『ミステリマガジン』2021年9月号No.748【躍進する華文ミステリ/ハヤカワ文庫JA総解説ミステリ篇PART1】

『ミステリマガジン』2021年9月号No.748【躍進する華文ミステリ/ハヤカワ文庫JA総解説ミステリ篇PART1】

「推理クイズじゃない「小説」としてのミステリを書きたい――紫金陳《ズー・ジンチェン》氏Q&A」行舟文化・企画構成/阿井幸作訳
 『悪童たち』がハヤカワ・ミステリ文庫から刊行、ドラマ『バッド・キッズ 隠秘之罪』がWOWOWで放映。あらすじや菊池篤氏によるレビューを読むかぎりでは、話題性だけでなく内容も面白そうです。

「『悪童たち』レビュー――あまりに残酷な、少年たちのひと夏のモラトリアム」菊池篤
 

「猫の犠牲」柳荐棉《リゥ・ジエンミエン》/阿井幸作訳(猫的牺牲,柳荐棉,2018)★★★★☆
 ――刑事の喬飛航は最大のピンチに直面していた。「酷い別れ方をした元恋人と捜査中に出くわす」という状況の対処法を、警察学校では教えてくれなかった。事件のあった団地に聞き込みに行くと、ドアを開けたのは梁雪だった。あのときの記憶が甦った。「こんな軟弱な奴に警察官なんか務まらない!」。ゴミ出し以外では数ヵ月外に出ていないため何も見ていないと、梁雪は言った。「そうですか、ありがとうございます」「コーヒーでも飲んでいかれたら? その事件って連続猫殺しと関係あるんでしょ?」「外に出ていないのにどうして知っているんだ?」「出前を取っているから。配達員って情報通なの。じゃあ説明して。真相がわかるかもしれない」猫がバラバラにされてビニール袋に入れて捨てられる事件が三件続き、今回ついに人が殺された。手口は同じだ。奇妙なことに一匹の猫の右前足だけが見つかっていない。

 華斯比という評論家(?)が主催する第一回華斯比推理小説賞受賞作。1997年生。陸秋槎『文学少女対数学少女』に刺激を受けたと書かれてある通り、Sっ気のある女性が探偵役を務めます。鶏丁「涙を載せた弾丸」も似たような探偵役でしたし、日本のアニメか何かの影響なのでしょうか。ホームズとワトソン以来の関係と言われればそれまでですが。謎解き自体は事件の時系列や容疑者のアリバイを議論する古くさいとも言えるものなのですが、喬飛航が愛想を尽かされた理由や梁雪が引き籠もっている理由など、事件以外の謎もあるため退屈な感じはしません。猫の前脚や、犯人の伏線など、執筆当時はまだ新人に近いと思うのですが手練れた印象を受けます。「ビニール袋から死体のような肉塊はみ出していて、よく見ると人間の手足だと分かり、」という文章は前後関係の理屈がおかしいように思います。
 

「涙を載せた弾丸」鶏丁《ジー・ディン》(孫沁文《スン・チンウェン》)/阿井幸作訳(载着眼泪的子弹,鸡丁(孙沁文),2011)★★★★☆
 ――手記1 地下室の扉が開いた。私と阿成が足を踏み入れると、懐中電灯の光が白骨を照らした。どうしてこんな所に? 小さな穴が頭部を貫通していた。後ろの壁面には銃弾がめり込んでいる。これは射殺事件だ。……警察署に森空幼という十九歳の女性が訪ねて来た。「先日脳溢血で亡くなった父の日記です」。鍵のかかった地下室で白骨を発見し、壁には銃弾がめり込んでいたが、現場からは凶器となった銃は見つからなかったという内容だ。俺は彼女の父親・森鬱がリフォームをおこなっていた、ホテル経営者の汪泰を訪ねたが、汪泰は捜査を拒んだ。……手記2 私たちが白骨を見つけたことを雇い主の汪泰に言うと、口止め料。仕事に出掛けた母が青ざめた表情で帰ってきたことがあった。母は話そうとしなかったが、祖父がしつこく聞いてようやく喋ったようだ。「おじいちゃんはお母さんをいじめた奴に責任を取らせに行く」それが祖父との最後の会話だった。……森鬱の新たな日記は見つからなかったという。森鬱と一緒に仕事をしていたというアルバイトは行方不明のままだ。

 密室ものばかり書いている「中国のディクスン・カー」とのこと。復讐者の殺害方法は確かにバカミスですし、病死に見せかけるのに犯人が現場にいてはリスクが大きいわりに、そのくせ特殊な凶器なのですぐに足がついてしまいました。密室の白骨の謎は奇跡的な偶然の効果によるもので、こうした偶然による謎の発生のセンスはカーというよりも島田荘司を連想させます。ただのミスリードかと思わせておいて、歪んだ愛情によるもう一つの悲劇を用意しているところに手抜かりはありません。大学生の夏時が探偵を務めるシリーズだそうですが、刑事の王による捜査が大部分を占め、夏時はあまり登場しません。
 

