『悪魔のヴァイオリン』ジュール・グラッセ/野口雄司訳(ポケミス1780)★★★★☆

 サン=ルイ島の教会で日曜のミサが始まろうとしていた。だが肝心の司祭がまだ現われない。予定の開始時刻ちょうど、呼びにやった聖歌隊の少年が駆け戻ってきた。「司祭様が死んでいます!」司祭は教会近くの自宅で殺されていたのだ。容疑は教会の若きヴァイオリン奏者にかかるが、メルシエ警視にはどうしても彼女のしわざとは思えない。徹底した聴き込み捜査がもたらす意外な真相とは? 同じ頃、自分を密告した売春婦への復讐を公言する凶悪犯が脱獄した。彼女に好意をもつメルシエは、ここでも一肌脱ぐが…パリ警視庁賞に輝いたデビュー作。(裏表紙粗筋より)

 訳者の方も書かれているとおり、メルシエ警視はメグレ警視そっくり。メグレ風味がたっぷり楽しめます。面白いのは、舞台が全然現代っぽくないところ。携帯なりGPSなりは出てくるものの、舞台となっている現代のパリも、メグレのパリとさして変わらない雰囲気に満ちあふれています。たしか長島良三氏だったでしょうか、シムノンのパリは当時ですら現実のパリではなかった、ベルギー人のシムノンが憧れたパリだったのだ、そしてだからこそ最もパリらしいパリを描けたのだ、というようなことをおっしゃってたように記憶しております。本書のパリも、そんなパリ。時代を超越した、物語の中のパリです。

 つーわけで、まるっきりメグレものなんですが、脱獄方法とか、人混みの中のおとり捜査と銃撃とか、実はけっこう派手なところもあるのです。でも不思議と派手な印象が全然ないんですよね。なぜだろう?

 ミステリとしてはかなりストレートです。時間が解決してくれた感じ。でも脱獄犯事件はサスペンスフルだし、司祭殺し事件の聞き込みはワイドショーじみた話がぼろぼろ出てきて笑えるし、すらすら読めて面白かった。

 メグレものと違うところを挙げるとすれば、リュカやジャンヴィエ、ラポワントといった部下たちがまったく登場していないところ。ポジション的にはロニョンに近いかな、と感じたピニョル隊長が出てくるくらいです。次回作以降は魅力的な部下の登場にも期待します。※あーあとタイトルのセンス。フランス語的にはどうなんだろう。意味的には「悪魔のようなヴァイオリン」「魔性のヴァイオリン」に近いのかな。どっちみち日本語にするとセンスないけど。タルティーニ「悪魔のソナタ」があるとはいえ。
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悪魔のヴァイオリン
ジュール・グラッセ著 / 野口 雄司訳
早川書房 (2006.1)
ISBN : 4150017808
価格 : ¥945
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