『おろしてください』有栖川有栖作/市川友章絵/東雅夫編(岩崎書店 怪談えほん12)★★★★☆

『おろしてください』有栖川有栖作/市川友章絵/東雅夫編(岩崎書店 怪談えほん12)

 有栖川有栖らしい鉄道怪談です。

 道に迷った少年が化物たちの世界に紛れ込んでしまうというオーソドックスな内容ながら、動物や怪物のイラストで知られる市川氏の絵が不気味な雰囲気を増幅させています。表紙なんてまるでポプラ社怪人二十面相シリーズのような懐かしさと怪しさです。

 大人の目で読むと「目の色の白と黒が反対」という細部にぞっとしますし、子どものころに読んでいたならラストにトラウマになっていたことでしょう。

 みちにまよったぼくは、ちいさな えきを みつけた。やってきた れっしゃに のりこんだ ぼくの目に、とびこんできたものは(帯あらすじ)

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 おろしてください 怪談えほん12 

『アンの愛情』モンゴメリ/松本侑子訳(文春文庫)★★★☆☆

『アンの愛情』モンゴメリ松本侑子訳(文春文庫)

 『Anne of the Island』L. M. Montgomery,1915年。

 アン・シリーズ第三作。カナダ本土の大学に進んだアンの18歳から22歳までが描かれています。

 級友と過ごしている最中に空想に耽ったり(p.61)するところは相変わらずですし、代理人にプロポーズされたり(p.103)ぼけぼけした借家の老婦人の会話(p.120)やダイアナの大おばアトッサの毒舌(p.134)やハリソンさんの毒舌(p.146)などのユーモアも健在です。

 シリーズものならではの安定感もあれば、前作までにはなかった新しさも加わっていました。

 新しさの一つがフィリッパ(フィル)という新しい級友なのですが、この新キャラがピーチクパーチクとうるさいだけの残念な人物で、フィルが出てくると途端につまらなくなってしまいます。

 アン自身は相変わらず空想には耽るものの、イマジナリーフレンドが見えなくなりつつあるポール(p.246)や「心の同類」ではなくなったアラン牧師夫人(p.369)らのことも、そして自らも大人になることは受け入れています。

 アンが自身のルーツを訪れるところ(p.230)も、大人になったことを印象づけます。

 死や衰えの影は『赤毛のアン』のころから常につきまとっていましたが、本書でもマリラのやせた姿(p.89)という何でもない描写から、ダイアナの大おばジョゼフィーン・バリーの死(p.214)、そしてルビー・ギリスの病(p.130)という衝撃的な事実もありました。「私が慣れ親しんだところじゃない」(p.171)という言葉には胸が締めつけられました。

 邦題『アンの愛情』に相応しく、本命を振ったり自分の気持に気づいたりと揺れ動くアンの心は恋愛ものの王道でした。

 アンやフィルやダイアナ以外にも多くの恋愛が登場しますが、スキナー夫人やジャネットの挿話はもうちょっとうまく物語に溶かし込ませられなかったのかな……と思わないではいられません。アンの恋愛観に影響を及ぼしているのはわかるのですが、むりやり嵌め込んだような唐突感は否めません。

 面白い場面は随所にあるものの、魅力的な登場人物が少なく、エピソードも散漫でした。

 アン18歳、ギルバートとカナダ本土の大学へ。美しい港町、新しい友フィル、パティの家での楽しい共同生活。娘盛りのアンは貴公子ロイに一目惚れされ、青年たちに6回求婚される。やがて真実の愛に目ざめ、初めての口づけへ……。英文学と聖書からの引用を解説した日本初の全文訳・訳註付アン・シリーズ、恋に胸ときめく第3巻。(カバーあらすじ)

