「Judith」A. E. Coppard(『The Collected Tales of A. E. Coppard』より)

「Judith」(1926短篇集『The Field of Mustard』)
 ――これは一介の庶民に対して大きな間違いを犯した貴婦人の物語である。ジュディス・リーワードの夫サー・ガリスタンはアフリカに狩猟旅行に行っていた。ジュディスがサイクリング中に足をくじたときに通りかかったのが、教師のクリストファー・ジョーンズだった。ジョーンズ。ひどい名前。ボーンズ(骨)、グローンズ(うめき)、モーンズ(嘆き)。二人は互いに夢中になった。手紙のやりとりを始めたが、らちのないジョーンズの態度に業を煮やしてジュディスは直接会いに出かけた。それから二人は頻繁に会うようになった。「あなたの名前は好きじゃないわ」「本当の名前じゃない。変えたんだ。本名はデス(死)だよ。きみの名前も好きじゃない」「ジュディスが?」「聖書のユディト(Judith)は、男の首を斬っただろう」「約束するわ。わたしはそんなことしない」

 その夜も、二人は森の中で忍び会っていた。誰かに見られた気がして見回すと、走り去る人影が見えた。「大丈夫、あんなに遠くでは気づかれてない」そのまま二人は別れた。三日後、ジョーンズは殺人容疑で逮捕された。
 ――以下ネタバレにつき伏せ字――

 森の中で女の死体が見つかったのだ。女と一緒に森に入るジョーンズの姿が目撃されていた。ジョーンズが無罪であることを、ジュディスは知っていた。一緒にいたのはジュディスなのだ。けれどジュディスは名乗りでなかった。彼もまた誰といたのかを明らかにはしなかった。ジュディスは苦しみのあまり寝込んでしまい、死刑の執行日に医者への書き置きを残して毒をあおった。

 「こうするしかありませんでした。あのひとは無罪です。わたしのお腹には子どもがいます。夫は何か月も留守中なのに。あのひとは公判中にわたしのことをしゃべりませんでした。でもそれはどうでもいいことです。わたしの名誉はわたし自身のものです。これがわたしにできる唯一のことです。必要な手続きをお願いします」

 医師は困惑した。「ヒステリーだ」とつぶやいて手紙を燃やした。医師は夫に連絡しようとしたが無駄な試みだった。サー・ガリスタンはアフリカマラリアにかかって死んでいた。ジュディスは二、三週間して快復した。医師手紙のことをたずねた。何の手紙? 医師は話題を変えた。医師はジュディスのことが好きだった。お腹に子どもなどはいないことも間違いなかった。きっといつか、二人は結婚するだろう。
 

 コッパードの作品にはいくつかのタイプがあります。日本でもっとも知られているのは幻想小説でしょう。幻想小説のなかでも、幻想的な恋愛小説・幻想的な宗教譚・幻想的な怪談などテーマごとに細別することができますが、煩雑になるので省きます。他のタイプには恋愛小説。そして、『The Collected Tales of A. E. Coppard』に収録されている作品を読むかぎりでは、いちばん多いのがプロレタリアっぽい問題提起とかさまざまな人生訓を描いた作品です。コッパードの宗教観はけっこう複雑であるらしく、それが反映された作品も多くて読むのがしんどかったりします。本篇もこのタイプの作品であることには間違いはないのですが、恋愛が主体になっている分、この手の他作品よりは読みやすくわかりやすいと感じました。

 そうはいっても、最後にいきなり出てきてすべてをかっさらってしまう医師の存在にはあっけにとられます。夫が死んでいたという事実がわかった段階で物語が終われば、よくある「すべて知っていれば」パターンなのですが、すべてをなかったことにしてしまうようなこの医師の存在はいったいなんなのでしょう。真実・誠実・矜恃・階級と名誉の物語かと思いきや、漁夫の利の物語。ジュディスとジョーンズの名前が重要な作品だから、医師の名前Paton Copeにも何か意味があるのかと思って調べたのだけれど、それらしいのは見つからなかった。

 医師自身はスキャンダルをもみ消しただけ、庶民の命より名門の体面を重要視しただけであって、自分が利益に与ろうとは思ってなかったわけですよね。

 Heaven Only Knows. 人間がじたばたしたってどうにもならないってことですか。
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 The Collected Tales of A. E. Coppard

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 出版社が違うところを見ると、wilder 手持ちの本とは収録作も違うかもしれない。


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