『S-Fマガジン』2006年07月号(603号)【太陽系探査SF特集】★★★★★

 惑星探査を扱ったハードSF短篇だなんて書かれていたから、ゴリゴリのハードSFばかりかと思って少し気が重かったのだけれど、ストーリー的にはファンタジーっぽいものもあってバランスよく読みやすかった。なんといっても若島正氏の新連載が始まったのがうれしい。

「My Favorite SF」(第7回)石田衣良
 石田衣良のお気に入りはハインライン異星の客』。

「ジェフリー・A・ランディス・インタビュウ〜科学を実践する」
 NASAの現役研究者でもあるSF作家ランディスのインタビュー。初長篇『火星縦断』刊行を前にした『ローカス』誌上でのインタビューである。邦訳版『火星縦断』[bk1amazon]刊行にあわせてインタビューも邦訳掲載。

「“リングワールドの子供たち”に明日はあるか!?
 ラリイ・ニーヴン〈リングワールド〉最新作『リングワールドの子供たち』あらすじ紹介。
 

 【太陽系探査SF特集】

「青き深淵へ」ジェフリー・A・ランディス/小野田和子訳(Into the Blue Abyss,Geoffrey A. Landis)★★★★★
 ――「天王星に生物がいるんですか?」「起源不明の有機分子が存在する可能性といっておこう」わたしはすっかり夢中になっていた。五人の探査隊員のうち、わたしとハニータがポッドに乗って天王星の海に降りることになった。

 今号にインタビューも掲載されているランディスの'99年の作品。これは未知への探検という昔ながらの驚異の旅もの。舞台が天王星になっただけである。“だけ”というのは否定的な意味ではなくて、舞台が変わっても興奮でわくわくする面白さまでは変わってないぞという意味です。天王星の環境がめちゃくちゃ生き生きと描かれていて、自分が体験しているくらいに興奮した。
 

「暗黒のなかの見知らぬ他人」サラ・ゼッテル/東茅子訳(Kinds of Strangers,Sarah Zettel)★★★★★
 ――飛行士たちは自分たちが死ぬ運命にあることを三か月前に知った。小惑星帯への最初の有人探査から戻る途中、小さな岩石が装置内に入り込み、宇宙船は軌道を外れたまま進み放射線を浴び続けるのだ。誰もが絶望しかかっていたとき、外部からの信号を受信した……。

 遭難SFというとブラッドベリ「万華鏡」[bk1amazon]や手塚治虫火の鳥』宇宙編が思い浮かぶ。あれはみんなが別々のポッドに乗ってすでに運命が決まっていたけれど、本篇はみんながひとつの母船に乗ってなすすべもない。大勢集まっているのにパニックものにならずに、「万華鏡」のような孤独感あふれる叙情的な作品になっているのは、作者の資質なのでしょうか。アクションとかではなくて、人の心の描写中心でここまでスリリングな物語ができるんですねえ。荘厳で心に響く佳篇。
 

「ロキ」ラリイ・ニーヴン/梶元靖子(Loki,Larry Niven)★★★★★
 ――魔女艀《ウィッチ・ワゴン》がさざ波をたてる銀空からわたしたちのところに降りてきたのは八十世代前のことだ。魔女艀はいろいろな絵を見せてくれた。幾何学を教えるのは諦めたようだが、執拗につづけられた授業もあった。ものには名前が必要である。わたしたちはたしかに文明を教わった。

 ファースト・コンタクトを異星人の側から描いた作品というと、最近読んだものではブラッドベリ「趣味の問題」があったけれど、本篇はもっと手が込んでいる。正確にいうと、探査機と異星人のファースト・コンタクトなのだ。つまり地球人の側からいうと、いま実際に飛ばしている探査機が億兆に一つの可能性で生命体に行き当たったとしたら……だなんて、SFが途端にぐっと身近になってわくわくしてくる。もちろん現行の探査機じゃこういうコンタクトまでは無理だし、生命体がいるかもしれない太陽系外の遙か遠くの惑星まで探査するとなると遙か未来の話ではあるけれど、有人宇宙船が宇宙人と遭遇したり宇宙人が地球を訪れたりするという話よりはずっとずっとリアルで夢ふくらむ。宇宙人の神話としても面白い創世記ファンタジー
 

「ワイオミング生まれの宇宙飛行士(前編)」アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション/浅倉久志(The Astronaut from Wyoming,Adam-troy Castro & Jerry Oltion)★★★★☆
 ――タブロイドの記者が到着したのは誕生翌日だった。アレグザンダー(アレックス)は奇形ではなかった。少なくとも必要な器官は揃っていたし機能していた。しかし、頭は大きかったし目は黒目ばかりで、グレイ型の宇宙人そっくりなのだ。父親はどうしても普通に接することができなかったけれど、アレックスはすくすくと育った。テレビで見た宇宙飛行士になることを夢見て。

