『S-Fマガジン』2008年8月号【スプロール・フィクション特集IV】★★★☆☆

 今月号はスプロール・フィクション特集特集ということで期待していたのだが、最近この手のものばかり紹介されるので食傷気味である。というか、完全に食傷してうんざりさえしてしまう。特に最初の四篇のアメリカ作品はどれも似たり寄ったりで……。

 いやー例えば現実と仮想の境なんてまるでないかのごとき自意識小説なら、ベンジャミン・ローゼンバウムの作品よりも桜坂洋の作品の方が何倍もいいと思うんだけどなあ。洗練されていると取るかスノッブな気取りに満ちて素直じゃないと取るかの違いかもしれないけど。ほんというなら、ティーンズ小説に代表されるような、「1.青臭くて幼いメッセージを」「2.恥ずかしいくらいにストレートな表現で」「3.ン十年前の少女漫画みたいな古くさい演出によって」発するタイプの小説って好きじゃないのだけれど、アメリカ勢の自慰度があまりにもひどくって。。。今回紹介されている四篇は、スプロール・フィクションのうちでもとりわけ内省的というか、ウジウジ小説度が強かったように思う。

「蟻の王 カリフォルニアのお伽噺」ベンジャミン・ローゼンバウム/小川隆(The Ant King: A California Fairy Tale,Benjamin Rosenbaum,2001)★☆☆☆☆
 ――僕は成長を遂げたIT企業の社長。ある日、想いを寄せる女の子が何者かにさらわれて……。(袖あらすじより)

 描かれている記号のどれかを共有している人間には面白いのかもしれない。かすりもしていないわたしには退屈なだけだった。
 

「卵の守護者」クリストファー・バルザック小川隆(The Guardian of the Egg,Christopher Barzak,2006)★★☆☆☆
 ――だれもが認める優等生だった姉貴の頭のてっぺんから、ある日シダレヤナギが生えてきた。(袖あらすじより)

 「少年が死体で見つかって」の気持ち悪さはなくなった。その点では、語り手のことではなくその姉のことを語るという形式がうまくいっているといえる。
 

「テトラルク」アラン・デニーロ/小川隆(Tetrarchs,Alan DeNiro,2004)★★★☆☆
 ――世界の終わり、そして僕らの永遠の愛――4ビートにのせて語られる4つの変奏曲。(袖あらすじより)

 これはストーリーのない物語というか、浮遊感のある一人称客観描写(?)からは、『絵のない絵本』あるいは紀行エッセイなんかを連想した。ところが途中から、彼女はああ言った僕はこう思った「ぴったりよ」「僕は信じない」とか始まってしまった。。。
 

テオティワカン」バース・アンダースン/小川隆(Teotihuacán,Barth Anderson,2006)★★★☆☆
 ――義父さんとぼくは、死んだママにケータイで話しかけるために太陽のピラミッドをめざす。(袖あらすじより)

 これだけ読めば「ちょっといい話」かもしれないのだが、上記三篇を読んだあとでは勘弁してくれと思わざるを得ない。
 

「腸抜き屋」エカテリーナ・セディア/石原未奈子訳(The Disemboweler,Ekaterina Sedia,2008)★★★☆☆
 ――車の贓物が次々に抜き取られる事件が発生した。残虐極まりない犯人の目的とは?(袖あらすじより)

 モスクワ生まれのニュージャージー暮らし。こういう目に見えてSFっぽいのがあるとほっとする。アシモフあたりの古き良きユーモア&SFと、現代っぽいノンシャラン君の取り合わせは相性がいいらしい。『The Secret History of Moscow』というファンタジイ長篇もあり。
 

「眠りの宮殿」ホリー・フィリップス/黒沢由美訳(In the Palace of Repose,Holly Phillips,2003)★★★☆☆
 ――強大な力を持つ王を眠らせるために一国の総力が払わされた。だが、とストーンハウスは思う。王もまた、眠れる王の夢の一部なのではないか。あるいはストーンハウスの方が王の夢の一部に過ぎないような気もしてくるのだった。王の宮殿を訪れることができるのは、エドモンド・ストーンハウスだけのはずだったが……。

