「A Change of Ownership」L. P. Hartley(『The Complete Short Stories of L. P. Hartley』より)★★★★★

「A Change of Ownership」(1929初出,1948短篇集『The Travelling Grave』)
 ――自動車が走っていた。「ここかい?」ヒューバートがたずねた。「もうちょっとだよ」アーネストが答えた。家のシルエットが見えたところで車を停めた。「あの家に一人なのか?」「ある意味ではね」「へえ、どんな意味だよ、ロマンスかい?」「ああ、いや、朝になると掃除婦が来るってことだよ」「使用人はどうした? あの可愛い子ちゃんと一晩すごすんだろう?」「みんな休暇中さ。思ってたより早く帰ってきちゃったから」

 車が走り去り、アーネストは門をくぐった。芝生が広がっている。ジュースでもこぼしたのように黄ばんでいた。新しい所有者はそんなことは気にしない。「ポールキンは芝を刈るのがたいへんだろうな」と思うだけだ。いままでずっと狭くて不快な部屋で暮らしていた。寝室を三、四人で、ときにはベッドさえ共有していた。嬉しいことに、こんな大きな家に帰ってきて三、四部屋から好きな場所を選べるのだ。

 ドアの取っ手を回した。開かない。反対に回してみた。びくともしなかった。何度か試してみた結果、内側から鍵がかけられているのだとわかった。だが誰が施錠したのだ? この家を好ましく思っていない人間がいるのだろうか? 物置の窓から入ることが出来そうだった。だがまずはベルを鳴らしてみた。答えはなかった。警官だったならこのような場合、窓を確かめるだろう。呼びかけても返事がないなら、小石を投げて知らせるはずだ。ベッドから這い出した声がする。「何事だ?」「何も。ただ窓が開いているだけです。泥棒に入られたくなければ閉めることですね」
 
 ――以下ネタバレにつき伏せ字―

 台所にまわってみた。窓サッシと溝のあいだに隙間がある。ナイフをすべらせて持ち上げた。六インチほど持ち上げたとき、一つの手が――サッシの真ん中をつかんだ手が窓を引き下ろした。

 アーネストは叫びをあげて飛び去った。窓がゆっくりと閉まる。手は消えていた。窓の清掃人だとしてみよう。清掃中に子どもが悪戯を思いついたのだ。子どもというのはそういうものだ。こういうときはどうすればいい? 悪戯小僧は清掃のあいだ妹のために寝床を整えているだろう。

 動物のようにうずくまって壁にぴったりとはりつき、居間の窓敷居の下までたどりついた。膝をつき、肘で支えて起きあがった。見下ろすと、手があった。両手とも。そしてブラインドの向こうには顔があった。

 アーネストスレート屋根によじ登った。煙突掃除人になら簡単すぎる仕事だろう。だが気分が悪くなった。強制的に財産から引き離されたなら、その財産はどうなるのだろう? 財産を取り戻すためにどんなまっとうな手段を取ったとしても、責められるばかりで喝采を浴びはしないのだろうか?

 今までの窓より簡単に開いた。ブラインドが上がった。そこに新しい所有者が立っていた。アーネストは彼を見つめた。お金を手にした貧乏人の顔だろうか? 家を手にした臆病者の顔か? あるいは警官の、清掃人の、石炭運びの、煙突掃除人の? そのすべてであり、しかもその本質は変わっていなかった。それはアーネスト自身の、憎むべき、殺人者の顔だった。

 翌朝、掃除婦がやってきたとき、ドアが開いていることに驚いた。あきれたことに窓も開きっぱなしだった。物置はほこりだらけだったが、そんなことにも気づかないほど見慣れぬ光景があった。窓の近くに四つの跡がついていた。部屋の方を向いた指のあとが残されていた。反対側には膝のあとが残されていた。パニックに陥って掃除婦は叫びだした。「アーネストさん、アーネストさん!」答えはない。アーネスト氏の部屋に飛び込んだが、中は空っぽだった。
 

 L・P・ハートリイの名は日本では「ポドロ島」「エレベーターの人影」「終末の客(W・S)」などの短篇でおなじみでしょう。大好きな作家ですが、イギリスの文学者らしく、文章が端正で語彙がひねてます。シャーロット・アームストロングのようなアメリカのサスペンスを読んだあとだと、これが同じ英語かよと思うほどでした。チェスタトンみたいにまどろっこしくはなくて、むしろわかりやすい文章だと思うのですが、読んだ順番が悪かったかな。まあこの作品は語りもちょっと凝ってるけど。

 むちゃくちゃ怖い話です。手が出てくるあたりの怖さはあの「ポドロ島」にも劣らない。もともと主流文学者だけに、冒頭の普通小説っぽい雰囲気が抜群にうまい。うまいといえば、中盤でいきなりショックを与えておいて、あとは徐々に徐々に恐怖を高めていく、いってみれば二段構えの怖さもうまい。

 「ペンの間違いで他人のものになった」財産を取り戻すために「まっとうな手段を取った」「殺人者」。

 彼はそもそも初めからいたのだろうか? 「彼」と「新しい所有者」という二種類の主語が二重写しになって眩暈を起こす。しかもアーネストには空想癖があって、それが地の文と地続きに重なっているので、眩暈は三重に広がる。さらに回想も加わって四重写しに。

 “罪の意識”を、“「新しい所有者」に取り憑かれる”という形で描いたのが面白いし、“憑依”の描かれ方も“自分に取り憑かれる”というのがユニークでした。
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