『ブエノスアイレスに消えた』グスタボ・マラホビッチ/宮崎真紀訳(ハヤカワ・ミステリ1895)★★★☆☆

 『El jardín de bronce』Gustavo Malajovich,2012年。

 原タイトル『青銅の庭』。

 ファビアンとリラのダヌービオ夫妻の関係はうまく行っていません。夫が真剣に向き合おうとしても、妻はギリシアの詩人を持ち出して煙に巻くばかり。そんな折り、一人娘のモイラが、ベビーシッターのセシリアに連れられて友だちの誕生会に行く途中、二人揃って姿を消しました。警察の必死の捜査にもかかわらず、事故か事件か動機さえ不明のままです。

 この最初の100ページが、正直、重い。当然ながら夫妻の会話は心弾むようなものではなく、空疎で辛気くさいものです。もともと妻が精神を病みかけているようなところもあって、娘が失踪してからも、激情やサスペンスが開花したりはせず、ただじりじりと絶望と倦怠と緊張が夫婦を蝕んでゆくのです。

 こんな調子で600ページか……しんどいぞ……と思っていると、何の手がかりも見つけられない警察を尻目に、何と私立探偵が報奨金目当てにみずから自分を売り込みにやってくるという意外な展開が訪れました。この探偵がけっこう陽気な奴で、これまでの重苦しい雰囲気ががらりと変わります。もしかするとこれはエキセントリックな名探偵ものだったのか……?なんて思ったり。実際このドベルティ探偵、かなり有能で、停滞していた捜査がトントン拍子に進んでゆきます。

 ところが、死体も見つかり、ギャングのアジトに乗り込み、娘の生死を知る男からの電話もかかってきて、さてどうなるかと身を乗り出したところ――まさかのデッドエンド。袋小路です。

 そして九年後――。次の章からは時間がそんなに飛んでいるのだから驚きました。なるほど。関係者が死んだことで停滞していた事件が動き出すというわけでした。

 やがてだんだんとピースが嵌ってゆくのですが、なかなかわからないのが動機です。犯人はなぜモイラを誘拐したのか――? ほぼ最後になって明らかになったのは、半端じゃなく気持の悪い真相でした。例えばシリアルキラーだったなら、「犯人」「少女」とカッコにくくって一般化してしまえるからある意味安心できるんです。でもこの犯人の動機は個人的なものでした。個人的ではあっても恨みとかそういった正常の範疇に属するものではなく、飽くまで異常なのが気持ち悪い。度し難い変態です。モイラを薬で縛ってコントロールする手口も卑劣ですし、殺人に用いるのがオリジナル凶器というのがまた、変態度を高めてますよね。。。そして原タイトルにもなっている、「青銅の庭」。一応の解決は見るものの、胸くそ悪い小説でした。

 冬を間近に控えた四月。建築家ファビアンの愛娘とそのベビーシッターは、ブエノスアイレスの地下鉄で突如姿を消した。警察の捜索は遅々として進まず、以前からギクシャクしていたファビアンと妻との関係は悪化の一途をたどるばかりだった。やがて絶望の淵に立たされたファビアンは、バローロ宮殿に事務所を構える曲者の私立探偵の力を借り、みずから娘を探し始める。腐敗した街をめぐり、大河の果ての密林に続く彼の旅路は家族の忌まわしい秘密を明かしていく。スペイン語圏を席巻したアルゼンチンの傑作ミステリ(裏表紙あらすじ)

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