「生きている脳」★★★☆☆
――死にかけている彼の病室の中は、今、叫び声であふれていた。「あの家はわたしのものです」「だまれ。だまれ。おまえなんかに」彼は医者に泣きついた。「先生。わたしが死んだら会社も財産も競走で食いつぶされてしまう。助けてください」
『夜を走る トラブル短篇集』に入っていた「タイム・マシン」もそうなんだけど、SFのパターンをリアルにつきつめて考えるとこうなってしまうという、著者の鋭さを知る一篇だと思う。
「肥満考」★★★☆☆
――ああ、ああ、ああ。またふとっちゃった。どうすればいいの。この間、しばらく断食していたら、講演会場でとうとうぶっ倒れちゃった。「赤坂女史、断食で卒倒」なんて週刊誌に出ちゃうし。
筒井康隆お得意の、ちょっとしたことを極端に誇張させつつ、妄想が突き進んだ人の止まらない暴走を描いたホラー?ドタバタ?。前半部分の、何にでもやっかみを持ってしまうひがみ癖の細かいところがおかしい(^^)。
「ふたりの印度人」★★★★★
――準急停車駅で、ふたりの印度人が乗ってきた。頭にはターバンを巻き、上半身は裸だった。私は彼らをじろじろ見つめていた。やがて彼らは私の方を見た。私はあわてて眼をそらした。だが印度人たちはじっと私を見つめていた。
インド魔術をサラリーマンの日常にひょいと持ち込むとこうなる。うまい、うまい。理由がないから怖い、とも言えるし、インド魔術なんだからこうなんだ、とも言える。絶妙。
「池猫」★★★★★
――わたしが小学生の頃だった。家には数匹の猫がいて、近所からは猫屋敷などと呼ばれていた。つぎつぎと子猫を生むので、捨てに行くのはいつもわたしの役だった。
「池猫だ!」のセリフに、楳図かずおの漫画を連想してしまった。見開いた目、大きく開けて皺の寄った口元、おどろおどろしい吹き出し。怖いような、笑えるような。
「二元論の家」★★★☆☆
――五十嵐教授は淡々とした口調で講義を続ける。藤尾は、どううやって教授に話をきり出そうかと考え続けていた。何といっても智恵子は教授の一人娘である。岸沢は上の空だった。どういうふうに教授に話をきりだそうかとあれこれ考えていた。
筒井の類似作品のなかではそれほど抜きんでているわけではない。あれこれ理屈をつけたあげくにそれかい、という面白さはあるが。
「星は生きている」★★★★☆
――この星は人跡未踏だった。宇宙船は地表に到着した。三センチばかりの草を引き抜いた。「これは植物じゃない。動物の毛だ」「そんな馬鹿な」
異世界が舞台だと、説明だけで文章を費やしかねないところなのに、これだけスピーディかつコンパクトな作品になっているだけでもたいしたもの。オチがもぞもぞするようでおぞましくて好きではないのだが、それを差し引いても◎。
「さなぎ」★★★☆☆
――「親父を怒らせてしまった」「あんた、さなぎにされるよ」「こいつ、親に口答えしたのは初めてなんだから大丈夫さ」「どうだか。最近の親ってのは叱り方を知らないの」
サラリーマンとか団塊世代とか中間管理職とか居場所のない中年親父とかのコンプレックスをねちねちと書き込むのも筒井作品にはよくある。この手の作品は読んでどんよりするから嫌だ。
「大怪獣ギョトス」★★★☆☆
――「さあて皆さま!」サーカス団長は、今こそと声をはりあげた。「いよいよ最後の番組、当サーカス最大の呼びもの、大怪獣ギョトスの登場でございまあす!」
新発掘短篇。長々とした前説に尽きる。いかにもサーカスらしい煽りに、単純なオチ。
「我輩の執念」★★★☆☆
――公団住宅に当たった奴はよほど運のいい奴だ。おれなどは当たったことがない。落選通知のハガキをかぞえてみたら、五十三枚もあった。
サラリーマンの悲哀。公団住宅を小説にしようなどと思った人が未だかつていただろうか。宝くじに当たるとか大金持ちになるとかではなく、公団住宅の抽選が一番の重大事という妄念を笑えるような憐れむような。
「到着」★★★★★
――とつぜん地球が、なんの前ぶれもなく「ペチャッ」という音をたてて潰れた。
ありそうで怖いな。考え出すと眠れなくなる。
「たぬきの方程式」★★★★☆
――「そこに隠れているな。出てこい。人間の形をとってあらわれる限り、密航者として宇宙艇からおっぽり出す」「どういうこと」「よく化けたな。だがタヌキはタヌキの姿であらわれればよかった」
何がどうホラーなのかと思っていたら、これは怖い。ここまでのなかでは一番怖い。生々しい怖さ。狸は化けるという“伝説”だけが文字どおり伝説として残っている未来という設定も面白い。SFではお馴染みのチューリング・テスト的状況を、へんてこりんなアイデアの設定で書いてしまった。
「お助け」★★★★☆
――彼には、時間の経つのがのろくなったとしか思えないのだ。どうしてみんな、あんなにノロノロ動きまわり出したのだろう。さらに一週間。彼と世間とのテンポの差は、加速度的に大きくなって行くばかりだった。
またこういう生理的に顔をしかめたくなるような(>_<。)「小さい時から、無神論者」という設定があざとく余分に思えてしまえるくらい、インパクトのある嫌らしい怖さだった。
「穴」★★★★☆
――精神病院の仕事は単調きわまりなく、言語障害の患者に早口言葉をさせるくらいしか気晴らしがない。パラノイヤがまた穴を掘って宝箱を探していた。さっきからコルサコフという渾名の患者が見あたらない。脱走したとなるとまた父から小言をくうに決まっている。
