『ぼぎわんが、来る』澤村伊智(角川ホラー文庫)★★★★★

 ぼぎわんと呼ばれる化け物がやって来る――。本書を大きく貫いているのは、タイトル通りの物語です。ですがそこにさまざまな工夫が凝らされていました。

 読み進めていくと、ある人物がサイコパス(と断言してしまいます)であることがわかるようになっています。ところが当人には自覚がなく、だからこそその人物の一人称が成立しているのですが、これが怖いのは、こういったサイコパスが現実にごろごろいるところです。もちろん現実の同タイプの人に会ってもサイコパスだとまでは思いません。現実には他人の心の中など覗くことなどできませんが、もし任意の二人の心を覗いてみたならこれほどの断絶があるのかも――と思わせる、二人の一人称による対比が活きていました。

 民俗学的な考察が豊富に書き込まれているのも特徴です。単なるペダントリーではなくぼぎわんの謎を解く鍵となっていて、少しずつ真相に近づいてゆくサスペンスがたまらないのですが、これが真相に合わせて拵えたご都合主義などではなく、いかにもそれらしい真実味に満ちた説得力がありました。著者の創作のなかに混じって、鏡や刃物や名前を呼ぶ行為といった、広く知られた怪奇ガジェットがまぶされているのが理由でしょうか。

 そして最後には、ここまでの作風を裏切るようなゴースト・ハントものになるのです。それが安っぽくならないのは、この時点ですでに上記のようなさまざまな意匠に裏打ちされているからでしょう。対決場面を読んでわたしは藤田和日郎の漫画を連想しましたが、悪人を前にしたホームズでもなくドラキュラを前にしたヴァン・ヘルシングでもなく、藤田和日郎の漫画だからこそ、よりいっそう劇画的でけれんのある魅力が際立っているのだと思います。化け物との対決のなかで、口だけの化け物という事実が登場人物のある特徴やぼぎわん伝承ときっちり噛み合い、ホラーでありながらきっちりと腑に落ちる満足感も得ることができました。

 “あれ”が来たら、絶対に答えたり、入れたりしてはいかん――。幸せな新婚生活を送る田原秀樹の会社に、とある来訪者があった。それ以降、秀樹の周囲で起こる部下の原因不明の怪我や不気味な電話などの怪異。一連の事象は亡き祖父が恐れた“ぼぎわん”という化け物の仕業なのか。愛する家族を守るため、秀樹は比嘉真琴という女性霊能者を頼るが……!? 全選考委員が大絶賛! 第22回日本ホラー小説大賞〈大賞〉受賞作。(カバーあらすじ)

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