『ヤンのいた島』沢村凜(角川文庫)★★★☆☆

『ヤンのいた島』沢村凜(角川文庫)

 日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。

 大西洋の南回帰線近く、ジグソーパズルの一片のような形をした通称「ジグソー島」にある小国イシャナイ。その離島である菱島にようやく調査団の入国が認められた。一介の大学院生である瞳子もどうにか調査団に潜り込んだ。鼻行類を探すためだ。ダンボハナアルキ。とある人物の冗談に過ぎない偽学術書に書かれたその動物が実際にいるという噂を聞いて以来、イシャナイに来るのが夢だったのだ。夜中にこっそり調査団を抜け出した瞳子は、島のゲリラに捕まってしまい、行動をもとにするうち彼らに共感を持つようになる。同時に奇妙な夢を見るようになった。夢にはゲリラたちのリーダー・ヤンと瞳子が登場し、瞳子だけでなくヤンも同じ夢を見ているという。ヤンに惹かれてゆく瞳子は、平和のために内戦を続ける彼らに疑問をぶつけるが……。

 鼻行類の実在を信じて調査するというぶっとんだ導入の時点では、それをどう捉えればいいのか戸惑ってしまいました。果たして単なるジョークなのか、それともゆるキャラ探しのメルヘンファンタジーなのか。

 それがゲリラに出会ってからは、鼻行類は後ろに退き、彼らの生き方に向き合ってゆくようになります。ただし鼻行類を信じるぐらいですから瞳子の政治観社会観はかなり幼稚です。幼稚な瞳子に反論する形を通して、貧富の拡大や貧しさのループ、大国に援助される後進の小国のデッドエンドなどが、読者にもわかりやすく説明されてゆきます。

 しっかりとした思想に基づくものなのか恋愛感情によるものなのかはともかく、最終的に瞳子はゲリラに協力する道を選びます。選ぶのですが、これがまた拷問やスパイ疑惑を軽視する考えなしの幼稚な行動で、目を覆いたくなってしまいました。

 一方でファンタジー部分に目をやると、ヤンと瞳子の見る夢の内容とその意味とは何なのかが最後まで謎めいていました。どの夢にもヤンと瞳子が登場し、ある夢ではヤンはハリーと名乗り、瞳子はジャーナリストになっており、ある夢では大統領となったタタナがイシャナイの将来を憂います。この夢とはいったい何なのか――。登場人物が別の自分を夢見るという形からは、プイグ『天使の恥部』を連想しました。

 生まれて来る赤子のなかから歴代のヤンという存在が現れるという伝承からは、実在のダライ・ラマを連想します。ヤンには世界からイシャナイを隠しておく力があったが、当代になってその力が弱まったために発見されてしまったという設定も魅力的です。

 そうしたヤンの力、予言者タタナの能力、これが夢と結びついて小説の仕掛けが明らかになる瞬間が、やはり本書のクライマックスでした。夢の内容に中だるみを感じていましたが、それも吹き飛んでしまいました。【※ネタバレ*1】作中作(?)にもう少し魅力があればと思ってしまいました。

 服従か抵抗か。暴力か非暴力か。選ぶ未来の形は――ゲリラの頭目と1人の女性の物語。南の小国・イシャナイでは、近代化と植民地化に抗う人々が闘いを繰り広げていた。学術調査に訪れた瞳子は、ゲリラの頭目・ヤンと出会い、悲しき国の未来をいくつも味わっていく。「瞳子。世界はぼくたちを憎んでいるのだろうか」。力弱き抵抗者、ヤンたちが摑んだものは? 日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作‼(カバーあらすじ)

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*1 四つ子の誰を生かせばイシャナイの将来に最善かを、タタナが夢で占ったが、どれも悲観的だったため、四つ子すべてを生かして少しでも長くイシャナイを世界から隠しておく道を選んだ。この小説自体もタタナの見た夢の一つであった。

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