『創元推理(10)』1995・秋号(東京創元社)

『創元推理(10)』1995・秋号(東京創元社

 第六回鮎川哲也賞の受賞作発表号であり、大賞受賞者である北森鴻と佳作受賞者である佐々木俊介村瀬継弥の短篇が掲載されています。また、創元推理評論賞の発表もおこなわれており、受賞者の千街晶之と佳作の田中博の評論も掲載されています。
 

「第六回鮎川哲也賞・第二回創元推理短編賞・第二回創元推理評論賞決定のお知らせ」

 鮎川賞は北森鴻佐々木俊介、短編賞は『推理短編六佳撰』、評論賞は千街晶之と田中博、何という豊作の年だったのでしょう。市川拓司の名前が鮎川賞二次予選のメンバーにあって意外でした。もともとは本格畑の人だったのでしょうか。

 大賞受賞者のコメントと、選考委員の鮎川哲也紀田順一郎中島河太郎北村薫宮部みゆき戸川安宣による選評あり。
 

「評論賞選考委員座談会」笠井潔巽昌章法月綸太郎戸川安宣

 評論賞は巽昌章の意向で(?)選評ではなく座談会となっています。この頃は恐らくまだ探偵小説研究会も設立前だったのでしょう、ミステリの評論にようやく新しい視点が現れたという言葉に隔世の感があります。
 

鮎川哲也賞受賞者に聞く ちょっと退屈かな、もう一人殺そうかな、と」北森鴻(聞き手・近藤史恵

 歌舞伎ミステリにゆかりのある近藤史恵がインタビュアーを務めています。「どういう形になるかはわかりませんが、田之助が狂死するまでは書いていきたいなと思っています」という言葉はとうとう実現せずに終わってしまったようです。
 

「花の下にて春死なむ」北森鴻 ★★☆☆☆
 ――自由律句の結社『紫雲律』の同人である片岡草魚は、無名のままこの世を去った。事件性はなく、熱性疾患による衰弱死であった。飯島七緒は同人の連絡によってその死を知った。浅からぬ縁のあった七緒は草魚の句帳を預けられた。「また例の夢。悪夢なり。四十年も昔のことなのに」。親類縁者も見つからず、片岡も偽名であったらしい。七緒は草魚が生前洩らした言葉から故郷と思われる地を訪れ、四十年前に何があったのかを突き止めようとする。

 鮎川賞受賞第一作として書かれたもの。死後に死者の肖像が明らかになってゆくという、好きなタイプの作品です。ただし死者の知り合いが視点人物を務めるので、その趣向はあまり顕著ではないというか、深く知らないけれど見ず知らずではないというどっちつかずな関係のせいで、むしろ薄っぺらい印象すら感じました。故郷に帰れない理由を探る過程は好奇心をくすぐりますし、実際にあった【ネタバレ*1】に絡めているのもセンスを感じますが、伏線があまり効いておらず唐突な印象を受けました【※ネタバレ*2】。桜の開花前に死者の部屋で花を付けていた桜の枝に至っては、草魚とは無関係な、別の事件の伏線でした【※ネタバレ*3】。突然そんなことを明かされても、驚きというより呆れてしまいました。
 

創元推理評論賞受賞者に聞く 今書きたいと思っているのが京極夏彦論ですね」千街晶之(聞き手・濤岡寿子)

 新本格世代にとって、洋館も横溝的世界もどちらも幻想を喚起する装置だったというのはなるほどと思う指摘です。
 

「終わらない伝言ゲーム――ゴシック・ミステリの系譜」千街晶之

 英国には館ミステリやゴシック・ミステリは意外と少なく、アメリカや日本にはゴシック的なものがなかったがゆえに誇張され、伝言ゲームのように少しずつずれながらアメリカ→戦前日本→幻影城新本格のように伝わっていったという論考。
 

「探偵小説ノート」田中博

 手記や日記という手続きを取らずに語り手が語り始める形式を「純小説的叙述」と位置づけ、探偵小説の叙述の発展をたどった論考。叙述トリック笠井潔の大量死説についても独自の見解が披露されています。自身のレトリックに酔っているようなところがあり読みづらい。
 

「白い怪物のいる奥座敷村瀬継弥
 

「毒の泉」近藤史恵
 

「謎ときの王国7 楽しきかな、リファレンス・ブック(一)」久坂恭
 

「カレーライスは知っていた(問題編)」愛川晶
 

「飛べない虫」佐々木俊介 ★★★☆☆
 ――狭心症だった久治見化成会長・久治見泰栄が死亡した。長男の直毅は仕事の鬼で、離婚して一人息子の智を引き取りながらも、泰栄の家に預けたまま父親らしいことは何もしない。出奔していた次男の紘次は帰って来るなり金の無心を始めた。智は事故に遭い車椅子となって以来、安全を理由に家に閉じ込められているも同然だった。智は泰栄への反感から紘次と気が合い、友人の春彦が持ってきた蜘蛛の玩具で蜘蛛嫌いの泰栄を驚かすのだと打ち明けた。果たして泰栄が大量の蜘蛛に怯えて急死した。だがほとんどの目撃者はその肝心の蜘蛛を目撃していなかった。

 少年探偵もの、と言っていいのかどうか。というのも探偵たる智少年が真相にたどり着けたのは本人しか知らないある事実の存在があったからで、それがこの作品のポイントの一つにもなっていました。孤独な子どもものであれば当然考えて然るべきこと【※ネタバレ*4】を、犯人が信じて計画に仕込んでしまったがために脆くも崩れ去るのが無残です【※ネタバレ*5】。もう一つのポイントは用いられているトリックでしょう。この場合、玩具であれ本物であれ蜘蛛で驚かせようとしたことがばれてしまえば、殺意が認められてしまうということでしょうか、凶器の隠し方として面白い発想が用いられていました【※ネタバレ*6】。
 

「ビデオ『双頭の悪魔』のこと」有栖川有栖

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*1 大火

*2 身内のコレラ患者から感染拡大させないための火葬と外聞を憚った放火の一石二鳥が大火を招き、家族のために自分は死んだことにして異郷で暮らし続けた。

*3 桜が咲いたのは隣家のエアコンの室外機の熱風が当たっていたからであり、三月の寒い時期にエアコンが動いていた理由は、隣家で殺された車椅子利用者が雨に濡れていたのを除湿機能で乾かしたためであり、つまり雨の日に外に連れ出したヘルパーが犯人である云々。

*4 空想の友だち

*5 春彦が悪戯のつもりで殺してしまったことにして春彦を殺して罪をなすりつけようとしたが、春彦とは智の空想の友だちだった。

*6 凶器自身に隠れてもらう。犯人はぱっと見には蜘蛛のように見える小型の蟹を大量に放った。コメツキガニは砂に潜る習性があるため、みんなが駆け寄ったころには地面には何もいなかった。


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