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 アンの愛情 

『サンリオ男子 俺たちの冬休み』静月遠火(メディアワークス文庫)★★★☆☆

サンリオ男子 俺たちの冬休み』静月遠火メディアワークス文庫

 サンリオ好きのイケメン男子が登場する女子向けアニメの小説版、らしい。

 『パララバ』『ボクらのキセキ』『真夏の日の夢』『R&R』の静月遠火が担当していることからわかる通り、当然のようにミステリ要素が取り入れられています。

 俊介の叔父が経営する旅館の従業員が全員ギックリ腰になってしまったため、俊介に頼まれた誠一郎、康太、祐、諒は、冬の北海道に向かいます。叔父に対する違和感、飼い猫は真っ白なはずなのに落ちていた黒い毛、開かずの間の窓に見えた人影……やがて開かずの間に保管していた予約客からの預かり物が紛失し、その前夜には奇怪な物音が――。

 飽くまで『サンリオ男子』というキャラクターメインの作品なので、ミステリの真相は他愛ないものですし、叔父に対する違和感にいたってはギャグでしかなかったのですが、全員がギックリ腰という無茶苦茶な設定をはじめ、テンポのいいギャグが冴えているので、単純に面白かったです。

 旅館の部屋の名前にありがちな「エゾギクの間」「スズランの間」「ナナカマドの間」に混じって「~ゾウの間」を配置することで「~草の間」だと思わせるという、伏線としてのギャグも笑っちゃいました。本当にミステリにこだわってます。

 学年も性格も違うイケメン5人の共通点は、“サンリオのキャラクターが好き”な事。

 ある日、北海道で旅館を営む俊介の叔父さんから「従業員の殆どがぎっくり腰になってしまった!」とSOSが届いた事を切っ掛けに全員で冬の北海道へお手伝いに行く事に。美しい雪景色を楽しみつつ、慣れない仕事に奮闘するサンリオ男子達だったが、宿泊者の荷物が無くなるという事件が発生し――!?

 サンリオ男子達の煌めく青春の1ページがここに。(カバーあらすじ)

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 サンリオ男子 俺たちの冬休み 

『S-Fマガジン』2022年6月号No.751【アジアSF特集】

『S-Fマガジン』2022年6月号No.751【アジアSF特集】

 久々のアジアSF特集なので期待したのですが、すでに成熟期に入ってしまったのか、一時期のような熱さは感じられませんでした。

『三体X 観想之宙』宝樹/大森望他訳
 冒頭のみ掲載。
 

「我々は書き続けよう!」韓松/上原かおり(让我们写下去,韓松,2022)★☆☆☆☆
 ――古今東西、作家はみんな宇宙人だった。その宇宙人たちが語る、宇宙を駆動する根本原理とは?(袖惹句)

 中国作品。くだらない。
 

「星々のつながり方」昼温/浅田雅美訳(星星是如何相连的,昼温,2022)★★☆☆☆
 ――地球から宇宙へと開拓団として旅立つには精神的な検査結果が重要であった。これが限りなく平均的、標準的でないと、団体行動を乱すとして、申請を却下されるのである。丁は地球から旅立つのを強く望んでいた。一方、展は安定した地球での生活を強く望んでいた。彼女たちの希望が一致したとき、ひとつの計画が浮かぶ。無事に実行したものの、地球に残された側には信じられないほどの差別が待ち受けていた。同時に地球を旅立った開拓団は謎の未知なる言語を残して消滅していた。地球で、宇宙で、何が起こっているのか。言語学のプロでもある展は残された新たな言語を解析していく。そこには地球と宇宙とで同時多発的に生じた驚くべき言語学的な現象が……。そして最終的に彼女たちが選んだ道とは。(特集解説より)

 中国作品。あらすじほどドラマチックな内容ではありません。
 

「文藝責任編集 出張版 韓国・SF・フェミニズム

「0と1のあいだ」キム・ボヨン/斎藤真理子訳(0과 1사이,김보영,2009)☆☆☆☆☆
 ――揺らぎ続ける宇宙の中で、スエは十代の自分と交わした約束を守るために時間旅行を繰り返す(袖惹句)

 韓国文学は青臭いイメージです。
 

「韓国発の新しいSF」チョン・ソヨン×ファン・モガ×すんみ
 「男性を主人公にした一人称の作品で、現実がそうだからといって偏見をそのまま書いてはいけない、ということです」って、それは違うだろうと思うのですが。

「データの時代の愛《サラン》」チャン・ガンミョン/吉良佳奈江訳(데이터 시대의 사랑,장강명,2019)
 ――運命的に出会ったカップルの持続可能性はどのくらいか。予測分析アルゴリズムの判断は――(袖惹句)

