『スタートボタンを押してください ゲームSF傑作選』D・H・ウィルソン&J・J・アダムズ編(創元SF文庫)★★★☆☆

 『Press Start to Play』Ed. by Daniel H. Wilson and John Joseph Adams,2015。

 原書収録の26編から12編を厳選したもの。
 

「リスポーン」桜坂洋(2015)★★★★☆
 ――おれが牛丼屋でバイトをしていると、強盗が現れた。大男の客が正義感を起こした。怯えた強盗が包丁を振り回す。おれの首に熱い衝撃が走る。気づくとおれは包丁を手におれの死体を見下ろしていた。おれは、おれの中身が入れ替わっていると主張したが、反省の色がないということで三十年の刑を食らった。殺されたおれの方の両親も厳罰を望んでいたそうで、おれにとっては不都合な話なのだが気持ちがうれしくて涙が出た。

 リスポーンとはゲームオーバーになったキャラクターが別の地点から再スタートすること。ゲームそのものではなく、そんなゲームのような体質を持つはめになってしまった男が主人公です。精神の引っ越し先の他人もまた、大量生産品に囲まれて働く、大量生産されたワン・オブ・ゼムであったようです。
 

「救助よろ」デヴィッド・バー・カートリー/中原尚哉訳(Save Me Plz,David Barr Kirtly,2007)★★★☆☆
 ――メグはデボンと四ヵ月話をしてなかった。それでもまだ会いたい気持ちがあったので、メグは鞘に収めた剣を後部座席に放り込んで寮がある大学のキャンバスに向かった。大学をやめたというデボンと話をするために、メグは大嫌いだったゲームを買った。オンライン上でデボンを見つけた。「助けてくれ、動けない、頼む、救助よろ」返事は途絶えた。

 ファンタジーゲームにはまって「王子になるんだ」とのたまう彼氏のインパクトが絶大でした。剣を持ち歩いていたり主人公の耳がとがっていたりと、舞台は現実のはずなのに妙に違和感があり、これでゲームの世界が現実になったという設定……だったならくだらなさすぎることろでしたが、現実世界に紛れ込んだゲームの道具を用いて理想の世界を作りあげようとする遠大な計画には笑っちゃいました。彼氏にとっては理想郷なのかもしれませんが、そりゃ一般人にとっては「救助よろ」に決まってます。
 

「1アップ」ホリー・ブラック/中原尚哉訳(1Up,Holly Black,2015)★★★☆☆
 ――ゲームで人が死んでも、ボタンを押せば生き返る。ソレンとは死ぬまで一度もじかに会ったことがなかった。先週、彼からメッセージが届いた。「葬儀に来て。かならず」。わたしたちは三人でソレンの家に行った。何とはなしにソリーの寝室に入ると、トードがコンピュータのスイッチを入れた。保護者制限がかけられていた。「猶予は五時間、USBメモリを取ってここを出ろ。彼女に見つかるな」

 継母に殺されそうになっていたことを示唆する死者からのメッセージという趣向がわくわくします。著者はYA畑の人間ということで、さもありなん。出来すぎのきらいはありますが、いくつもの手がかりから思いも寄らぬ真相にたどり着くのは爽快でした。
 

NPC」チャールズ・ユウ/中原尚哉訳NPC,Charles Yu,2015)★★☆☆☆
 ――第六衛星基地。イリジウムだ。今週はついてる。下士官が浮上パッドに乗って浮いている。ひっぱたいてやりたい。ひっぱたく。騒動になる。基地へ連行される。長い廊下を歩かされる。この男がそうなの? 女に軽蔑的に言われてとろけそうになる。恋に落ちたのかもしれない。うまいこといっている。昇進し、銃をもらえる。HPも設定される。

 タイトルのNPCとはノン・プレイヤー・キャラクターのこと。現実をゲームになぞらえてゲーム用語で語っているだけの内容に思えます。
 

「猫の王権」チャーリー・ジェーン・アンダース/中原尚哉訳(Rat Catcher's Yellows,Charlie Jane Anders,2015)★★★☆☆
 ――プラスチック製の猫の頭にはあちこちに光り物がついている。口はタッチスクリーンになっている。RCYに罹ったパートナー・シェアリーのためにグレースは認知症患者用のゲームを買った。初めは「なんだ、このガラクタ」と言っていたシェアリーも、やがて王国を運営し始めた。ゲーム大会の主催者からメールが届いた。シェアリーのゲームの才能を見込んで、RCY患者が参加する大会に出て欲しいという。ほぼ素っ裸で粗相をするようなシェアリーが。

 コミュニケーションの手段は通常使われる言葉だけに限らないですし、障害のある人が特定の才能を発揮するというのも『レインマン』というフィクションの例を引くまでもなくよく知られた話です。架空の病気と架空のゲームが扱われてはいますが、描かれているのは介護が必要になった家族との生活という切実な問題にほかなりませんでした。
 

「神モード」ダニエル・H・ウィルソン/中原尚哉訳(God Mode,Daniel H. Wilson,2015)★★★☆☆
 ――なにもかも忘れてゆくなかで、一つだけ不変のものがある。彼女の名はサラ。それだけは忘れない。僕は二十歳。大学でビデオゲーム製作を学んでいる。サラに会ったその日から、空の星が消えはじめる。「山の向こうには何があるの?」サラが訊く。僕はビデオゲームの世界を作っている。「なにもないよ。コンピュータが描画しないものは存在しないんだ」

