ダーレス編でしかも書き下ろしアンソロジーなのでB級ピース満載である。とはいえところどころに光るものがあるので油断できない。
ダーレス編書を丸まんま翻訳――ではない。近訳があるからと二篇をさしかえてます。
『Dark Mind, Dark Heart』Edited by August Derleth,1962年。
「影へのキス」ロバート・ブロック(I Kiss Your Shadow,Robert Bloch,1956)★★★★☆
――「夕べ、君の妹に会った」ジョーがこう言った時は思わず文句を言おうとした。ごく自然に聞こえるはずだ。ただひとつを除いては。妹は三週間前に死んでいるのだ。「でも本当なんだ。僕はドナに会った。少なくとも、その影に」
差し替え作品。オリジナルは「闘牛の角の下で」。サービス過剰というイメージのあるブロックだけど、これは節度よくまとまっている(墓の中のアレはやはりやりすぎか?という気もするけれど)。基本的なことではあるが、“あり得ないこと”を“あり得るかもしれないこと”だと読む者にも思わせてしまう手並みに、手練れの技を感じます。雰囲気・意外性・完成度ともに申し分なし。
「帰ってきて、ベンおじさん!」ジョゼフ・ペイン・ブレナン(Come Back, Uncle Ben!,Joseph Payne Brennan)★★★☆☆
――僕は孤児になり、おばあさんとその息子サイおじさんとベンおじさんと一緒に住むことになった。おじさんたちはいつも喧嘩が絶えなかった。言い争いが激しくなると、ベンおじさんは出ていくという。そしてその日、ベンおじさんは帰ってこなかった。
例えば本篇の後半を「猿の手」の後半と比べてみるならば、いかに「猿の手」が上手いかがよくわかります。そりゃあ物語のタイプも落としどころも違うのだから……とは思ってみても、そこではっきりとそれを描いてしまいますか――としらけてしまいました。。。そこはそれ、怖さ云々よりもモンスター好きなら楽しめると思います。それと、ジプシーの魔術から結末に至るおどろおどろしさはやはり面白い。
「ハイストリートの教会」ラムゼイ・キャンベル(The Church in High Street,Ramsey Campbell)★★☆☆☆
――ヤングは邪教伝承のたぐいを研究していて、テンプヒルの教会で行方がわからなくなってしまった。彼の下宿で見つけたメモには、「旧支配者」、「クトゥルー」といったことがとりとめなく記されていた。
クトゥルー・パスティーシュとラヴクラフト・オリジナルの違いは、予定調和かどうかにあると思う。追随者たちは“何か”を描こうとするのではなく“邪神”というキャラを描いてしまうのだ。
「ハーグレイヴの前小口」メアリ・エリザベス・カウンセルマン(Hargrave's Fore-Edge Book,Mary Elizabeth Counselman)★★☆☆☆
――これらすばらしい稀少本たち。だがおじはあの淫乱女に図書室を遺したのだ。他に方法はない。ジョナサンは彼女の首めがけて、『レ・ミゼラブル』を落とした……。ジョナサンはよく古書店を冷やかしに行った。店員のミス・トレッサーは芸術家のたぐいらしい。
アイデアをつなぐ手際が強引なので、すっごく雑な印象を受けます。ハーグレイヴの人物造形の方と、ミス・トレッサーの秘技の方と、どっちも欲張ってしまってどっちつかずになってしまった。
「ミス・エスパーソン」スティーヴン・グレンドン(Miss Esperson,Stephen Grendon)★★★★☆
――当時、黒人たちがミス・エスパーソンを恐れいているのが不思議だった。うちの向かいにはジェイミーが父親と継母と住んでいて、彼も僕も彼女のうちを隠れ家としていた。継母がジェイミーにつらくあたり、ひどい仕打ちをするためだ。
ダーレスの別名義だそうです。「淋しい場所」でもそうだったように、子どもの想像力と孤独や不安を描くのが抜群にうまい。“子どもの目から見た近所の変り者”というのはホラーやファンタジーの王道でしょう。監修者の仁賀氏がルーブリックでネタばらしに近いことを書いているのが残念。
「ミドル小島に棲むものは」ウィリアム・ホープ・ホジスン(The Habitants of Middle Islet,William Hope Hodgson)★★☆☆☆
――トレンハーンの恋人はオーストラリア行きの船に乗り込んだが、その消息は六か月たっても不明のままだった。だが彼はあきらめず、ついに難破した船を発見したのだ。ついさっきまで誰かがいたほどに、船は異常なくらいきれいに整頓されていた。
そういう設定世界を共有するシリーズものの一篇とかならともかく、いきなりそんなこと「わかったぞ!」とか言われてもねえ。。。ギャグだろう、それは。
「灰色の神が通る」ロバート・E・ハワード(The Grey God Passes,Robert E. Howard)★☆☆☆☆
――コンはうずくまるように剣をかまえ、威嚇の声をあげた。男は帽子を目深にかぶり、見えているひとつの目は冷酷な光を放っていた。「さて、コンよ。主人の血でその手を濡らしたまま、どこへ逃げようというのだ?」
あーこれは「ごめんなさい」の一言ですね。ヒロイック・ファンタジーは大の苦手なのです。
「カーバー・ハウスの怪」カール・ジャコビ(Unpleasantness of Carver House,Carl Jacobi,1967)★★★☆☆
――事故の衝撃でエンジンがダメージを受けてしまったらしい。頭がしびれるように痛く、めまいに襲われる。「ベッドに入って休めば、すぐによくなるよ」私はそう言って、妹を二階の部屋に運び上げた。誰かがドアをノックした。保安官だった。「事故の報告を受けたものでね。なぜ医者を呼ばないんです?」