 韓国作品。
 

「さあ行け、直せ」ティモンズ・イザイアス/鳴庭真人訳(GO. NOW. FIX.,Timons Esaias,2020)★★★☆☆
 ――主人公は人工知能を搭載した自立式のパンダピロー(パンダ型枕)。空港の売店の棚で忘れ去られ倉庫に送り戻されそうになっていたのを乗客に買い上げられ、空気を吹き込まれて枕として使われたのちに頭上の棚に押し込められていたところ、彼らの乗機した自動操縦飛行機が爆発事故に巻き込まれる。ピローにはもともと〈人間を守れ〉〈人間を励ませ〉という命令がプログラムされており、本来ならば所有者に対してのみそのプログラムが適用されるはずが、ピローを買った乗客が製品登録をしなかったため乗客全員を救うという使命感のもと行動することになる。機内の乗客たちが意識を失うなか、救助ドローンやドリンクカートとともに工夫を重ね奮戦するのだが……(解説より)

 これは特集ではなく、〈アシモフ〉誌読者賞ショート・ストーリー部門受賞作。これもあらすじ以上のものではありませんでした。
 

◆劇場版アニメーション『犬王』は、古川日出男原作の南北朝の物語。「極めてユニークなのはふたりのコラボレーションをミュージカルとして描いているところ。その音楽のジャンルはロックそのもので、川原は橋に集まった観客たちも、そのショーを目にし、耳にして、思わず手拍子をとり、身体を動かしまくる」「さらに、踊り手である犬王のダンスは新体操とバレエを組み合わせたようなモダンなスタイルで、常識を軽々と飛び越える躍動感」という紹介文は面白そうなのですが、YouTubeで公開されている予告編はくそつまらなそう。広報がアピールしたいところと視聴者が面白がるところがずれているんだと思います。
 

佐藤佐吉インタビュー アジアの中の日本映画・ドラマ」
 アジアSF特集。予算のない日本映画が「予算に一番左右されるのが脚本のクオリティ」という、誰もがわかってはいてもどうにもならないのでしょう。そこから一歩踏み込んで、「若い監督のなかに面白い映画がある理由は、多くの場合それが自主映画だから、脚本を書く時間がほぼ無限にあるからでしょう」という考察はなるほどと思いました。

 監督も俳優もされている方だからこその意見がこちら。「(インタビュアー)――確かに、演出の意図がわからないまま演技プランを考えるのはつらいですね」「脚本家がおそらくそういうつもりで書いていることは、その後の展開を深く読めばわかる。でもそこをあからさまに書くと、日本のドラマや映画界では、演出の領域に口を出しているという話になる。だから役者が自分でそれを読み取ってやっていくしかない。現場に行ってみて、監督から違うよと言われることも多いですよ」「ところが濱口さんの『ドライブ・マイ・カー』のシナリオを読むと、無駄な所が一切ないくらいト書きがそぎ落とされているんです。そこにマジックがあるのは、濱口さんはリハーサルを徹底的にやって、本番前の空き時間にも、とにかく一切の感情をこめず棒読みする。(中略)そうすると、役者は本番ではじめて役としてその出来事を経験した時の、新鮮な感情で芝居をすることができる。そのおかげでああいった、ものすごく複雑な表情だったり芝居になる。(中略)濱口さんは書き込まないのだけど、自分なりのメソッドを作っている」

 インタビュアーが「子ども時代に読んだ感覚をそのまま思いだすような仕上がりだった」と話す、NHKドラマ『シリーズ江戸川乱歩短編集』「怪人二十面相」はぜひ見たい。「二十面相と明智が突然ダンスするシーン、あれは脚本にあったんですか」「それこそ満島さんと、二十面相役の森山未來さんに最初に聞いてもらったのがあの場面の曲でした」というのも魅力的です。
 

