『S-Fマガジン』2011年12月号No.669【The Best of 2005-2010】

トロイカアレステア・レナルズ/中原尚哉訳Troika,Alastair Reynolds,2010)★★★★☆
 ――元宇宙飛行士ディミトリ・イワノフは施設を脱走して吹雪のなかを元天文学者ネシャ・ペトロワを訪れた。ネシャは正しかったのだ……。数十年前、突然、時空が大きく裂けて太陽系に巨大な機械「マトリョーシカ」が吐き出されてきたのだった。宇宙船テレシコワで探査に向かったディミトリたち三人が遭遇したものは……。

 古いタイプというか本格的というか、核になっている部分は、謎の物体を調査しに宇宙に出かけるというごまかしなしの王道SFです。そこに人類の未来、記憶の伝染、政治風刺、等々いろいろな要素が加えられて複雑で面白い話になっていました。
 

「懐かしき主人の声《ヒズ・マスターズ・ボイス》」ハンヌ・ライアニエミ/酒井昭伸(His Master's Voice,Hannu Rajaniemi,2008)★★★★☆
 ――コンサートを始めるに先立って、ぼくらはご主人の首を盗みだした。いまとなっては、発端を思いだすのはむずかしい。ボールをなくしたのは偽のご主人がやってきた日のことだった。そこにはふたりのご主人がいた――本物と偽物の。「どうしてこんなことをするんだ?」「自分の所有者が自分自身であることを、だれかが示してみせねばならん」「あんたは犯罪者だ」

 本邦初紹介作家。動物ものなのにファンタジーじゃないところがよかった。法を犯して自己の複製を複数作ったために禁錮刑に処されたご主人を取り戻そうとする犬と猫たちの物語です。シュールな光景が(もとい猫や首が)乱れ飛ぶ怪作でもありました。
 

「可能性はゼロじゃない」N・K・ジェミシン/市田泉訳(Non-Zero Probabilities,N. K. Jemisin,2009)★★★☆☆
 ――隣人がサイコロを取り出す。1のゾロ目。ふたたび振る。また1が揃った。三度目は6のゾロ目。四度目はまた1のゾロ目。「おもりなんか入ってないよ」男のいうとおりだった。そこでアデルは心に決めた。幸運の神々について研究し、鏡は割らないようにしよう。

 ハヤカワ文庫からデビュー作『空の都の神々は』が刊行されたばかり、とあるので、こちらもほぼ本邦初紹介の作家と言っていいでしょう。何かが起こる「確率」が驚異的に上がるという異常現象が発生したニューヨーク市で、死や失業に怯え縁起を担いで暮らす人々――と言うほど事態は深刻ではなく、主人公も暢気でポジティブです。結局お祈りはお祈りに過ぎず、今の暮らしは「以前にやっていたことと、どこか違いがあるのだろうか」と気づくからです。
 

「ハリーの災難」ジョン・スコルジー内田昌之(After the Coup,John Scalzi,2008)★★★☆☆
 ――「ハリー、きみはどれくらいパンチに耐えられるかね?」シュミット副大使がたずねた。「われわれは外交上のミスをおかした。コルバの指導者たちは、人間の軍隊に興味をもっていて、きみとコルバの戦士を腕比べの競技で戦わせたいと要請があったのだ」

 『老人と宇宙』スピンオフ作品。びっくりするほどくだらない(^_^。宇宙人と格闘試合三本勝負をするはめになった男の、棒術・素手・水戦闘。
 

「小さき女神」イアン・マクドナルド中村仁美(The Little Goddess,Ian McDonald,2005)★★★★☆
 ――わたしは新しい女神に選ばれた。衣装は赤いものをお召しください。口を開くのは宮殿の中だけになさってください。それから、決して血を流さぬように……。夕方のラッシュで混み合うデリーの街なかを、わたしはサリーをはためかせて進みました。わたしたち“小鳥ちゃん”はお見合い式が行われる天幕へ向かいました。「さあ、しゃんと立って。だらだらするんじゃないよ」

 2007年8月号掲載「ジンの花嫁」姉妹編だそうです。「(元)女神」が経験した波瀾万丈の数年間。インドの男女の出生数問題は日本でも最近報道されていますが、恐らくそれ以外にも細かい現実のインド・ネパールが織り込まれているものと思われます。長命の幼帝の存在なんてアラビアン・ナイトみたいだし(ペルシアだけど)。ラスト・エンペラーのようでもある。
 

『ミッション:8ミニッツ』ダンカン・ジョーンズ監督インタビュウ
 『月に囚われた男』に続くSF第二弾、らしい。ジェイク・ギレンホールが主演なのか。これは見なくては。
 

「書評など」
◆今月は円城塔『これはペンです』、月村了衛『機龍警察 自爆条項』、ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』、東欧SFアンソロジー『時間はだれも待ってくれない』、つばな『見かけの二重星等、すでにチェック済みの作品以外に気になるものがありませんでした。あとは犬上すくね『あかとき星レジデンス』くらいかな。
 

「なぜまんじゅうは怖かったのか。」椎名誠
 椎名誠がイソメが苦手だとは以外です(が、理由が何かちょっと普通と違う。。)。そしてコブラやみみずの話に。
 

「第50回日本SF大会 ドンブラコンL特集」

「サイバーカルチャートレンド(29)」大野典宏 電子書籍

「サはサイエンスのサ(199)」鹿野司

「SENSE OF REALITY」金子隆一香山リカ
 あの「光より速い粒子」の話と、ジョブズの話。

「現代SF作家論シリーズ(11) マイクル・クライトン小谷真理

「MAGAZINE REVIEW 〈インターゾーン〉誌 2011.5/6〜2011.7/8」七瀬由惟
 

「乱視読者の小説千一夜(12) ヒットラーカストロ若島正
 フィリップ・カーです。
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預言者ピッピ』(2)地下沢中也イースト・プレス)、『冒険エレキテ島』(1)鶴田謙二講談社)、『聖☆おにいさん』(7)中村光講談社

 『預言者ピッピ』、まさかの第二巻。1巻に未収録だった2話に加えて、書き下ろしの1話「フレア(I)」を収録。7年も経っているのだから絵柄が変わっているのは仕方がないにしても、なんだか、絵が下手になっている……?のが気になります。

 『冒険エレキテ島』は鶴田謙二の新作長篇漫画。おじいちゃんの遺志を継いで(?)漂流島を目指す個人郵便飛行機乗りの話。機械描写が好きな作家さんはたくさんいるけれど、この漫画の飛行機は鑑賞用ではなくて、ちゃんと飛んでいるんだな、と感じる。


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