「女主人」(The Landlady)★★★★☆
――ビリイ・ウィヴァーが訪れた下宿は破格の値段だった。四十五〜五十がらみの女主人がいるほかは、客の一人もいないようだ。宿帳には二人の名前しかない。確かこの名前には見覚えがあるのだが……。
結末なんて誰にでも予想がつくのに最後までどきどきしながら読み進められる。これが文章の力というものです。女主人とウィヴァーの一対一の緊張感。名品です。
「ウィリアムとメアリイ」(William and Mary)★★★☆☆
――残された生命があと半年ばかりになったとき、ランディが訪れたのだ。「きみが死んだあと、きみの脳髄を取り出して、生かしておいたまま活動させたいんだ」
SFホラー的なガジェットを用いながら、夫婦のあいだの些細な愛情のしこりのようなところに落とす手際はさすが。けっこう社会派で感動もので、と思って読み進めていったら、そう来ましたか。「亭主元気で留守がいい」を思い出しました。
「天国への登り道」(The Way Up to Heaven)★★★☆☆
――フォスター夫人にとって、汽車や飛行機に間に合わないことほど嫌なことはなかった。ところが夫のフォスター氏ときたら、いざ二人でお出かけという時になって、わざと一、二分遅れてみせるのだ。
これも予想のつく話のはずなのだけれど、冒頭からしっかり読んでないとうっかり伏線(?)を読み飛ばしてしまふ。いやな夫婦だな。でもまあ長く一緒にいる人だとかえって“いちいち言うのもめんどくさい”ってのはあるけど。言わなきゃこんな夫婦みたいになっちゃうんだろうな。
「牧師のたのしみ」(Parson's Pleasure)★★★★★
――アンティーク家具屋のボギス氏は驚いた。田舎の家には値打ちものの家具がごろごろしているのだ。怪しまれずに地元民の家に入るには、牧師の格好が一番だった。
お宝鑑定団なんて番組が有名になってしまった現代日本では通用しないだろうけれど、かつては実際にありそうだったんじゃないのかな、なんて思わせる詐欺まがいの商法。「たのしみ」というタイトルがすごくよくわかる、共感できる。金儲け・商売が目的ではあるんだけれど、それ以上に掘り出し物を見つける興奮がやめられないんですよね、きっと。『こち亀』あたりによくありそうなオチ。そう思うとボギス氏にいっそう親しみがわく。
「ビクスビイ夫人と大佐のコート」(Mrs. Bixby and the Colonel's Coat)★★★★☆
――ビクスビイ夫人は月に一度ほど伯母に会いに出かけていた。“伯母”とは浮気相手の大佐のことだ。大佐から高価なミンクのコートを贈られたものの、夫にどういえばいいのだろう……。
う〜ん、すべてを知っている読者から見ると、旦那がとてつもなくバカすぎるのだけれど……。そりゃないだろ。もっとうまくやれよ。いやでも男ってこんなもんでしょうか。どっちもどっち、とはいえ女の方が隠しごとはうまいものなのかな……。
「ローヤルゼリー」(Royal Jelly)★★★★☆
――アルバートの赤ちゃんは元気がなかった。ミルクも飲まず、体重も減っている。医者は様子を見るように言うだけ。そこでアルバートがミルクにロイヤルゼリーを混ぜてみると……。
ある程度の予想はつく話。なのにこんな方向に行くとは予想しませんでした。スマートな仕上がりだと思っていたのに。不気味。とんでもなく不気味。ランジュランの「蠅」よりも不気味。
「ジョージイ・ポーギイ」(Georgy Porgy)★★★★☆
――三週間前まで私は、女性に指一本すら触れたことはなかったのである。しばらく前から教区の独身女性たちがちょっかいを出してきた。実を言えば私は女好きなのである。
タイトルはマザー・グースより。「ジョージイ・ポージイ プリンとパイ/おんなのこには キスしてポイ/おとこのこたちが でてきたら/ジョージイ・ポージイ にげてった」。こういうのにこそ註釈なり解説がほしいのに。TOTOの曲しか知らなかった。
グロテスクでユーモラスな奇譚。澁澤みたい、だと思った。似たようなイメージの話があったような。
