『ミステリマガジン』2006年8月号No.606【幻想と怪奇特集 闇のヒーロー、血のヒロイン】★★★☆☆

 〈幻想と怪奇〉というとどうしてもポケミスやハヤカワ文庫の『幻想と怪奇』を連想してしまうため、近年の『ミステリマガジン』における特集は期待はずればかりだった。今号もそういう点では期待はずれ。でも単行本では刊行されないようなB級作品を掲載するのも雑誌の務めと言えなくもないので、よしとしよう。

「「事件記者コルチャック」興亡史」尾之上浩司
 『X-ファイル』や『CSI科学捜査班』をまったく面白いとは感じられない当方としては、B級テイストを盛り込んだ『事件記者コルチャック』の方が面白そうだとは思う。尾之上氏は「コルチャック関連作品ガイド」なるものまで掲載しており、よほど紹介したかったのだろう。『コルチャック』よりも『ミステリー・ゾーン』を見たくなった。どうも権利の問題で発売されていないようですね……。

「夢想世界のヒーロー&ヒロイン30傑」尾之上浩司★☆☆☆☆
 奇しくも7月のWOWOWではヒロイン特集が組まれていました。幻想と怪奇に限らないのだけれど。ここで紹介されている『バイオハザード』や『ヴァン・ヘルシング』も放映されます。
 

「呪われた空き家」マックス・アラン・コリンズ/尾之上浩司訳(Open House, Max Allan Collins)★★★☆☆
 ――散々だった取材旅行を終えてカフェで朝食を食べていると、不動産屋が話しかけてきた。幽霊屋敷の調査だそうだ。かつて所有者の男が妻と子を浴槽に沈めて殺したあと、故意にか事故か階段から身を投げた。それ以来その家に入った者は、恐怖を顔に浮かべたまま絶命しているのだという。溺死だった。肺からは石鹸水が発見されたそうだ。

 冒頭で紹介されている『事件記者コルチャック』もののトリビュート作品。ベタなハードボイルドとベタな幽霊譚を組み合わせたもので、まぁ……この作品自体はどうってことない。でも雰囲気は伝わる。きっとテレビドラマ版もこんな感じなんだろう。う〜ん、何が近いかなぁ。『あぶない刑事』だろうか。設定を記者にして怪奇現象をからませた。
 

「ある美しい夏の日、彼は……」ロバート・R・マキャモン/尾之上浩司訳(On a Beautiful Summer's Day, He Was/Robert R. MacCammon)★★★★★
 ――少年が歩いている。ジュニアは微笑み、その顔は輝いていた。父親が以前に怒鳴ったことがある。微笑むんだ、ジュニア! 笑えと言っただろうが! エディが呼び止めた。「親父は家にいるのか? このマヌケ野郎! またいかれた人間専門の病院につれてかれたんだろ?」

 『バットマン』の悪役ジョーカーの幼き日、というまたマニアックな作品。個人的には(映画の)『バットマン』シリーズはあまり好きじゃなくて(心に傷を持つダーク・ヒーローという設定と、アメリカン・マッチョ・ヒーローという設定がうまく融合しておらず、喩えて言うなら虐待や暴力に対して人一倍繊細なくせにベトナム戦争的な正義を信じて疑わないような不気味な歪みを感じてしまう。アメコミ版は読んだことがない)、シリーズでいちばん好きなのはジム・キャリー演じる何のバックグラウンドもない愉快犯的怪人だったりするのだけれど、これは名作。

 こんないかれた子どもを、どうしてこんなにも美しい青春小説の形で書けちゃうんだろうなー。やばいですねぇ。感動してる場合じゃないんですよ。殺人犯なんですから。でもマキャモンは、あたかも虫の羽をむしって遊んでいる無邪気な子どもを描いているみたいに、この子を描いちゃうんです。
 

「血まみれの影」ロバート・E・ハワード/尾之上浩司訳(Red Shadows, Robert E. Howard)★☆☆☆☆
 ――ソロモン・ケインは木々のあいだに倒れている少女を見つけた。「なにがあったのか聞かせてくれ」「ル・ルーよ。あいつらが村にやってきたの。強奪し、みんなを殺し、わたしも刺されたの――」不意に少女の体から力が抜けた。ケインは厳しい調子で言った。「こんなことをする連中を生かしておくものか!」

 お気楽なスペースオペラにも似た、超娯楽作。ゴリラが出てきたり呪術師が出てきたりと何でもあり。それがト書きのような飾らない文章でえんえんと綴られる。まさに娯楽大作。いや、読者じゃなくて作者が楽しんでるね、きっと。
 

「ダーク・ヒーローの思い出」菊地秀行★★★★★
 一応インタビューということになっているが、これは対談だろう……。菊地秀行の作品を〈ホラー・ヒーロー〉ものと言われるとしっくりくる。
 

 これにて幻想と怪奇特集【闇のヒーロー、血のヒロイン】はおしまい。
 

「ミステリアス・ジャム・セッション第63回」式田ティエン
 世間的にはどうか知らないが、わたし個人的には、“乱歩賞受賞”とか“このミス大賞受賞”という作品には先入観・偏見を持って臨んでしまう。つまらなそう――と。まあそんなのは偏見だ。
 

「誌上討論/第6回 現代本格の行方」有栖川有栖・羽住典子
 この連載ははたして盛り上がっているのだろうか。有栖川氏の60ページ上段あたりの主張はうなずける。こういう方面からもっと論じてくれるのなら面白いのだが。
 

