『物しか書けなかった物書き』ロバート・トゥーイ/法月綸太郎編(河出ミステリー)★★★☆☆

 変な変なとみんな散々騒いでいるからどんなけったいな話なのだろうと思っていたのだが、わりとフツーにおバカな落とし話でした。反応に困るなんてことはなく、アホだな〜と素直に思える作品でした。ただちょっと法月氏の解説は大げさすぎると思う。
 

「おきまりの捜査」清野泉訳(Routine Investigation,1964)★★★★☆
 ――クランプ巡査がベルに手をのばしたとき、扉があいた。「パークさんですね?」「どうぞ。バーボンはいかが?」「けっこうです。ご主人が亡くなったと?」「ええ。寝室よ」巡査はその場につったって、ベッドに横たわっているものに目をやった。「ふざけているんですね?」

 笑える不条理怪談。あるいは不気味なナンセンスコント。オチを変えれば裏から見た(いやむしろこちらが表か?)モアマンものですね。
 

「階段はこわい」清野泉訳(The Victime of Coincidence,1964)★★★★☆
 ――ラケット夫人はものすごい音をたてて階段から転がり落ちた。ラケットは階段の一番上から下をのぞきこんだ。「首が折れている」電話帳を調べてダイヤルした。「四度目ですよ。四人の妻が、四度の変死」

 おう。鮮やかな結末。フェアなオチ(なんてものがあればだが)を期待する人には、物語が脱臼したようにしか見えないかもしれないが、作品世界の辻褄としてはこれ以上ないくらいにきれいにまとまっていると思う。
 

「そこは空気も澄んで」清野泉訳(Up Where the Air Is Clean,1969)★★★★☆
 ――おじのアルがベンに言った。「おまえはボスに選ばれたんだ。おまえはファミリーのなかで、下っ端ではなく特別な人間としてスタートするんだ」。ボスはおだやかに話しかけた。「おまえは親父さんによく似ている。親父さんは虎だった」

 たとえばこれも、アルの目から描き直したとしたら、「おきまりの捜査」に居合わせてしまった警官のような気分なのかもしれない。アホな話ばかり書いているくせにけっこう手練れの作家です。〈ホラ〉という一つのアイデアも、視点とタッチを変えれば不条理な「おきまりの捜査」にもしみじみした「そこは空気も」にも悪意ぷんぷんの「支払い期日」にもなれるのだ。
 

「物しか書けなかった物書き」小鷹信光訳(The Man Who Could Only Write Things,1974)★★★★☆
 ――バートは薄気味悪い目つきで妻を見つめた。「馬を書いてしまったんだ」「馬の話、っていうこと?」「ちがう。馬、を書いたんだ。ほら、聞いてごらん」地下室から、くぐもった馬のいななきが聞こえてきた。

 なんてうまい邦題なんだろう。読んでみればまさにこの通りなのだ。最後に現れたものの描写とそれに対する作家の反応が絶妙に自虐的で、胃の引きつるような笑いに囚われる。オチ自体はなんじゃらほいだが。
 

「拳銃つかい」清野泉訳(The Pistoleer,1978)★★★☆☆
 ――「ヘインズって野郎だ。雑貨店をやっている。店で撃ち殺すといいかもな。強盗に見えるだろ」アーニーはメモを取る必要はなかった。彼は拳銃つかいで、仕事には真剣だった。

 これもしみじみギャングもの。当たり前の意味で意外な展開が待っている作品でもある。なにゆえそんな展開に?……となったところで泣かせが入る。
 

「支払い期日が過ぎて」山本光伸訳(Installment Past Due,1978)★★★☆☆
 ――電話が鳴った。モアマンは受話器を耳に押し当てた。「たいへん残念ですが、お申し出はお受けしかねます」「え?」「おわかりですね、クライスターシュトローヴェンさん」「わたしはドーニィと申す者です。何を企んでいるのか知りませんがね、ローンの支払い期日が過ぎたのに、まだお金が到着しておりません」

 問題作だな。話すことに筋が通っていればスマートなコンゲームのようなものとして楽しめるんだけど、あまりに騒々しいので、わざとらしすぎてしらけてしまうのは否めない。そのせいで目くらましにはなっているがレッドヘリングにはなってないため、せっかくのトリッキーな構成が無駄死にしている印象。
 

「家の中の馬」山本光伸訳(The Horse in the House,1979)★☆☆☆☆
 ――モアマンが受け取った駐車違反カードの枚数が記録を更新した。あだ討ちしてやる。「警察署です」「もしもし、騎馬隊をお願いします」「こちらは警察署ですよ」「馬のことで報告したいことがあるんだ」

