『群青のタンデム』長岡弘樹(ハルキ文庫)★★★☆☆

『群青のタンデム』長岡弘樹(ハルキ文庫)★★★☆☆

 警察学校同期でライバルだった戸柏耕史と陶山史香の二人の、つかず離れず共に歩んだ警察官人生を描いた連作長篇。初出は『月刊ランティエ』2010年4月号〜2012年5月号。
 

「第一話 声色」★★★☆☆
 ――パナマ帽の老人が交番にいる耕史に言った。「商店街を通ったとき、建物と建物の間の隙間で見かけた」。教師だった祖父・源太郎は認知症の症状が現れてからも近所を見回り異変を交番へ知らせていた。建物の隙間には中学生くらいの少女が隠れていた。バッグには薫と書かれている。「こんなところで何をしている」「あの店を見張ってる」自転車泥棒を見つけるため張り込みをしているのだという。

 月間賞目指して点数を競い合う耕史と史香の関係や、継父に虐待されている薫から自転車を盗んだ意外な犯人はいいのですが、タイトルにもなっている声色についてはあまり必然性がないうえに無意味でわかりづらいと感じました。
 

「第二話 符丁」★★★★☆
 ――史香は非番の日にはデパート六階のトイレから双眼鏡で外を覗いていた。『門前町よりお越しの赤井さま――』。おかげですっかり不審人物扱いされてしまった。赤井とは赤い服を着ている史香のことだ。トイレを出ると私服警備員と目が合った。薫の継父が殺されたとき、現場に居合わせた史香は、継父が死に際に指さした男の姿を見ていた。犯人は現場に戻るのでは――。以来デパートから現場を見張っている。

 自分が見る側か見られる側か、立場によって変わる逆転の構図が鮮やかです。耕史と史香は表向きも水面下でも一勝一敗、いいライバル関係です。
 

「第三話 伏線」★★☆☆☆
 ――デイサービスに通うようになった祖父の源太郎だが、問題行動ばかり起こすせいで退所寸前だった。刑事見習になった耕史は、金庫破りの被害に遭った通所者からも責められ、泣きっ面に蜂だ。源太郎がいなくなったものの、姉の勤務する駅前交番に保護されていたことがわかった。駅前交番にいた史香と話すうち、犯人をあぶり出すアイデアが……。

 この第三話を読んだだけでは犯行方法と犯人を追い詰めた事情がわかりづらく、「第六話 予兆」の最後で布施刑事に説明されて、ようやく【ネタバレ*1】ということがわかります。耕史と史香の二人とも刑事になりました。
 

「第四話 同房」★★☆☆☆
 ――警察学校の教官は耕史が自ら志願した仕事だった。飯野と薫は今日もランニングを周回遅れで走っている。太っている飯野はともかく、薫は成績は悪いが足は遅くなかったはずだ。そんな折り射撃場から弾丸が紛失するという事件が起こり、耕史は窮地に立たされる。そこに史香から電話がかかってきた。国際人事交流要員に抜擢され、今はマニラの警察学校で教えている。史香も薫のことを心配していた。

 仲間のふりをして秘密を聞き出す「同房スパイ」に基づいて、二つの仮説が提示されていました。薫の成長物語としてはよいとしても、「同房スパイ」がうまく活かされているとは思えません。教官から直接励まされるのならともかく、褒めていたという言葉を間接的に聞くにしては迂遠すぎる手段でしょう。
 

「第五話 投薬」★★★☆☆
 ――帰国した史香は市役所に派遣され市民部防犯対策課課長となった。課長補佐の美島忠和は交番を辞めた美島雅和の兄であり、何かにつけて突っかかってくるので付き合いにくい。高血圧の薬を服用しており、自作の薬ポケットを用いたうえに服薬時間をメモするほど几帳面だった。史香が講演するシンポジウムへの送迎も、制限速度を一キロもオーバーしない徹底ぶりだ。捜査本部二課に移っている耕史は市長の汚職を捜査中であり、市役所内には共犯者もいるという。

 本書のなかでは場違いなほどトリッキーな作品です。制限速度を厳守するほどの慎重な人間が自殺するのに車を選ぶかというギリギリの不審点をきっかけに、常識によって見えなかった時限爆弾が爆発したという真相が明らかになります。
 

「第六話 予兆」★★☆☆☆
 ――中国人爆窃団を手引きした男・斉木を捕まえるため、耕史と布施は張り込みを続けているが、斉木はいまだ自分の店に現れない。隣の花屋には知的障害の息子がいて、毎日商店街を箒掃きしている。その日は犬が遠吠えしていた。耕史はつい眠り込んでしまった隙に、斉木が戻っていたことに気づき、慌てて捕まえようとするが、花屋の息子が「ここ駄目。危ない」と言ってしがみついてきた。

 窃盗犯グループに誤誘導しておいて、実は【ネタバレ*2】を心配していたという真相はあまりうまくいってません。知的障害を都合よく使っていると感じますし、【ネタバレ*3】というオカルトが材料の一つでは説得力もありません。耕史と史香二人の関係はどういうものなのか、これまで読者にもはっきりとはわかりませんでしたが、布施によって史香への耕史の愛情が指摘され、ようやくすっきりした感がありました。ところがこれが最終話で違う意味を持ってくるのは衝撃でした。
 

「第七話 残心(前篇)」「第八話 残心(後篇)」★☆☆☆☆
 ――副署長になった耕史はうんざりしていた。マスコミ対応や書類仕事ではモチベーションを保てない。週刊誌記者になった美島からも、会社員が鋭利な刃物で喉を刺された事件についてしつこくつきまとわれていた。「賭けをしませんか」。剣道で耕史が負けたら、事件の凶器を教えてほしい。翌朝、耕史は署長室の史香を訪れた。凶器を洩らしてしまったことはさすがに言えないが、美島との剣道勝負のことは話した。「間抜けな話ね。残心を忘れてる相手に負けを認めたなんて」。そこに異動者面談のため薫がやって来た。席を外そうとする耕史に向かって、薫は耕史も同席して欲しいと伝えた。

 意外な犯人というより突拍子もない犯人という印象でした。残心を殺意の有無の傍証にするのは無理があるでしょう。飽くまでかばうための弁明だとしても。それでもまだ会社員殺しはわからなくもありません。問題は後篇の最後で明らかにされるもう一つの事件の方です。無理に一つの長篇に仕上げた不自然さしか感じません。出世理論に至っては荒唐無稽すぎて呆然としました。薫がボランティアをしていた保育所の保護者が虐待していたという唐突なエピソードも、二つの事件を虐待で繋げようというせめてもの工夫なのでしょうが、付け焼刃でしかありませんでした。おかげで読後感はひどいものでしたが、個々の話はよい話も多いので、そこまで悪い作品集ではないのも事実です。

 警察学校での成績が同点一位だった、戸柏耕史と陶山史香。彼らは交番勤務に配されてからも、手柄争いを続けていた。そんなある日、一人の年老いた男が交番に訪ねてきた。商店街の建物の間の細い隙間に、一人の少女がずっと動かないでいるという。耕史は様子を見に行くことにするが……(「声色」より)。ベストセラー「教場」シリーズ、『傍聞き』などで今最も注目を集めるミステリ作家・長岡弘樹の警察小説、待望の文庫化。――驚愕のラストを知った時、物語の表と裏がひとつになる……。(カバーあらすじ)

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*1 パソコンに盗聴器を仕掛けていた

*2 地震

*3 地震雲

*4 

*5 

*6 


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