「次に来る!「ミステリネイティブ」世代の華文推理作家」菊池篤・荒岸来穂
 八〇年代後半以降生まれの作家から、本号掲載の鶏丁と、もうひとり時晨が紹介されています。鶏丁による赫子飛シリーズの2016年以降の作品「ローレンツの審判」「空から物を落とすな」は倒叙もの。読みたい。ほかに本号掲載の夏時シリーズと、安縝シリーズがあるそうです。

 「中国のカー」鶏丁に対し、時晨は「中国のクイーン」。その称号に相応しい肖晨シリーズのほか、「刑事でも法医学者でもない死体のプロ」を主人公にした納棺師探偵・閻小夜シリーズと、「新本格オマージュの色合いが強い」不可能犯罪ものの陳爝シリーズがあるそうです。時晨の作品は今のところ邦訳なし(?)でしょうか。
 

「華文ミステリ新刊ガイド」
 邦訳書の新刊案内。陸秋槎『文学少女対数学少女』、島田荘司選・稲村文吾訳『日華ミステリーアンソロジー』、紀蔚然『台北プライベートアイ』。
 

「華流ミステリ・ドラマレビュー」
 紫金陳原作の『バッド・キッズ 隠秘之罪』と『ロング・ナイト 沈黙的真相』。どちらもWOWOWで放映予定。『紳士探偵L 〜魔都・上海の事件簿〜』は、「ミステリ的な精度よりキャラの軽妙な掛け合いと派手なアクションで魅せる作品」とのこと。
 

「ハヤカワ文庫JA総解説 ミステリ篇 PART1」霜月蒼・他
 刊行点数があまりにも少なくてびっくりします。1995年スタートの沢崎シリーズが紹介されたあとは、ミステリも漫画もやたらと時代がかった作品が続き、そうこうしているうちに2010年の機龍警察シリーズがあり、PART2に続きます。
 

コナン・ドイル再考――ホームズ物語から見る“国民的作家”の軌跡」日暮雅通
 ホームズではなくドイルにスポットを当てた講演。作家の伝記的事実には興味がない方なので、初めて知ったエピソードも結構ありました。
 

「これからミステリ好きになる予定のみんなに読破してほしい100選(3)日常の謎」斜線堂有紀
 

「おやじの細腕新訳まくり(23)」田口俊

「この上なく誠実なお追従」ドナルド・E・ウェストレイク/田口俊樹訳(The Sincerest of Flattery,Donald E. Westlake,1966)>★★★★☆
 ――四十二歳で肥りぎみのアルバート・フィールディイングは岩窟居住者である。高層住宅に住む人々のことだ。夫妻は八年住んでいた。何事もなければ寿命が訪れるまで住みつづけることになっていただろう。宝くじが当たったりせず、泣きじゃくる離婚した女と出会ったりしなければ。宝くじは床屋ですすめられて買った。買ったことすら忘れていた。そのあいだにエレヴェーターでむせび泣く女性と一緒になったのである。思わず声をかけ、部屋まで送っていった。そのことも忘れていた。そのあいだに宝くじが当たるのである。そのとき初めて宝くじのことを知った妻は、当選金を持って逃げるつもりだったのだろうと夫を責めた。

 タイトルの「この上なく誠実なお追従」とは「模倣」のことだと本文に書かれてあります。いったい何を模倣するのかというと、旧邦題「窓」、つまり『裏窓』なわけです。突如として襲った中年夫婦のクライシスというあるあるを、宝くじ当選という角度から転がしてゆくのが面白いところです。
 

「書評など」
◆華文ミステリ特集でも紹介されていた紀蔚然『台北プライベートアイ』。タイトルからわかる通り、台湾のハードボイルド。

ナチス親衛隊特別捜査官という偽の身分証で逃げようとするも殺人事件に巻き込まれたユダヤ人の古書店主が、特別捜査官ではないとばれないように謎を解かねばならない、という設定が面白そうな、アレックス・ベール『狼たちの城』

道尾秀介『雷神』は、「数々のダブルミーニングは、アガサ・クリスティーの『五匹の子豚』を想起させるほど」と絶賛。

芦沢央『神の悪手』は将棋を題材にした作品で、「芦沢央は山田風太郎泡坂妻夫連城三紀彦に連なる書き手なのだという思いを著者は強くした」と、こちらも大絶賛。恩田陸『薔薇のなかの蛇』は理瀬シリーズ最新作。米澤穂信『黒牢城』は、荒木村重黒田官兵衛による歴史ミステリ。

◆コミックからは泰三子『ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜』。ミステリという意識はなかったけれど、確かに警官が主人公でした。
 

「迷宮解体新書(123)皆川博子」村上貴史
 ミステリマガジンに連載していた『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』
 

「ミステリ・ヴォイスUK(126)藍色のひまわり」松下祥子

「Dr.向井のアメリカ解剖室(114)名セリフの謎」向井万起男

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