『悲劇への特急券 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編Ⅱ〉』佳多山大地編(双葉文庫)★★★☆☆

『悲劇への特急券 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編Ⅱ〉』佳多山大地編(双葉文庫

 第一集がトラベル・ミステリーの作者による傑作集だったのに対し、第二集である本書にはトラベル・ミステリー作家に限らない鉄道ミステリが集められていました。
 

「探偵小説」横溝正史(1946)★★★★☆
 ――あれは戦争前の話、かれこれ十年もまえになるかしら。あたし小説家のM先生の御招待で東北本線のN温泉へスキーにいったんです。その時分のあたしはまだ駆け出しの歌手でしたけれど、皆様、鮎川さん、鮎川さん、と可愛がってくださいました。探偵作家の里見先生と洋画家の野坂さんと一緒に、三時の汽車でかえることにしたのですが、雪崩のために一時間ほど待たなければならなくなりました。そこで待ち時間のあいだ、この土地であった女学生殺しを題材にした新作小説を、里見先生が話してくださったんです。「ではあやふやなところがあったら助言してくれたまえ」。……T市に下宿している那美さんが父危篤という偽電報におびき出されて殺されたが、解剖の結果妊娠三か月だということがわかった。交際していた次郎君はしかし、関係を持ったのは六か月前であり、那美さんは三カ月前にはよそよそしくなってしまったと主張した。

 この作品の魅力が探偵小説家が自作の構想を語って聞かせる趣向にあることは間違いないでしょう。医師犯人説に対して聞き手の二人があれこれツッコミながら話が進んでゆくのには、探偵小説ファンが集まって語り合っているような楽しさがあります。そして意外な関係者。一方で、作中でも示唆されている通り「ブルース・パーティントン設計書」と乱歩「鬼」のトリックの改良版という側面も持っていました。
 

「鉄道公安官」島田一男(1959)☆☆☆☆☆
 ――私がスリ団対策で列車に乗り込むと、ボーイが声をかけてきた。「班長さん。お客がひとり、いなくなったんです」。大久保秋郎という大学助教授が、パジャマ姿のまま姿を消していた。事故か故意かはわからぬが転落した可能性がある。持ち物を調べると石油会社との契約書と、妻の浮気調査の報告書が見つかった。私は遺族、探偵事務所、妻の浮気相手を訪ねて捜査を進めた。

 これはひどい。今となっては古くさすぎる人物描写、幼稚な文章、雑な展開、小学生の算数クイズのような動機の盲点など、読むに耐えません。【※ネタバレ*1
 

「不運な乗客たち」井沢元彦(1982)★☆☆☆☆
 ――先頭車両が鉄橋に入った時、突然、全部の車両の左側のドアが一斉に大きく開いた。何十人もの乗客が川や線路際に転落した。死亡者七名、行方不明者一名。車掌のミスか、車両の欠陥による故障か。「ひょっとすると悪質な犯罪かもしれないな」という美術評論家の南条の言葉に、東京新報記者の久保田は問い返した。「計画的な殺人というと、加害者は?」「ドアを開いた奴ということになる」「車掌ですか――でも誰を狙ったんです?」「八人の中の誰かだろうな」「そんなひどいことが。他の人達は何のために」「カムフラージュだろう」

 いくらスケールが大きすぎて見えないといっても、そもそも動機のある犯人みずからが手を下す意味がわかりません。車で轢いて「故意ではありません」と言っているのと変わりないでしょう。ましてやせっかくプロパビリティの犯罪っぽくできるところを、わざわざ確実に殺人を犯す選択肢を選ぶのは愚行ではないでしょうか【※ネタバレ*2】。編者も「折れた剣」の名を出していますし、著者も犯人の残虐さを強調したいようですが、あまり効果が上がっているとは思えません。
 

「ある騎士の物語」島田荘司(1989)★★★★☆
 ――私はその夜、ある友人の結婚披露宴に列席し、帰ってきたところだった。秋元静香という美しい女性で、グラフィック・デザイナー時代、ずいぶんとお世話になった人だ。事件は今から十五年の昔のことだ。橋本、滝口、村上、依田の四人は、藤堂次郎を中心に「クイックサーヴィス」なる宅配会社を作っていた。彼ら五人はオートバイ好きで下宿が同じだったことから知り合った。藤堂は金儲けや経営に目端の利く男で、会社のアイデアを出したのも彼だった。藤堂は飲み屋で知り合った秋元静香という美大生と同棲しており、ほかの四人も一つ年上の静香に憧れていたらしい。だが何年か経ったころ、大事件が起こった。店の一つを任されていた静香の弟・哲夫がやくざとのトラブルで殺されたのだ。藤堂は資金を持って失踪、店も暴力団に売り払われていたことがわかった。復讐を誓う静香はついに藤堂の居所を突き止めた。だがよりによって大雪、オートバイはおろか車でも移動は難しい。三十分後には藤堂は高飛びしてしまうというのに。なのに藤堂は死んでいた。

 著者には吉敷竹史シリーズという鉄道ミステリのシリーズもありますし、御手洗ものに限っても「疾走する死者」「山高帽のイカロス」「UFO大通り」「山手の幽霊」など結構ありました。そんななか「ある騎士の物語」は人情話という印象が強かったのですが、読み返してみると意外とそんなこともありませんでした。著者はほかの作品でも鉄の馬に乗るバイク乗りを現代の騎士になぞらえていますが、この作品もそういう意味でも騎士の物語でした【※ネタバレ*3】。終電が過ぎて移動手段がないことが、逆にトリックに有利に作用しているのが面白いところです。御手洗の静香評は辛辣ですが、何しに御手洗に会いに来たんだと思えば確かに辛辣になるのもわかります。頭が切れるがゆえに見え過ぎてしまうのでしょう。

 編者が解説で横溝「探偵小説」の舞台であるN駅が何処なのかを推測していました。こういう面白い視点の発想が編者の持ち味だと思います。

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*1 ガソリンの納涼を二倍にする発明をした助教授が石油会社に売り込んだが、石油会社としてはそんなものを発明されては売れ行きが半減するため、助教授を監禁したあと替え玉を使って目撃証言を作りあげた。

*2 別の場所で殺してから死体を川に捨て、その後「事故」を起こして事故の被害者に紛れさせた

*3 この作品の場合はバイクでこそありませんが

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