「今月の書評」など
◆小山正氏が紹介している「モンティ・パイソン幻の映像」が気になる。モンティ・パイソン・レアリティーズ』amazon]。日本版も発売されているようなので、お金に余裕があればほしいのだが。

◆映画化情報は『ダイ・ハード4』である。まだやるのか。始動したという段階で、公開はまだまだですが。

◆三橋暁氏が、前号で小鷹信光氏が紹介していたジョン・エヴァンズ『悪魔の栄光』bk1amazon]を紹介している。「ハードボイルドの定石をも踏まえながら」「種明かしでチェスタトンを連想し、驚いた」などと書かれると、いったいどんな作品なのかと気になる。

◆古山裕樹氏紹介作品は、ウィル・セルフ『元気なぼくらの元気なおもちゃ』bk1amazon]、ディレイニー他『ベータ2のバラッド』bk1amazon]。どちらも既読だが、『ベータ2』を「〈異色作家短篇集〉がお好きな方は、ぜひ本書も手に取っていただきたい」というのは意外な指摘だった。

小玉節郎「ノンフィクションの向う側」
 『動物感覚』グラディン&ジョンソンbk1amazon]。ハヤカワ文庫でもちょうど『動物に愛はあるか』なんてのが発売されているけれど、この作品はそういうよくあるのとはちょっと違う。自閉症である作者が、自閉症の人特有の世界の見え方によって、動物の物の見え方、考え方がわかると書く」のだそう。面白いわいな。

風間賢二「文学とミステリのはざまで」
 『ベラスケスの十字の謎』エリアセル・カンシーノbk1amazon]。ベラスケスの実在の絵「ラス・メニーナス」には多くの謎が存在するのだそうです。その謎を解くミステリ・ファンタジー。どんな謎があるのかがまず知りたい。そのうえ小説も面白ければ二倍うれしい。
 

「隔離戦線」池上冬樹関口苑生豊崎由美
 池上氏は書評の信頼性について。言われるまで気づかなかったが、『ダ・ヴィンチ』はホントひどいな。関口氏は『S-Fマガジン』同様にスタニスワフ・レムについて。『枯草熱』。深いことは考えずに読んでも面白いミステリです。豊崎氏は前号に引き続き「本屋大賞」について。これも言われて気づいたけれど、人気番付でもないのに投票のみによって決める賞というのはヘンですね。
 

◆「チェックリスト&レビュー」にて、ビリー・ワイルダー 生涯と作品』bk1amazon]の出版を知る。雑誌はすみずみまで読むものだね。紹介している南波雅氏に感謝。
 

「MWA賞の映画誌 第49回=2002年」長谷部史親
 『メメント』『バーバー』『ゴスフォード・パーク』『マルホランド・ドライブ』『シリーズ7 バトル・ロワイアル』。候補作だけではなく、名前だけ挙がっている『ドニー・ダーコ』や『ヴィドック』も詳しく書いてほしかった。
 

ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第100回 プロットの優位と記号的キャラクター」笠井潔
 「キャラ」と「キャラクター」の違い。プロットに従属した記号的キャラクターとしての芳子。叙述トリックにも通じる倒錯的な技法を、花袋はどこで学んだのか。ここで黒岩涙香、そして涙香『妾の罪』へと議論を展開させてゆくのは行き過ぎか、はたまたつぼを押さえた指摘か。
 

「英国ミステリ通信 第92回 ダ・ヴィンチ(判事)コード」松下祥子
 イギリス人ときたら(^^)。国民全員でジョークを言い合ってる。

「新・ペイパーバックの旅 第5回=ライス代作説の証明」小鷹信光
 ジプシー・ローズ・リー『ママ、死体を発見す』はライスの代作か否か。真相は永久にわからないのだろうか。
 

「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第20回 谷崎潤一郎「黒白(中編)」」野崎六助
 またなんとも次回が気になる終わり方をしております。

「瞬間小説 34」松岡弘一
 「自殺」「熱心」「青いバラ」「迷医」「罪な女」

「ヴィンテージ作家の軌跡 第40回 レナードの七癖(前編)」直井明
 「十則」の次は「七癖」。レナードが意図したわけではない特徴ということなのでしょう。

「冒険小説の地下茎 第76回 祖国はいずこに」井家上隆幸
 『栄光なき凱旋』真保裕一
 

「漂着」岡野薫子★★★☆☆
 ――一家が浜近くに住んでいた当時、漂着物が亮の宝物だった。人形やおもちゃ、仏像、櫛、ガラス壜……。それを見て父親は苦虫を噛み潰したような顔をした。危険をおかし獲物と互角にわたりあうのが本物の漁師と考えていたのだ。父親が死んだとき、母は亮の宝物を焼いた。歳月が経って、亮は今あのときの母親と同じ歳になり、図書館に勤めていた。図書館をよく訪れる老婦人と話をするうちに、亮は母に燃やされた宝物のことを思い出していた。

 本篇のような話はよくあるパターンなので、他の作品とは違うこの作者らしいところがどれだけ出ているか、ということになると思う。土俗っぽさを土俗っぽく書かない、ファンタジー風。
 

「絞首人の手伝い」(第二回)ヘイク・タルボット/森英俊訳(The Hangman's Handyman,Hake Talbot)
 もういいや。
 

「夢幻紳士 迷宮篇 第6回=死の接吻」高橋葉介

「翻訳者の横顔 第80回 Take Me Out to the Ball Game!」高瀬素子
----------------------------

  ミステリマガジン 2006年 08月号 [雑誌]
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