 架空世界の住人と思しき二人の男女が、やはり架空世界の住人だった、という意味ではストレートな話です。なぜ架空世界にいるのかは、支配されていたりとかいろいろなパターンがありますが、本篇の理由もパターンの一つではあります。けれど一口に架空世界といってもゲームに特化しているのが目新しい。
 

「リコイル!」ミッキー・ニールソン/中原尚哉訳(RECOIL!,Micky Neilson,2015)★★★★☆
 ――ジミーが会社に忍び込んでテスト段階のゲーム『リコイル!』をしていると、警備員がやって来た。まずい。ジミーは咄嗟に身を隠した。ロシア人らしき二人組も一緒だ。次の瞬間、ジミーの視界に銃身があらわれ、タンッという音とともに警備員の体がくずおれた。

 突如として襲いかかるサバイバルという展開には手に汗握らせられます。ヒーローなどではないオタクには逃げるだけで精一杯で、反撃するのはご都合主義にも思えましたが、その先にある結末には伏線もあり必然性もありました。
 

サバイバルホラー」ショーナン・マグワイア/中原尚哉訳(Survival Horror,Seanan McGuire,2015)★★☆☆☆
 ――アーティがサバイバルホラー系のゲームをダウンロードし、起動ボタンをクリックすると、とたんに部屋の照明が消えた。電話の画面もつかず、足も動かない。モニターに文字がスクロールされた。ニューゲームをはじめる。Y/N。聖なる道化のロビン・グッドフェローはマーリンの呪文によってとらわれている。その監房を修理、修復せよ。

 著者のInCryptidというシリーズものの一篇。魔物が人間と共存する世界で、インクブスと人間のハーフがトラブルを呼び寄せてゲームをクリアさせられる羽目になるという話なのですが、タイトルとは裏腹に怖い話ではなくのほほんとしていました。
 

「キャラクター選択」ヒュー・ハウイー/中原尚哉訳(Select Character,Hugh Howey,2015)★★★★☆
 ――ゲームをしているところを夫のジェイミーに見つかった。わたしはゲームが嫌いだった。それは間違いない。「市場の戦闘を回避したのは弾薬を節約するため?」「敵の集団が樽の真横にいるときに撃てば六百ポイントだった」わたしのプレイを見てジェイミーが言った。「わたしは生きてお店にたどりつきたいだけなの」

 『S-Fマガジン』2016年12月号(→感想)に大谷真弓訳で訳載。一見すると平和のための人材を求めているようでもありますが、何はなくとも自分が死なないという点に絞れば戦地での文民スパイを求めているのもあり得そうです。
 

「ツウォリア」アンディ・ウィアー/中原尚哉訳(Twarrior,Andy Weir,2015)★★☆☆☆
 ――交通違反の罰金を払いに行ったら、そんな記録はないと言われた。現に違反切符を持っているのに。ジェイクがコンピュータのモニターを見ると、メッセージが表示された。「ツウォリア」と名乗った。「漏れは三十一・六歳。主さんが漏れをつくった」

 コンピュータが命令に従って処理をし続けた結果、自己学習して高い知能(とネットの民度)を身につけたという設定からしてギャグ調です。「Twarrior」というから戦争ゲームかと思ったら、「商戦(トレード・ウォーズ)」だそうです。
 

「アンダのゲーム」コリイ・ドクトロウ/中原尚哉訳(Anda's Game,Cory Doctorow,2004)★★☆☆☆
 ――アンダは十二歳のとき勧誘者のライザに会った。ファーレンハイト・クランはさまざまなゲームに支部を持っている。強くて恐ろしくて格好いい。やがて軍曹から声をかけられた。現金で報酬を受けるミッションがある。アンダはゲーム内で敵を倒し続けた。レイモンドと名乗るアバターから、ゲーム内で殺されることで貧しい少女たちの稼ぎがなくなってしまうと聞くまでは。

 『S-Fマガジン』2011年5月号に矢口悟訳「エインダのゲーム」の邦題で掲載。仮想通過を金で買うために低賃金の労働者(未満)を雇うようなことはゲームに限らず似たようなことがおこなわれていてリアルでした。
 

「時計仕掛けの兵隊」ケン・リュウ古沢嘉通(The Clockwork Soldier,Ken Liu,2014)★★★☆☆
 ――バウンティ・ハンターのアレックスはライダーを宇宙船から逃がした。事情は数時間前に遡る。アレックスはライダーが作っていたゲームになぜか惹かれた。王女として生まれた主人公が、機械仕掛けの兵隊・スプリングと何かを探すゲームだった。政治家であるライダーの父親はアンドロイドが自我を持つことに反対していた。

 物語に寄せて伝えたいことを語るというのは古今東西おこなわれていたことであり、そういう意味ではストレートな作品です。ただし構成がぶつ切りなため読後感はストレートとは言い難く、そのおかげで著者得意のロマンチシズムが緩和されてほどよい読み心地を誘われました。

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