 物語自体は宇宙飛行士になることを夢見た少年を描いた、落ち着いたタッチのヒューマンな青春譚なのだが、核のアイデア自体はなんでこんなこと思いつくんだろうっていうくらいのとんでもない奇想です。宇宙人のような外見をした人間の子どもが宇宙を目指すという内容。でもそこ以外はマコーレー・カルキンくんか誰かの映画みたいな、機知に富んだ切り返し、同級生との恋愛、心の師でありかつ親友との出会い、……なんていうよくできた青春群像ものそのもの。そこがまた甘酸っぱくていい。SF的には次号掲載の後編に期待か。
 

「リアルな表現への旅 特集解説」東茅子
 やはり最新の作品ほどリアルなものになってきているわけで、なおかつ既知の情報が多い火星が舞台の作品がこれまでも多かったところに、ランディス『火星縦断』の刊行なのである。

「太陽系探査最前線」松浦晋也
 なんだか探査機打ち上げにもお国柄が表れていて面白い。純粋に科学目的ならどこの国が打ち上げたってかまわない。もし日本がプロジェクトから手を引いたって残念とは思わない。どこかが続けていさえくれれば、こうしてわくわくする情報が手に入るのだ。

 ここまでが【太陽系探査SF特集】
 

「乱視読者のSF短篇講義」若島正(第1回 H・G・ウェルズ「ザ・スター」)
 若島正の新連載スタート!!! たったひとつの「I(私)」という一人称に着目して、若島氏らしいユニークな自説が展開されます。とても面白いけれど、これ自体は(たぶん)考えすぎでしょう。でもかなり魅力的。全ウェルズ作品に対して、ウェルズが語りに関して十九世紀的な意識を持つ作家ではなく、二十世紀的な作家だったとしたら、という改変SF的な発想で読み直しすらしたくなってくる。
 

「SFまで100000光年 35 SFにつれてって」 水玉螢之丞
 「ゲッツー」という“専門用語”とか「流し打ち」という“スラング”が多くて野球って意外と敷居が高いかも、というSFな野球観が水玉氏らしい。

「空中伽藍」中村豪志《SF Magazine Gallary 第7回》
 空中に突き出した逆さまの建築とか、上へ上へとさらに進み続ける建設現場とか、懐かしい感じのSF観を現代風建築にアレンジしたような空中伽藍。

田中哲弥の青春SF新喜劇堂々開演!」
 新刊『ミッションスクール』紹介。

田中啓文原作ホラー映画化 増殖する『水霊《ミズチ》』の世界」
 映画『水霊』紹介と、原作者からのコメントを掲載。
 

「MEDIA SHOW CASE」渡辺麻紀鷲巣義明・添野知生・福井健太・丸屋九兵衛・小沼純一
 『ポセイドン』は意外や意外、『ポセイドン・アドベンチャー』を最新デジタル技術でリメイクしたものではないらしい。「わざとらしい」人間ドラマを排除して、ひたすら前進する九十八分の映画。どうせ最新技術と濃ゆ〜いドラマなんでしょ、と偏見を持っていただけに、逆に興味が湧いてきた。

 『ぼっけえ、きょうてえ』がアメリカで『インプリント ぼっけえ、きょうてえとして映像化された。スカパー!で放送されたのとは別のノーカット版が劇場公開だそうである。見たい。見たい、けれど。この拷問シーンは読むだけでも顔をしかめたくなるのに、見るなんてとてもじゃないけどわたしには無理だろうな……。さてジャパニーズ・ホラーといえば太祖・楳図かずお。なんと猫目小僧が映画化。しかも実写化!? なに考えてんだろう。まだ『チャイルド・プレイ』のように人形を使うのならともかく、人間がかぶってるらしい。スピルバーグ製作総指揮『TAKEN』にも笑えるグレイ型宇宙人が登場してたのを思い出した。今号にはグレイ型宇宙人そっくりの子どもが登場する「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」が掲載されているものだから、二重に可笑しかった。

「SF BOOK SCOPE」石堂藍千街晶之長山靖生・他
 風野春樹氏が紹介しているのは、古川日出男『ルート350』bk1amazon]・西島大介『アトモスフィア』bk1amazon]・筒井康隆『壊れかた指南』bk1amazon]など。筒井作品は「内田百けんを思わせる何気ない奇想に溢れた快作ばかり」だそうです。古川『ルート350』は短篇集。江國香織豊崎由美が推薦しておりました。西島大介『アトモスフィア』については前々号[amazon]の特集で著者自身が熱く語ってくれていました。

 林哲矢氏の紹介はマイクル・スワンウィック『グリュフォンの卵』bk1amazon]。今号の特集「太陽系探査SF」でも紹介されていました。ゼラズニイ、デイヴィッドスン、ル・グィン調など多彩な作風の短篇集。ホールバイン『ノーチラス号の冒険』シリーズは、タイトルからわかるとおりヴェルヌ『海底二万里』の続編という設定のジュヴナイルらしい。他の書評なんかでは、この思わせぶりなタイトルに触れてくれてなかったのですっきりした。

