『手袋の中の手』レックス・スタウト/矢沢聖子訳(ポケミス1786)★★★☆☆

 シオドリンダ・ボナーは私立探偵。親しい人からはドルと呼ばれている。共同経営者のシルヴィア・ラフレーが事務所にやって来たとき、婚約者のマーティン・フォルツが事件相談の最中だった。地所のキジが絞め殺されるという事件が何度も起こったのだ。マーティンと友人のスティーヴ・ジマーマンと執事のデ・ロードが調べたが何もわからない。

 マーティンが帰ったあとでシルヴィアが悪いニュースを告げた。伯父のP・L・ストーズが出資を打ち切るというのだ。新聞記者のレン・チザムがストーズの名前を出して探偵事務所の記事を書いたことに気を悪くしたのが原因だった。ところが事務所を訪れたストーズの口から聞かされたのは、意外なことに調査の依頼だった。ランスというインチキ宗教家に妻が巨額の寄付を注ぎ込み、ついにはあろうことか娘のジャネットとランスを結婚させようとしているので、何とか悪事を暴いて信用を失わせてほしいという内容の依頼だ。

 ドルは依頼を受け、夕方六時にストーズ邸を訪問した。だがそこで待っていたのはストーズの死体だった。ワイヤーで強く首を絞められている点から見て、手袋をしていなければ手に傷が残っているはずだ。だが手に傷のある人間はいない。では手袋はどこに? クールな検察官のシャーウッド、伝法な警察署のブリッセンデン大佐を向こうに回して、ドル・ボナーが独自の捜査を始める。
 

 “元祖女探偵”てのを期待するとちょっと期待はずれ。たしかに自立した私立探偵である。まっすぐで健気だ。過去の失恋が原因で恋に臆病になっている。決してくじけない負けん気の強さと侮辱や挫折を許さないプライドの高さ。犯人に向かって拳銃を構えながら、自分を勇気づけているように、人間的な迷いや弱さも垣間見せる。いかにも現代の女探偵のご先祖さまである。

 だけどその骨の髄まで女探偵が挑む事件というのが、骨の髄まで黄金時代のミステリなのである。これはとんでもなくミスマッチ。古典的ミステリというものはそもそもがつまんないもので、それを面白くするのが強烈な謎だったりエキセントリックな探偵だったり次々起こる新展開だったりするのだけれど、事件そのものや捜査は私立探偵小説〜女探偵ものっぽい地味なものだから、ちょっと吸引力に欠ける。最後のほんの数ページでそれまでの伏線を一気に拾ってゆく手際はさすがだとは思うけれど。

 ネロ・ウルフものにあるようなユーモアも、15章の最後など一部を除けばあまりないのも、ウルフ=スタウト・ファンには物足りない。最初の方にちょろっと登場する調査員のシルキー・プラットがもう少し活躍していたら、ウルフものっぽい雰囲気に近くなってもっと変わっていたんじゃないかと思う。でも事務所存続の危機から始まった、身内の事件に近い内容の本書だから、ドルひとりの事件になるのはやむを得ないか。もっと純粋に外部の依頼による私立探偵ものだったらどうなっていただろうな、と思う。残念ながらドル・ボナーが登場するのは他に二篇だけ。どちらも脇役だそうである。
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