壁のことを「詰め物のように美しくてやわらかい」と、どっちにも取れるニュートラルな表現をして(内臓の中/頭をぶつけて死なれないように云々の中)おきながら、最後の最後で「廊下に出ていった」とあっさり書いているのが怖かった。語り手は、廊下のあることはわかっているのに建物の中だということはわかってないんだ、と気づいた瞬間、ほんとに気が触れているんだ、というのが急激に伝わってきてぞっとしました。
「誕生と破局――真実の物語」(Genesis and Catastrophe A True Story)★★★☆☆
――先生、赤ちゃんは大丈夫ですか? もう三人も死んでいるんです。
まずたいていのショート・ショートなら、当たり前のことですがオチを最後に持ってくるでしょう。ところがこの作品では中盤あたりで問題の名前が明らかにされます。名前が明らかにされたあとでも、物語のトーンは変わらない。奥さんも旦那さんも、二人とも親として自分たちの赤ん坊を心配しつづけていて、それがものすごく伝わってくる。がむしゃらに。ただ単に「この子には幸せになってほしいわ」程度の願いがひとこと描かれるだけくらいならよくあるショート・ショートだったでしょう。ところが完全に新生児をめぐる『救命病棟24時』みたいな雰囲気なんですよね。仮に“名前”が明らかにされなくてもそれはそれで熱いドラマになってます。それが伝わってくるからこそ、いっそう残酷で。
「暴君エドワード」(Edward the Conqueror)★★★☆☆
――エドワードとルイザ夫婦の家に迷い猫がやってきた。ルイザのピアノを聞いて驚きを浮かべたようだ。「この猫はリストの生まれ変わりだわ!」
この奥さんはおかしいですよねえ? 孤独な老婦人だとか、夢見がちな若妻だとかいう伏線があるわけでもなし、どうしていきなりこんな妄想じみたことを信じちゃうんでしょう? 完全にズレてます。ズレたまんま物語が進んでいくから、それだけで怖い。タイトルは「暴君エドワード」(これも何か典拠があるのかな?)ですが、完全にルイザの話です。わたしゃエドワードに味方しますね。火の前(中?)に座っていたりと、明らかに何かあるように書かれている猫ではあるのですが。奥さんの不気味さを気持ち悪がればいいのか、旦那さんの“暴君”ぶりに愕然とすればいいのか、ちょっとすっきりしなかった。
「豚」(Pig)★★★★☆
――幼い頃に両親を亡くしたレキシントンは、ベジタリアンの伯母に引き取られ、山奥で育てられた。伯母の死後、初めて山を下りて町に出たレキシントンは、生まれて初めて豚肉を食べた。
『あなたに似た人』[bk1・amazon]などでも、わりとラストの強烈な話の方が印象に残っていたけれど、こういう“奇妙な味”としかいえないような話こそがダールの特徴であり魅力であるのかもしれません。シュールでわけがわからない。ブラックな笑いを通り越してヒステリックに笑いたくなる。
「ほしぶどう作戦」(The Champion of the World)★★★★☆
――「おれの親父は天才だったからな。絶対確実な雉子の密猟のやり方を三つ考え出した。まずは一つ目だ。雉子はほしぶどうに目がない」
お間抜けな密猟者たちによる、どこかのどかな密猟の顛末。かもとりごんべえとかの昔話みたい。ちょっとキちゃってる作品二作のあとにこういう話があるとほっとする。ほしぶどうをやるシーンとか、雉子が木から落ちてくるシーンとかからクライマックスにいたるまで、楽しい場面が満載です。
初めてダールを読んだのは『あなたに似た人』[bk1・amazon]でした。期待があまりに大きすぎたので、ショージキ“こんなもんか……”とがっかりしてしまったように記憶しています。だから今回は逆にまったく期待してませんでした。むしろ“どうせつまんないんだろ”くらいの気持で読み始めたような。そのせいもあってか、いや〜参りました。すっかりダールのファンになってしまいました。
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