 長山靖生氏が紹介しているのは紀田順一郎『戦後創世期ミステリ日記』
 

「魔京」朝松健(第一回)
 ――昭和二十年以来初めて、不知火神社の秘神楽が舞われる。神藤をはじめとしたスタッフが取材をしていると、とつぜん大きな地震が起こった。神楽を録画したDVDを持って命からがら神社から立ち去った神藤たちのもとに、神楽の舞方が現れた。

 こういう伝奇ホラーを読むのは久しぶり。すごい懐かしい感覚。ハルマゲドン=カルトという発想(映画『アルマゲドン』は連想しないの?)や、東京大空襲の七日前という日付に反応させたり(当日という日付に反応するならともかく、××の○日前なんて言い方は、単に切り取り方の問題でしょう。)、ちょっと著者の感覚についていけない部分もあったけれど、物語が動き出すとそれも気にならない。
 

「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第18回)田中啓文

「おまかせ!レスキュー」97 横山えいじ

「私家版20世紀文化選録」91 伊藤卓
 映画『ヘルハウス』、漫画『ミノタウロス』、小説『魔術師』。

「日本SF全集[第三期]第十六巻 菊地秀行 その1初期シリーズ作品」20 日下三蔵

「SF挿絵画家の系譜」(連載4 谷俊彦大橋博之
 恥ずかしながら寡聞にして知らなかった画家さんなのですが、やはり絵を見ると「ああ!」と納得。見覚えのあるイラストです。
 

「サはサイエンスのサ」138 鹿野司
 ブームってのはホントなんなんだか……。科学的根拠のあいまいな「ゲーム脳」のお話です。アルファ波とかマイナスイオンとかもありましたな。
 

「センス・オブ・リアリティ」金子隆一香山リカ
 「人語鳥大秘記」金子隆一――鳥のコミュニケーションにも文法があった、つまり言語があった、という話。人類だけが特別という幻想はただの幻想のようです。言語能力は知能とは関係なく、喉や口の構造と関わりがあるそうです。ってーことは、人間の口はしゃべるために今のようになったのか、今のようになったからしゃべれるようになったのか。

 「医療・教育と人権の狭間で」香山リカ――ひきこもり支援のNPO法人が入所者を監禁していた、という話。これはどうなんでしょうね。虐待ではなく無知ゆえの拘束が死を招いたのでしょうか。石原都知事がバ○なのは日本中が知ってますが、戸塚ヨットスクール体罰を容認するほど日本はバカではないでしょう。戸塚校長の体罰論が「批判もされない」のは容認ではなくシカトというのです。
 

「ファーストコンタクト」曽田修《リーダーズ・ストーリイ》
 おやまた常連さんだ。今回のはちょっと切れ味がよろしくない。理屈っぽいオチになってしまってる。なぜ殺し合いをしたのか→××だから→○○だから、というワンクッションが切れ味を殺してしまった。
 

「近代日本奇想小説史」(第49回 超翻案と爆笑パロディ)横田順彌
 ジャック・ロンドン『海の狼』を翻案した生方敏郎海上奇談 龍神丸』。まさに超翻案です。翻案というかなんというか……原作のストーリーの合間合間に自分の文学論や政治観を開陳させるというわやくちゃなものです。やりたい放題、一読の価値あり。
 

「SF BOOK SCENE」中野善夫
 『鎮魂歌《レクイエム》』のグレアム・ジョイスのヤング・アダルト作品『TWOC』が紹介されています。

「MAGAZINE REVIEW」〈アナログ〉誌《2005.12〜2006.3》東茅子
 一/二月合併号に掲載された、ジェイムズ・P・ホーガンが自作の着想について答えるというのを読みたい。

「デッド・フューチャーRemix」(第53回)永瀬唯【第11章 きみの血を 第1滴】
 ブラム・ストーカー『ドラキュラ』とウェルズ『宇宙戦争』の吸血と輸血について、です。『ドラキュラ』のような医学的にまだ進んでいない時代の輸血には危険がともなう(というかほとんど賭けだった)。血液凝固だけではなく、病気の感染の危険もある。そして『宇宙戦争』の火星人たちは細菌によって全滅した。かくして、十九世紀イギリスで血から血へと伝染し死をもたらしていた深刻な病にスポットが当てられます。
 

アインシュタインが当たった」草上仁★★★☆☆
 ――当たるはずなんかねえ。くそったれ。当たってる。アインシュタイン精子が当たっちまった。一攫千金のチャンスなのに、陽子は嫌だと言いやがる。

 精子バンクの有名人の精子に人気が集まる冗談みたいな現在、こういうこともあるかもしれない。美男美女やスポーツマンや科学者の精子を利用したって、そういう子どもが生まれる確率は、それこそ宝くじみたいなもんであるはずなんですけどね。いやでも本篇の場合、ギャンブルこそが男のロマン、なのでしょうか。町田康作品みたいなダメダメっぷりと比べると、語り手のダメダメっぷりさえもファンタジー世界のダメ人間であるような甘い話(そこがいいのだ)。
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