『ミステリマガジン』2006年9月号No.607【MWA賞受賞作特集】★★★★☆

 MWA賞受賞作特集。MWAに限らず、○○賞受賞作特集なんてまず面白くないに相場が決まってるのであまり期待せず。

「隠れた条件」ジェイムズ・W・ホール/延原泰子訳(The Catch,James W. Hall,2005)★★☆☆☆
 ――「二百ドル? 冗談だろう。五千くらいが相場だと聞いている。気味が悪いな」「おれをジュネリック薬品だと思えばいい。同じ成分だが値段が安い」メイスンの前に立っている男は証券業者だと言っていた。息子を殺してほしいと依頼に来たのだ。メイスンの条件は、理由を聞かせてほしいということだけだった。

 殺し屋をテーマにした書き下ろし(?)競作アンソロジー収録作ということですが。う〜ん、これじゃあギャグじゃないか……。最終ページ下段の前半にあるメイスンのセリフ、「免許もなく開業したかどで、ぶちこまれそうだな」まではいいんですよ。殺し屋にまつわる異色の人間ドラマみたいで。だけどそのあとが余計。最後の会話があるせいで、ほんとにただの「免許もなく開業」してる人の話になってしまいましたからね。気の利いていたはずの捨てぜりふがギャグになってしまいました。いい話にしようとしすぎて余計な結末をくっつけちゃった感じです。
 

「モンローへようこそ」ダニエル・ウォレス/花田美也子訳(Welcome to Monroe,Daniel Wallece,2005)★★★★☆
 ――七日目の朝、きみは自分が決して見つけてはもらえないことがわかった。クリスマスは目の前だった。知らない人とは決して口をきいてはいけない。だが、彼は知らない人ではなかった。

 『ビッグ・フィッシュ』の作者による、書き下ろしクリスマス・アンソロジー収録作。MWA候補作。よくあることだが受賞作より出来がいい。「きみ」という二人称の小説はこれまでにもいくつか読んだことがあったけれど、本篇がいちばん効果的に使われていた。起こったことはわかってるんだけれど、はっきりとは書かずにほのめかす程度の書きぶりが、「きみ」という人称と相まってサスペンスを高めることに成功している。ミドルネームのP(フィラデルフィア!)が気に入らない「きみ」アリスンは、人に聞かれて「Pは“お節介はやめてください《プリーズ・マインド・ユア・オウン・ビジネス》”のPなの」と答えるような、なかなか魅力的な女の子である。
 

「彼女のご主人さま」アンドリュー・クラヴァン/羽田詩津子訳(Her Lord and Master,Andrew Klavan,2005)★★★★☆
 ――彼女が彼を殺したのは間違いない。ただし、理由を知っているのはわたしだけだ。ジムとスーザンは職場で知り合って、関係を持つようになった。ジムによれば、彼女は乱暴されるのが好きだという話だった。「ちょっと異常だよ」とジムはもらした。その後、スーザンは大型のナイフでジムを刺した。

 危険な女テーマの書き下ろしアンソロジー収録作。どいつもこいつも異常者ばかり。異常者しかいない町なのか、ここは。とはいえこれまた受賞作よりも面白い。悪女と悪男のガチンコ対決。捨て身で快楽を貪り合う異常性愛者たち。食うか食われるか。負けたら死ぬ。どちらが先に切り札を切るか。女が誘う相手を間違えるまで、この破滅型性愛は続くのだろうなあ。ぎらぎら輝いている傑作ノワール。かっこいい。悪女好きなら読め。
 

「ミスディレクション」バーバラ・セラネラ/高山真由美訳(Misdirection,Barbara Seranella,2005)★★★☆☆
 ――彼女はコードネームを与えられた。安全のためだ。同房の殺人犯から、自慢話や打ち明け話を引き出すのが目的だった。翌日、キャスとトリニティが同房になった。最初に会った日には話もしなかったけれど、少しずつ関係を築き上げていった。だが彼女は知らなかった。罠が仕掛けられていることに……。

