『みんな行ってしまう』マイケル・マーシャル・スミス/嶋田洋一訳(創元SF文庫)★★★☆☆

 タイトルが気になって購入。表題作はそれほどでもありませんが、「地獄はみずから大きくなった」「あとで」「猫を描いた男」は傑作だと思います。
 

「みんな行ってしまう」(Everybody Goes)★★★☆☆
 ――きのう男を見た。ぼくはマットとジョーイと三人で荒地から戻るところで、荒地で蜘蛛を見つけたジョーイがそれを猛毒の黒後家蜘蛛か何かだと思って、でもそれはただの蜘蛛で、だからジョーイのことをばかにしてたら、その男がいたんだ。

 特に輝いてもいない、美化されていないほんとうにごく普通の男の子たちの日常だからこそ、しみじみと来ます。
 

「地獄はみずから大きくなった」(Hell Hath Enlarged Herself)★★★★☆
 ――そもそもはわたしにも事件の責任があったのだ。友人のフィリップとレベッカ、それにわたしは、ナノテクで作り出された生物学的な小さな“機械”を人間の体内に入れて、いろいろな仕事をさせようという研究をしていた。

 致死のウィルスが――とったパターンでありながら、ナノテクと心霊という意表を突いた組み合わせによる終末が待ち受けていました。責任の上からも感情の面からも一人で背負わざるを得ないだけに、漂う終末感の重みもひとしおです。
 

「あとで」(Later)★★★★☆
 ――アパートメントを出たときには、わたしのほうが引き留めようとしたくらいだ。「あとで、たっぷり時間をかけてね、あなた」と彼女は笑みを見せてそう言った。そのとき黄色いバンが角を曲がってきて、彼女をはね飛ばした。

 巻頭からずっと喪失感を描くのがやたらと上手い作家です。失ってしまったものをどうにかして取り戻したい――生死にかかわらず……ホラーや狂気になってしまいかねないところをぎりぎり一歩手前で踏みとどまっているのは、主人公が語る狂人めいた理屈があまりにも理解できてしまうからでしょう。
 

「猫を描いた男」(The Man Who Drew Cats)★★★★☆
 ――トムは噴水のそばに座って絵を描き、観光客は何時間もそれを見物する。彼は生き物を描いた。チョークで石畳に絵を描くときには、決まって猫を描いた。幼い子供たちは母親が買い物をしている間、それを眺めていた。そんな子供たちの中にビリーもいた。母親のメアリーはときどき目のまわりに痣を作っている。

 世界幻想文学大賞受賞作。話自体も地味な作品だし、中心となるアイデアも珍しくないものなのですが、クライマックスで描かれる具体的で詳細な悲劇の描写に、静かな恐怖を覚える作品でした。
 

「バックアップ・ファイル」(Save As...)★★★☆☆
 ――妻と息子の身体を前に、医者が無言で首を横に振った。わたしはセイム・アゲイン社に向かっていた。家に入ると、妻のヘレナが映画を見ていた。「いい映画だ」「かもね」。「パパ!」という声がして、振り返るとジャックが飛びついてきた。

 バックアップしていたデータにエラーが……。読み取り自体ができなくなるとか人間ですらなくなってしまうとかに比べれば性格が変わる程度なんて可愛いもの――に初めは思えたのですが、姿が同じなのに中身が違う方が残酷かもしれません。
 

「死よりも苦く」(More Bitter Than Death)★★★☆☆
 ――ぼくは緊張して簡単なショットをミスしてしまった。理由の一つは隣のビリヤード台にやってきた女の子だった。

 初めのうちからちょこちょこと「たいていの人の目の近くに何らかの傷がある」だとか「ぼくは理解が早い。学習能力が高いんだ」だとかいう幼稚でおかしな発言をしていたので、萌芽はあったのですが……。
 

「ダイエット地獄」(Diet Hell)★★★☆☆
 ――発端はジーンズだった。おれはウェスト三〇なんだが、その店には三二しかないというんだ。するとどうだ――ぴったりだったんだ。だが走るなんてばかばかしいじゃないか。

 なんでそうなる(^^;。ほかのどんなことよりも運動だけはしたくないという考えに凝り固まっちゃった人の話ですが、「ダイエット地獄」というタイトル通り、減量の苦しみを味わったことのある人には笑い事ではないのかも。
 

「家主」(The Owner)★★★☆☆
 ――音が聞こえて、ジェーンはベッドを抜け出した。テレビがついていた。デスクの前に男が座っていた。ジェーンはうなじの毛が逆立つのを感じた。「何のつもり? 誰なの?」「テレビを見ている。家主だ」「何を言ってるの。家主のジラックさんは今ベルギーよ……」

 職場でストレスにさらされたOLが狂気に見舞われてゆき……「死よりも苦く」から次の「見知らぬ旧知」まで、さまざまな形で精神が病んでいる人間が描かれています。
 

「見知らぬ旧知」(Foreign Bodies)★★★☆☆
 ――スティーブから、おれとモニカがいっしょに出てこられないかと誘われた。ダブル・デートをしたいという話だった。当日、タムシンがこっちを振り向いた。その顔を見た瞬間におれの心臓は停止した。タムシンとは前に会ったことがある。そのときの名前はタムシンではなかった。

 存在しないはずの女が実体を持って現れた、というよりは、語り手の妄想(と女の魂)が現実の女に重なった(取り憑いた)という感じの、「見知らぬ旧知」という何ともつかない不思議な女性が印象的です。
 

「闇の国」(Tha Dark Land)★★★☆☆
 ――ひさしぶりに実家に帰ってきたおれは、部屋の模様替えをしようとしたが……。部屋はごみだらけになり、視界はゆがみ、スーツ姿の男と金髪の男があらわれて理不尽な行動を取り始めた。おれは逃げだそうとするが……。

 世界幻想文学大賞受賞作。間違った入口から入ると間違った世界に囚われる、という単純なルールと、その世界で起こる意味も理由も一切不明の悪夢の、コントラストに恐怖があおられます。こういう単純なルール設定は、人が追いつめられるホラーには向いています。ドアは横にあるのに前を向かないと見えない、というのはどこかで聞いたことがあるような話ですが、やはりちょっと怖い。
 

「いつも」(Always)★★★★☆
 ――もうすぐクリスマスだというのに、母親はもういない。毎年、父が包んだプレゼントには、紙の折り目がどこにも見当たらなかった。二人は長いあいだ母の思い出を語り合った。

 異色作家短篇集にあたりにでも収録されていそうな、奇妙でハートウォーミングな奇譚。不気味と不思議の境目の、ちょっとだけ不思議寄りの作品です。
 

「ワンダー・ワールドの驚異」(What You Make It)★★★★☆
 ――リッキーはよさそうな女の子を見つけた。「これからワンダー・ワールドに行ってみないか?」老人たちのための、管理されたコミュニティ。身を守る力はなく、金は持っている。子供を連れてドアを開けさせてしまえば、あとは何でも盗み放題だ。

 カトゥーンやテーマパークの世界を悪夢として再現している、考えようによっては相当に意地の悪い作品。リアルに現実化されると、これだけ不気味で恐ろしくなるのですね。ピエロの怖さに似ているような気もします。犯罪小説に始まり、ホラーを経て、なぜか夢のあるような結末になっていますが、あまりにもホラー部分が不気味すぎて、結末部を読んでもまったくほんわかできませんでした。

  


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