頭がこんぐらかる(*_*)。世間すらまともじゃないからますますこんがらかるのだ。ヘンな人たちがひたすらヘンなことに遭遇するので、そういうおバカな奇談が好きな人にはお薦めだ。奇想天外とか法螺話とかではなく、微妙にずれて底が抜けてる。
「怪物たちの夜」★★★★☆
――ベンチには二人の男がすわっていた。やせた男が小肥りの男の顔を見た。「警察の方ですね?」「ほう……」小肥りの男は口から大きく煙をはき、顔をかくした。「どうして?」「わかりますよ」「強盗殺人の犯人を追っているんです」
『怪物くん』を思い出したな。こんなやつらがいっぱい登場する。読んだ瞬間、あの絵を連想し、それからも藤子不二雄の絵しか思い浮かばん。
「くさり」★★★★☆
――テオが、いなくなってしまった。今までに、猫を何匹飼ったことだろう。いつも、一週間ほどでいなくなってしまう。昨夜は、いつも地下室から断続的に聞こえてくる、あのくさりの音が、普段より大きく響いていた。
ゴシック・ホラーですなあ。思えば鎖の音ってホラーには定番だな。定番の設定を特化させてとんでもない傑作になった。何しろ音だけなのだから。あげくに耽美。狂気。耽美。狂気。流れる髪が圧倒的におぞましくて美しいね。
「善猫メダル」★★★★☆
――「やっと、奈奈がメダルをとったよ」優良猫鑑定委員会から送られてきた鑑定書と善猫メダルを見せ、おれは妻や子供たちにそういった。なにしろついこの間までは野良猫がふえて大変だった。
タイトルにだまされたぁ(^^)。あっさりとまあすごい話を書いてくれるわ。諷刺というか比喩のレベルをたった一行でシフトされてしまうので、読んでる方はついていけなくてうわぁとのけぞる。
「「蝶」の硫黄島」★★★☆☆
――「武田先生、このかたは矢萩さんとおっしゃって、戦争中にですね、栗林兵団におられたんですよ」「えっ。すると、あの、やっぱり硫黄島に」「はあ。生き残りでございます。曹長殿は二十九日には、やはり南海岸に?」
戦争しか誇れるもののない老人と、平和ボケした若者。そりゃあ老人たちにはツッコミを入れたくなりますよ。経験を未来につなげないのでは平和ボケした若者と大差ないもの。しかし何も考えず戦うのみという場面になると若者は役に立たず老人たちは途端に活気づくのだ。
「亭主調理法」★★★★★
――夫はまだ帰ってこない。結婚してまだ一ヵ月にしかならないというのに。男って、なんて勝手なんだろう。足音が聞こえてきた。彼だわ――わたしは立ちあがる。
ぶわははは(≧▽≦)。こんな荒技を。いや、むしろ基本技か。これは読んでもらうしかない。
「アフリカの血」★★★☆☆
――これからどこへ行こう。金づるといえるのはファッション・モデルの竜江だけだった。しかし、アパートへ行くのはいやだった。竜江に嫌われたくなかった。だが、よくない噂を耳にした。竜江が三井とつきあっているという噂だった。
都会のジャングルを疾駆する物語も、シリアスに書けば「アフリカの血」となり、ドタバタで書けば「肥満考」になる。「巨大な野獣」とかあたりがはたしてシリアスかと言われると違うような気もするが、部族の守護神が出てくるところなどは伝奇好き幻想好きのわたしとしては大いにうれしかった。
「台所にいたスパイ」★★★★☆
――おれはすぐにラジオのスイッチを入れた。台所に取りつけた盗聴用マイクに入る物音を受信できるのだ。女房が息子におれの予定を探らせたのだ。これはちと、厄介なことになったぞ。家の中は四面楚歌だ。
いくらスパイだからって、KGBとかMI6とかCIAとかを平気で出しちゃうんだものなぁ(^_^)。このやりたい放題なところがいい。どうせなら忍者とかが出てきてもよかったのに。無茶苦茶かげんに大笑いしたあとの最後の場面にぞっとする。
「サチコちゃん」★★★★☆
――サチコは、こわいこわい夢を見ました。お墓のなかにおかあさんが立っていました。あまりのこわさに、サチコはいっしょうけんめいに逃げだしました。おかあさんがおいかけてきます。手には鋏をもっています。
子どもの夢の話だから基本的にひらがななのに、「鋏」だけは漢字なのがくっきりと浮かび上がって怖いです。作品自体も、お伽噺みたいな、すべては夢でした……みたいな口調で書かれているからいっそう怖い。夢であってほしいけどね……。
「鍵」★★★★☆
――青春の残滓というやつは次から次へと湧いて出てくる。原稿ができたのでおれは眠りに陥った。だがこんな寒い社屋で寝ることはない。すぐ近くに自分の昔の家があったではないか。ところで。はて。あの家の鍵を持っていたっけ。ポケットをさぐると、別の鍵が出てきた。
最後の最後に怖いのが待ってました。うわあ。魅入られてしまった。。。嫌だなあ。こういう怨念系の恐怖は嫌じゃ。鍵から鍵へ転々とする、何が飛び出すかわからない“開けてびっくり”的な怖さなのかと思っていたのに、こう来ましたか。ロッカーの弁当とか縁の下のお玉じゃくしとか、作品中にちょろちょととグロテスクな恐怖が散りばめられてはいるんだけれど、やはり最後のが強烈であった。
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