『帝都衛星軌道』島田荘司(講談社)★★★☆☆

 中篇「ジャングルの虫たち」を中篇「帝都衛星軌道」の前後編で挟み込むという風変わりな構成です。「帝都衛星軌道」を読み終えてみると、この構成もなんとなくわからないでもない。衛星軌道をできるかぎり書籍の形で表現しようとしたのではないかと(カバー装丁もシンメトリーっぽいデザインで同じ意図を思わせる)。でもそれなら後編・前編の順番にした方が面白かったかも。読みづらいけど。

 そんなことより、なによりもまず帯がすごい。タイトルより目立つ著者の名前、その上の「正直言って、自信作です。」の文字。笑ったぞ。
 

「帝都衛星軌道」★★★☆☆
 ――紺野貞三、美砂子夫妻から、一人息子の裕司が誘拐されたという通報が入った。犯人からの要求は、妻が一人でコインロッカーに行け、身代金は十五万円。十五万? 警視庁捜査一課の田所たちもこれには驚いた。異例の安さだ。携帯の電源を入れっぱなしにしておけば追跡が可能だし、ピンマイクで会話は拾える。だが犯人は携帯をロッカーに入れさせ、代わりにトランシーバーを美砂子に持たせた。トランシーバーからの命令に従い、美砂子は山手線に乗り込む。捜査員もそれに続いた。トランシーバーの通信可能距離は五キロ。ホシの居所は簡単に割り出せるだろう。誰もがそう思っていた。だが、通信圏を過ぎてからも、犯人からの指示は続いていた。

 島田荘司ひさびさの都市論。なんか懐かしい。島田荘司こういう絵になるロジック・トリックがほんとうにうまい。終盤に出会った初対面の人同士がいきなり都市論を語り合ったりしちゃうのはご愛敬(?)。「ジャングルの虫たち」をあいだに挟み込んだのには、一章や一挿話をまるごと伏線にしてしまう島荘ならではの大胆伏線という目的もあったのかもしれないと、思ったりもする。まるっきり別の中篇で触れられたほんの一部の描写を伏線にしてしまった(考え過ぎか)。

 死刑論も展開されていて、本篇には近年の集大成といった趣がある。死刑論を語るのは死刑囚の知り合いなので、都市論を語るほどには違和感はない。ただね、まるっきりの無罪じゃなくて、一人しか殺していない、というのがあざとい。あざといなんて表現すると怒られるだろうけれど、死刑関係の島荘エッセイとかノンフィクションとか読んだあとなので……。

 ミステリとしてもけっこう大きな謎のある誘拐もの。これはかなり魅力的。でも真相はしょぼい。都市論とからめたトリックなので、単独で評価するのは不公平だし、むしろ都市論を語るためのトリックだとも言えるのだけれど、さすがにこれはあまりにもしょぼい。むしろ、これだけ他愛ない発想を、ここまで魅力的な謎に仕立て上げてしまった著者の手腕に感服すべきか。証拠品の隠し場所にいたっては、やる気がないとしか言いようがない。現実はこんなものかもしれないが。

 前編はスリリングな誘拐ものと魅力的な謎。後編はそれぞれの人生模様。著者は人間ドラマとかファンタジーとかの物語部分に安定した実力を持っていたはずなのだけれど、今回はあまりにもとってつけすぎ且つかっこつけすぎ。息子が理解してくれたとか、貞三が感謝していますとか。美砂子の生活そのものは描かれないから、イメージが立ちあがってこず、あたかも初めから破綻した人格だったかのような不思議な印象を残す。たとえば加納通子がおかしな行動をとるというのは、あれだけこってり描かれるとまあ納得もするのだけれど、美砂子の場合は背景が又聞きとかの間接的な形でしか描かれていないのでいまいちピンと来ないのだ。伸男もなんなんだか……。

 前半の誘拐劇と帝都衛星軌道のイメージは魅力的だった。
 

「ジャングルの虫たち」★★★★☆
 ――自分、平栗修司はもっかのところホームレスだった。倒れたときには病院に運ばれてたらい回しにされた。新聞を読んでいたときのことだった。一人の名前が目に留まった。「軍司純一さん、乱闘死」。あれは確か、二十歳のころだ。自分は軍司と出会い、さまざまなことを教わったのだ。「この七千円をな、一万円に換えてやる」そう言って軍司は近くの食堂に入った。拾った名刺を利用し、団地の家族構成をリサーチし、駐車場から車を失敬し、軍司はさまざまな方法で小銭をかせいだ。

 コンゲーム小説というほどではないような、いまや人口に膾炙しているさまざまな詐欺の手口が披露される。ジャンル分けするなら犯罪小説なのかな。チンピラ社会を舞台にした二者二様の生きっぷり。トリックのあるミステリではないので、こちらの方がバランスはよい。島田荘司浪花節ばんだセンチメントが堪能できる。軍司のノリのよさも手伝ってすいすい読める。ダメ男二人がごみごみした都会で織りなす短い共同生活。傷だらけの天使』とかそんな感じ

 最後あたりにある、病院に対する平栗の怒りの部分だけ全体から少し浮いていた。虫たちのうごめくジャングルの物語で、あそこだけ正義感ぷんぷん。もったいない。回想シーンでも平栗は正義感を発揮するけど、それとこれとは別ですよね。ジャングルの内戦と、ジャングル外への怒りの違いのような。絶望と倦怠の蔓延する都会にうずまく怒りや野心、騙し合い――なるようになるさ、どうにもならないさ――そういう投げ遣り(?)な楽観と諦観が作品全体を覆っているのが魅力的な中篇。
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帝都衛星軌道
島田 荘司著
講談社 (2006.5)
ISBN : 4062134144
価格 : ¥1,890
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