『動く標的』ロス・マクドナルド/田口俊樹訳(創元推理文庫)★★★★☆

 『The Moving Target』Ross Macdnald,1977年。

 リュー・アーチャー初登場作品。

 仕事の大半が離婚がらみ、という設定が意外でした。とはいうものの本書の依頼はハードボイルドではお馴染みの人捜しではありますが。アーチャーも軽口は叩きますが、マーロウ(チャンドラー)のようにひねくれてはいないので、物足りなく感じます。

 表向き見えているものは富豪の誘拐事件です。組織的犯罪を生業とする町の大物一味という、いかにも怪しい連中が登場しながら、実のところは誘拐事件は悪党一味の一部の勇み足、それを〈真犯人〉が利用する……というのが大まかなプロットでした。『動く標的』というタイトルは、ヒロイン(?)のミランダによる台詞にあった象徴的な意味はもちろんでしょうが、こうした展開も意味しているのかもしれません。

 描かれているのが富豪誘拐という金目当ての犯行だけならただの犯罪小説でしかありませんが、そこにもう一つの思惑が絡むことで、本書がかなり印象深いものになっていました。老いらくの恋と金という魔物に魅入られたアルバート・グレイヴズが、惨めで哀れでなりません。〈もう一人の犯人〉を追ってベティを追いかけたアーチャーに、あまりにもすぐわかる嘘をついてしまうので、裏があるのではないかと読んでいる方も混乱してしまいました。タガートのときと同様、目の前のチャンスに抗えなかったのでしょうか。

 夫捜索の依頼人でありながら最後に妖怪的な顔を見せるミセス・サンプソンも忘れてはなりません。車椅子の当主夫人という黒幕ポジションの人物が、本当に黒幕だったならば作り物になってしまうのでしょう。頭のなかでだけ邪悪なことを考えているからこそです。一人娘のミランダもエキセントリックな魅力はあるのですが、ハードボイルドのヒロインはどうも似たような傾向のキャラクターになってしまうようです。

 ある富豪夫人から消えた夫を捜してほしいという依頼を受けた私立探偵リュー・アーチャー。夫である石油産業界の大物はロスアンジェルス空港から、お抱えパイロットをまいて姿を消したのだ! そして、10万ドルを用意せよという本人自筆の書状が届いた。誘拐なのか? 連続する殺人事件は何を意味するのか? ハードボイルド史上不滅の探偵初登場の記念碑的名作。(カバーあらすじ)

  


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