差し替え作品2。オリジナルは「水槽」。おお、そう来たか。どうってことのないゴースト・ストーリーだなぁ、なんて思って読んでいたら、のけぞりました。「水槽」もそうだったけど、生理的に不快な嫌らしい話を書く人です。
「映画に出たかった男」ジョン・ジェイクス(The Man Who Wanted to be in the Movies,John W. Jakes)★★★☆☆
――ジョージは恋をしていた。なのにメイベルは俳優に夢中だった。ジョージはヨランダの部屋のドアをたたいた。表札には「」お役立ち魔術、懇切丁寧に行います」とある。
ここらで中休み、の軽めの一篇。仕方のないことだけど、日本語訳だと魅力が半減してしまう。
「思い出」デイヴィッド・H・ケラー(In Memoriam,David H. Keller, M.D)★★★☆☆
――モイヤー教授を訪ねると、家政婦は驚きの声をあげた。「奥さまが亡くなられて以来、お客様をお招きするのは初めてですわ!」教授は仕事の話をしてくれた。昼の解剖では驚くほど小さな脳髄を取り出したという。
さりげないだけにじわじわと効果的。ホラーというより綺譚のような語り口なので、一瞬「?」となるが、やがて「おぉ」と。そこら辺があざとすぎる気がしないでもないが。
「魔女の谷」H・P・ラヴクラフト&オーガスト・ダーレス(Witches' Hollow,H. P. Lovecraft, August Derleth)★★★☆☆
――ポッターは奇妙な少年だった。誰も彼のことは話したがらない。ウィルバーの家の牛が死んだのも、ポッター家の呪いだという噂だった。魔法使いのポッター爺さんが、空から邪悪なものを呼び寄せたらしい。
ん? 成立事情をもう少し詳しく知りたいな。ラヴクラフトの未定稿を引き継いだのか、アイデアのメモだけからまるまんま創作したのか。かなりの部分がダーレスによるんじゃないだろうか。「クトゥルー」という小道具を利用したゴースト・ハントものである。とても取っつきやすいクトゥルーもの。
「理想のタイプ」フランク・メイス(The Ideal Type,Frank Mace)★★★☆☆
――カーソンという男は、二時間ものあいだスミスに話しかけていた。「あなたなら私たちを手助けできると思う。理想のタイプなんですよ。」
これは文字どおり可もなく不可もなしといったところです。だって、あらすじを書いたら、あらすじそのまんまで成立してしまうような話なんだもの。
「窯」ジョン・メトカーフ(The Firing-Chamber,John Metcalfe)★★★★☆
――考えるだに恐ろしい出来事だった。彼は陶器を点検しようと窯に入っていったのだろう。中に入ると自動扉が閉まってしまった。だが叫び声とドアを叩く音は外に聞こえず、しばらくしてから同僚が彼のいないことに気づいた。
心の弱い(優しすぎる?)牧師さんの話であるが、その偏執狂的な思い込みがある意味奇跡を生む。窯のなかで生きたまま焼死、という設定だけで耳を塞ぎたく(目を覆いたく)なるのに、また牧師の心理状態が……。
「緑の花瓶」デニス・ロイド(The Green Vase,Dennis Roidt)★★★☆☆
――私は作曲のために田舎家を買った。部屋を整理していると紙切れが見つかった。「彼は教師に教わり花瓶を作った」「それを気に入って、誰にも動かすのを許さなかった」「死後、親戚がこの家に住み始めた時」「死体は引き裂かれていた」
花瓶の祟りというか、花瓶に取り憑いた狂人の話。いいですねえ。こういう、姿の見えない怪物は。わりと好きです。
「ゼリューシャ」M・P・シール(Xélucha,M. P. Shiel,1896)★★★☆☆
――「メリメよ! ゼリューシャが死んだなどと考えられようか! 月の光が膿で死ぬことなどあるのか?」その手紙を読んだ次の日のことだった。着飾った女性が見えた。「こんなところで何してるの?」「月光浴をしているんですよ」
相変わらずペダントリーだらけのすさまじい文章を書きやがってからに(^_^;。地の文だけでなく会話までがペダンティックだから、もう初めっからすべてがイカレタ語り手の脳内現象度100%である。死の匂いに取り憑かれた男の見た耽美な夢。
「動物たち」H・ラッセル・ウェイクフィールド(The Animals in the Case,H. Russell Wakefield)★★★★★
――そのカモには左目がないのに気づいた。ゴードンはブルテリアのトイフェルとアビシニアンのターマーを連れて散歩の最中だった。それ以来そのカモが気になって仕方がなかったが、二匹のペットはそれが気に入らないらしい。
わーいウェイクフィールドだ(^^)。原題が意味深だな。異形とか狂気ではなく、愛すべき動物たちが愛すべきままで恐ろしい存在になるところが傑作です。あるいは、本来は恐ろしいものなのだということなのでしょうが。語り手の精神が徐々に歪んでゆくところ、超常現象がほのかに見え隠れするところ、その二つがじわじわと作品全体を不気味に盛り上げてゆきます。
「カー・シー」ジョージ・ウェッツェル(Caer Sidhi,George Wetzel)★★★☆☆
――また悪夢を見て目覚めた。ニールもそうらしい。話を聞くと、どうもケルトの迷信のように思われた。午前中、猟師がやって来て、この灯台が神の恵みを横取りしていると言う。難破船は神の恩恵であり、海難事故を防ぐのは神への冒涜なのだそうだ。
海洋奇談というか、灯台奇談。なんでこういうのが日本にはないんだろう。海の猛威(地元猟師の襲撃や大嵐)と、内なる脅威(魔物?狂気?)。そりゃあ身も心もぼろぼろになるよ……。
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