 あ。これはダメだよね。イタズラだからよかったのに。復讐という明確な目的を持ってしまっては、モアマンの存在意義がなくなってしまう。
 

「いやしい街を…」山本光伸訳(Down This Mean Street,1980)★★★☆☆
 ――目を覚ますと、カーマックの声がした。「今朝から大作に取りかかるぞ!」この十年間に手がけた作品はどれもこれも、あっと言う間に消えていった。おれは十年前とくらべて老けちゃいないが、一作目と同じ貧乏暮らし、すっかりくたびれてしまった。

 タイトルからわかるとおりのハードボイルド・パロディ。ハードボイルドに憧れる凡人作家の胸のうち。小説というよりはカトゥーンのパロディみたいな、くだらないノリは篇中でも随一。
 

「ハリウッド万歳」山本光伸訳(Hooray for Hollywood,1980)★★★★☆
 ――監督からの電話だった。「『カタストロフ』はダサイです。わたし国に帰ります」おれに理解できたのは、第二のボガードになる夢が消え去ろうとしているということだった。バーの椅子に腰かけると、ご婦人がそっとささやいたもんだ。「ごいっしょできて?」

 揶揄と愛情がたっぷり詰まったスクリューボール・コメディスクリューボール・ハードボイルド・アクション?)。諷刺や意図は抜きにしても、めまぐるしい展開を楽しめます。『三つ数えろ』に対する評価が笑える(^_^)。
 

「墓場から出て」谷崎由依訳(Bottomed Out,1980)★★★☆☆
 ――棺おけの中にいると、世の中から切り離されたような感じがする。そのとき、グラスが鳴るようにはっきりと笑い声が聞こえた。「誰だ」「グロッグと呼んでくれ」おぼろげな光の中で、おれは両手を見ることができた――いや、手ではなく、指の骨にすぎなかった。

 これもまたハードボイルドだなぁ。「どん底」を字義通りに「地の底」みたいに解釈してしれっとしているから奇妙な作品に見えるけれど、生きることの意味を問うている名作です。
 

「予定変更」山本光伸訳(A Change in the Program,1979)★★★★☆
 ――帰宅途中だった。死人のような顔色の男が、路上に倒れ込んだ。ダネンは急ブレーキをかけた。男は緩慢な動作で立ち上がり、ダネンに銃を向けた。「車を出せ」男の頭には黒い穴が空いている。

 死神機構のようなものが登場するロード・ノヴェル。ときどきなにげにこういう比較的(飽くまで比較的)ミステリ度の高い作品があるので、異常な設定ばかりに目を奪われていると足許をすくわれます。
 

「犯罪の傑作」山本光伸訳(A Masterpiece of Crime,1980)★★★☆☆
 ――バーケル刑事殿。貴殿がケリガン事件の担当であることを知りました。同封のカードは、私が犯人である証拠です。作品を芸術たらしめるために、あと七件の刺殺事件を起こします。事件のカギをいくつかご提供いたしましょう……。

 悪ふざけここに極まれり、といった内容。完成度も決して高くないが、ファンライターっぽい遊び心あふれる作品でした。
 

八百長小梨直訳(The Fix,1992)★★★☆☆
 ――競馬場の警備員が、第三レースがイカサマだ、と教えてくれた。ストレンバーグはバーテンのレイに声をかけた。「第三レースができレースなんだよ。資金、十ドルだせよ。儲けは山分けしようぜ」レイは考えこんだ。「いいや、やっぱりやめとくよ」

 ダメ人間のダメダメっぷりを、ねっとりではなくあっさり描いた作品。執念のようなものなど皆無。ギャンブルどころか人生にも執着などないのでしょう。やめる気もなければやる気もない。ただただ空気のように自然に依存症に感染しているダメ人間。
 

「オーハイで朝食を」谷崎由依訳(Breakfast at Ojai,1984)★★★☆☆
 ――保安官代理は手帳を見ながら言った。ジョージ・ミルズかアン・ミルズをご存じですか? オーハイ在住の? どうやら、彼の名前と住所が二人のノートから見つかったということだった。「アン・ドゥ・ソリスなら知っている」昨夜の嵐の中、車が崖から転落したのだと保安官は言った。

 ずっこけネタをシリアス(なつもり)に書いた、B級っぽい作品。これまでの作品は、おバカはおバカに、しみじみはしみじみに、とそれなりに描き分けていたのに、これはどーにもこーにもである。
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