 思いもかけない結末が待っている、というほどにはひねりがあるわけではない。同房者のスパイをするという話が実は……と思って読むから、意外な結末のように感じられるだけで、むしろ「ミスディレクション」というタイトル通り(つまり予想通り)の結末に収束させる手際を楽しむべき作品かな。意外な結末ものだと思って読むともの足りないけれど、いかにタイトル通りに落ちているかと思えばうまい。これも「隠れた条件」と同じ書き下ろし殺し屋アンソロジー収録作。ものすごい殺人技が登場します。
 

「2006年エドガー賞受賞晩餐会リポート」早川浩
 じじいの懐古趣味なのはいいことなのかどうなのか……。

「翻訳者が語る受賞作の魅力」田村義進・田中一江・駒月雅子
 長篇賞ジェス・ウォルター「市民ヴィンス」、ペーパーバック賞ジェフリー・フォード「Girl in the Glass」、処女長篇賞テリーザ・シュヴィーゲル「Officer Down」。『白い果実』のジェフリー・フォードの邦訳が出ていたってことをはじめて知りました。『シャルビューク夫人の肖像』。ランダムハウス講談社国書刊行会の次回作(貞奴訳のやつ)にばかり気を取られて、他社から新作が出版されるのを見逃していた。『市民ヴィンス』はあらすじを読んだだけではよくわからない。選挙ノヴェル? 『Officer Down』はいかにもって感じの警察小説ですな。

 ◆ここまでMWA賞受賞作特集
 

ミステリアス・ジャム・セッション第64回」伊岡瞬
 最近の国内ミステリの状況(特に新人)はどうなっているのかよく知らない。むかしは横溝賞ってつまんなかったよね。今はどうなんだろう。
 

「映画とミステリ」原りょう×小泉堯史
 原りょうは映画畑出身なんですかね(きっと)。プロフィールくらいつけましょうね、早川書房さん。ヒッチコックが苦手だというお二人の話がおかしい。特に「一回観てこういうことなのかってわかってしまうとね」なんてコメントには、本格ミステリは一度読んだら云々みたいな話を思い出して微苦笑。二度、三度観せようって浅い意図が透けて見える映画もつまらないものです。ていうか、対談の様子がすべて再録されているとしたら、ヒッチコックに対するこの唐突な質問って流れからいっておかしい。さくらでしょ。ヒッチコックを貶させたいだけの。
 

「翻訳者の横顔 第81回 デビューは《ミステリマガジン》」高野優
 『ミステリマガジン』にナルスジャック「贋作展覧会」を訳されている方です。
 

「誌上討論/第7回 現代本格の行方」法月綸太郎・小山正
 ついに真打ち登場か!?と思わせておきながら、法月氏は「電波的に解読する」というタイトルに隠れて、“『容疑者X』は本格か否か”を正面から論じようとしない。まあ本格としては失敗作っていうふうに読めるが。小山氏の方も、有栖川有栖がうまく総括してくれたからとかいって、討論の論点は微妙に避けてます。
 

「日本映画のミステリライターズ」第1回(比佐芳武(1)と「七つの顔」)石上三登志
 多羅尾伴内について。多羅尾伴内って名前だけは知ってるけど、いったいどんな話なのかはまったく知らないんですよね。面白そう、って思ってしまった。「しまった」なんて書くのは、きっと実際に見たらつまらないのだと思うから。
 

「新・ペイパーバックの旅 第6回=二流の大家の値段」小鷹信光
 今回は新訳も出て好調の(?)フランク・グルーバー。グルーバーが二流であることに言われて初めて気づくなんて、よほど偏愛してるのでしょう。チャンドラーもグルーバーも何やってんだか……なエピソードも読めて楽しい。
 

「ヴィンテージ作家の軌跡 第41回 レナードの七癖(後編)」直井明

「冒険小説の地下茎 第77回 国を失った日本人はどこへ?」井家上隆幸
 小松左京谷甲州日本沈没 第二部』。

「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第21回 谷崎潤一郎「黒白(後編)」」野崎六助
 たぶん「黒白」は実際に読んだらつまらない。でも「幻の女」だなんて言われると読みたくもなってくる。めちゃくちゃ面白そうなんである。
 

ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第101回 叙述トリックと解釈の多様性」笠井潔
 内容自体はあまり面白くない。だけど探偵小説が生まれるまさにその瞬間を、これでもかって盛り上げてる感じでわくわくする。

「〈地獄の火クラブ〉探訪記」仁賀克雄 
 

「今月の書評」など
◆映画欄はウディ・アレン『マッチポイント』。

ピーター・ディキンスン『封印の島』が出た。アン・ペリー編著『ホロスコープは死を招く』自体はそれほど興味がないけれど、収録されているピーター・トレメイン「自分の殺害を予言した占星術師 修道女フェデルマのミステリー」が面白そうだ。

◆『怪物の事典』のジェフ・ロビンの『狼男の逆襲』が出た。個人的には怪獣や妖怪は好きなのだけれどモンスターはちょっと……なのだがこれは著者のモンスターに対する愛情が溢れてそうでいい感じかも。ポケミスの新刊はジョン・ボーランド紳士同盟

◆気になっていた二冊が紹介されていた。柴田元幸編『どこにもない国』クリストファー・ファウラー『白昼の闇』。〈晶文社ミステリ〉の消滅を嘆くショート・ミステリ・ファンへの「強力な援護射撃」だとのことで、つまりはいわゆる異色短篇系の作品なのでしょう。『どこにもない国』の方はともかく、『白昼の闇』の方はいずれ文庫化される可能性もあるのが迷いどころ。

◆『ミステリーズ!』に連載されてた『福家警部補』シリーズを読んで、小説で『古畑』をやるのは無理があると感じていたのだけれど、『古畑』ならぬ『コロンボ』だったらしい。いずれにせよ小説だと、警察官が主人公の名探偵ものって違和感あるんだよな……。

小玉節郎「ノンフィクションの向う側」◆
 『アンティーク・カップ&ソーサー』和田泰志。その名の通りの写真集らしいのだが、文化的政治的などなど多角的な分析・解説が読ませるらしい。

◆風間賢二「文学とミステリのはざまで」◆
 『口ひげを剃る男』エマニュエル・カレール。『嘘をついた男』については「百年の誤読 舶来編」か何かで紹介されていたように思う。グロテスクな話だったような。エメの『第二の顔』を彷彿とさせるというのが気になる。
 

「隔離戦線」池上冬樹関口苑生豊崎由美
 今月の池上冬樹は厳しいなあ。正論ではあるんだけどね。それよりも、魅力のない作品に三度も授賞する選考委員にも問題が……。関口氏の述べてることも、わかるわかる。冒険のない冒険小説が多すぎる。豊崎氏の言うのもまあわかる。作品の質よりも政治的目配りの得意な両賞。
 

「瞬間小説 35」松岡弘一
 「目からウロコ」「街のオアシス」「同感」「おあずけ」「泥棒よけ」
 

「英国ミステリ通信 第93回 エルモア・レナード・インタビュー」松下祥子
 レナードのインタビューです。直井明氏が「ヴィンテージ作家の軌跡」で紹介されていることもちょこっと出てきますが、やっぱ生の声はいい。八十一歳で新作かよ……。頭が下がります。タイプライターを使わずに手書きにする理由にこだわりが見える。
 

「隣の窓」小川勝己(連作短篇“狗”第22回)★★★☆☆
 ――また見られている。間違いない。隣のマンションの窓からこちらが丸見えなのだ。いまもまたあいつが覗いているに違いない。なのに見られているとの思いが、嫌悪感と同時に快感を覚えさせたのだ。

 これはないんでないかい。このオタクとおばさんの“取り違え”はなぁ……。チェスタトンあたりが書けばけっこう面白い作品になったかもしれないが、普通に書かれてはほとんどギャグである。もちろん小説としての読みどころやミステリとしての勘どころはほかにいろいろあるので、この“取り違え”だけを持ってバカミスとは一概に言えないんだけれど……。
 

「絞首人の手伝い」(第三回)ヘイク・タルボット/森英俊訳(The Hangman's Handyman,Hake Talbot)

「夢幻紳士 迷宮篇 第7回=思春期」高橋葉介 
------------------------

 ミステリマガジン 2006年 09月号 [雑誌]

 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