アスファルト、川、母、子」イサベル・ヤップ/川野靖子訳(Asphalt, River, Mother, Child,Isabel Yap,2018)★★★☆☆
 ――冥界と現世を隔てる川のほとりに住むメブイェンは、多くの乳房を持ち、亡くなった子供たちに乳を与え育てて川野向こう側へ送り出す女神。時代の変化に伴ってメブイェンのところを訪れる子供たちはめっきり減っていたが、そんな中久しぶりにメブイェンのもとにやってきたのは麻薬戦争に巻き込まれて命を落とした三人の子供たちだった。理不尽な死を受け入れられず川を渡ることができない子供たちは共同生活を送りながら互いのことを知ってゆき、一方子供たちを誤って射殺してしまった警官JMは現世で自らの犯した過ちと向き合うことになる。(解説より)

 アジアSF特集。フィリピン出身のアメリカ在住作家。メブヤン(メブイェン)というフィリピン神話の女神がモチーフにされている以外はわりとオーソドックスです。
 

「アジアSFブックガイド」
 

「骨刻」斜線堂有紀
 

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 SFマガジン 2022年6月号 

『ティーパーティーの謎』E・L・カニグズバーグ/金原瑞人・小島希里訳(岩波少年文庫)★★☆☆☆

ティーパーティーの謎』E・L・カニグズバーグ金原瑞人・小島希里訳(岩波少年文庫

 『The View from Saturday』E. L. Konigsburg,1996年。

 初版が2000年なのに早くも2005年に金原瑞人による改版が出ているのが不思議だったのですが、どうやら悪訳騒動があったようです。

 博学大会の出場チーム「ザ・ソウルズ」の4人がそれぞれクイズに答えてゆき、そのクイズにちなんだ過去を回想するという構成が取られていて、正直なところ読みづらいです。

 一人目はユダヤ人ノア・ガーショム。両親が旅行のあいだフロリダの祖父母に預けられ、そこで地元のおじいさんイジー・ダイアモンドスタインとおばあさんマーガレット・ドレイパーの結婚式の手伝いをすることになります。ノアは理屈っぽくて、独特の思考と言葉遣いをするのが魅力です。

 二人目はナディア・ダイアモンドスタイン。イジーの孫娘であり、ノアに散々な言われようをしていたアダム・ダイアモンドスタインの娘です。両親は離婚し、今の期間は父親アダムと過ごしています。イジーとマーガレットの出会いのきっかけである海亀産卵の保護を手伝い、父親との関係を疎み、マーガレットの孫息子イーサン・ポッターを意識し始めている、勝気な女の子です。

 三人目はそのイーサン・ポッター。母親がノアの父親の歯医者で働いています。固有のエピソードは少なく、ジュリアン・シンとの交流、そして邦題の元となったティーパーティーと「ザ・ソウルズ」結成の由来が多くを占めています。(原題も土曜日開催のティーパーティーに由来します)。言うべきことも言わないせいでナディアに臍を曲げられてしまうように、あまり自分のことは語らないのがイーサンなりの個性なのでしょう。

 四人目はジュリアン・シン。イギリスで教育を受けたインド系アメリカ人です。ナディアの飼い犬ジンジャーが高校の芝居に出演することになりますが、控えの犬優はいじめっ子の飼い犬でした。自身もいじめっ子に差別を受け、差別された下半身不随の担任を思いやり、犬たちに向ける視線も優しい少年です。

 四人を選抜したのが担任のイーバ・マリー・オリンスキー。新人教師時代の校長がマーガレット・ドレイパーでした。子どもたち四人がそれぞれ魅力的なのに対し、このオリンスキー先生がよくわからない人です。最後にジュリアンの父親から自分でもわかっていなかったメンバー選びの理由を指摘されますが、それは「四人を」選んだ理由であって、「博学大会に」選んだ理由にはなっていません。生徒に対する態度も日本人から見るとちょっとヤバイ人に見えますし、野次がそこまで凶悪なものだというのがわかりません。みんなが見つけたものが「やさしさ」だという結論のわりには乱暴な態度でした。

 6年生のノア、ナディア、イーサン、ジュリアンは仲のよい4人組。車椅子の担任の先生の応援を受けて、知識を競う大会に出場し、ついに決勝へ――。複雑な家庭の事情を織りまぜながら、4人それぞれが親友になった秘密を語る。(カバーあらすじ)

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