害者の真由の許を訪れた。それまで心を閉ざしていた真由だったが、動物好きだという亜矢子の読みは当たった。「真由ちゃんを連れてったのはどんな人だった?」「おばさん」

 なんと「談合」「波紋」の二話は、事件の担当刑事が師の教え通りに関係者の心情を重んじて書いた記録だったということがわかります。小説ではなく作中人物の記録だから、不自然なところがあっても許してね、ということでしょうか。ちょっとひどすぎます。警察官を目指していたという鈴木航介のキャラが事件の経過に関わっていましたが、【ネタバレ*3】という相変わらず説得力の欠片もない事情でした。亜矢子はいくら何でも恋に盲目すぎるんじゃないかと思いますが、暴力団と付き合って警察を辞めた女性警官も現実にいましたし、こういうこともないとは言えないのでしょう。
 

「再現」☆☆☆☆☆
 ――和子は引き籠もりの正俊の部屋に食事を運んだ。正俊は猫用のフラップから手だけを出して食事を中に入れた。正俊の部屋には人形が並んでいる。留守中に部屋に入った和子は目を疑った。等身大の人形に混じって、本物の幼児がソファに座っていた。

 第三話「波紋」で判明した犯人二人の救いようのない屑っぷりが明らかにされます。ただただ気持ち悪いだけの内容でしたが、これを書いたのが犯人に計画的に利用された刑事であることからすると、ふっきるためのけじめみたいなものでしょうか。
 

「エピローグ」★★☆☆☆
 ――亜矢子は久保和弘がアルバイトをしているバーを訪れた。亜矢子は久保の頬に手を触れた。「一つのシチュエーションを想像してみて。わたしは二歳の幼児で、誰かに目隠しをされ、とても怖がっているところ……」

 死んだ鈴木航介が微笑んでいた理由が明らかにされます。【ネタバレ*4】というのは、本書のなかではもっとも納得のいく理由でした。

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*1 最悪の場合の衝撃を和らげるため夫が妻に噓の死亡電話をかけていた。談合だと思われた小塚の電話も気弱な同僚のための噓だった。千賀への電話も夫と小塚の「談合」だった。

*2 死んだ兄に恋人がいたと母親に思わせるため

*3 手柄を立てるために独自に捜査し、事件を風化させないために同じ恰好をしていた

*4 自分が死にかけるなか、不安に怯える幼い少女を安心させようとした

*5 

*6 


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