 カナダの作家。これまたファンタジーらしいファンタジー作品でほっとする。というか、スプロール・フィクションというより普通のファンタジーじゃないかという気もする。変わりかけた世界と、救いと、そこに居合わせた者。設定の厳めしさとは裏腹に、出てくる人々がけっこう普通っぽいところがいい。
 

「未訳長篇レビュウ」加藤逸人
 マイケル・シェイボン(Michael Chabon)のホームズもの『The Final Solution』や歴史改変SF&ハードボイルド・ミステリ『The Yiddish Policemen's Union』が面白そう。
 

「勢いづく若手作家たち 特集解説」小川隆
 最近の動静についてかなり詳しく紹介されています。
 特集はここまで。
 

「My Favorite SF」(第32回)藤崎慎吾
 ブラッドベリの「霧笛」だよ。なぜか創元SF文庫版だよ。

「《星野之宣SF作品集成》登場」

「SFまで100000光年 59 遠い声、遠い星」水玉螢之丞

「金曜の夜に」YOUCHAN《SF Magazine Gallary 第32回》
 バーの扉を開ければそこは海の中――の魚たちが吐く煙草の煙の中。オルガン弾きのパイプが吐き出す煙からは、街が逆さにぶらさがる。
 

「MEDIA SHOW CASE」柳下毅一郎小林治・添野知生・福井健太・宮昌太郎・編集部
◆映画からは「いかにもイギリスらしい皮肉なコメディ」ホット・ファズと、「犠牲者の遺族まで「スーパー遺族軍団」として復讐合戦に参加する」「米国資本のスプラッター片腕マシンガール。う〜ん、どっちもクセがありそうだ。

◆DVDでは50分×10話の巨匠とマルガリータだとか、「低予算作品らしからぬ奇怪なアイデアの強行」『ペルソナ』などが気になった。

◆漫画では、梶尾真治『おもいでエマノン鶴田謙二により漫画化。
 

「SF BOOK SCOPE」林哲矢・千街晶之牧眞司長山靖生・他
◆プラチナ・ファンタジイや奇想コレクションの新刊はマストなのでいいとして――と思ったら、今月はわたしにとっての必読作とそれ以外しかないことになるらしい。ジェフ・ライマン『エア』、マーゴ・ラナガン『ブラックジュース』、『デ・ラ・メア幻想短篇集』、岸本佐知子編訳『変愛小説集』。『幽』怪談大賞特別賞の遊郭のはなし』は気にはなっているんだけどね。
 

「地球移動作戦」02山本弘 ★★★★☆
 ――既知の観測方法では捉えられない謎の天体、2075A。その正体に迫る驚くべき仮説とは……。(袖あらすじより)

 前回は作品世界の紹介が主だったけれど、今回は見えない星をどうやって発見するかというSF的な部分がメイン。やっぱりこういうのは楽しい。前回今回とACOM(人工意識コンパニオン)にもだいぶ筆が割かれているので、今後この方面でもSF的あるいは物語的な新展開があるのではと期待。
 

「こたつにあたって秋田犬は何を話すか」椎名誠椎名誠ニュートラル・コーナー09》
 昔の未来予測にあった「動物が人間の言葉をしゃべる」という項目から、いつものように話がふくらんでゆきます。「幼稚園の廃止」という項目がすごく気になる。
 

「鬼、人喰いに会う《怨讐星域》8」梶尾真治/加藤龍男イラスト ★★★★☆
 ――互いを「鬼」「人喰い」と呼ぶコミュニティ同士が理解し合うために……(袖あらすじより)

 人の思惑なんて自然の前では無意味なんだとでもいうべき展開に嘆息。変な話だけどドラえもんの『のび太の宇宙開拓史』を思い出した。何のことはない妖怪好き深海魚好きの血が騒いだだけなのだった。
 

「ナイト・オブ・ザ・ホーリーシット」桜坂洋西島大介イラスト ★★★★☆
 ――休職した教師から、ぼくは、露崎文緒についてひとつ申し送りされていた。「虚言癖アリ」。気になって調べてみたら、チェーンソーでクラスメイトを斬り回った少女の伝説というのにネットで遭遇した。

 このタイプの作品の常として、最後になって恥ずかしい感じの説明的な語りが入っちゃうけれど、幼い日の記憶と現在抱えている問題をチェーンソーで結びつけるという力業が違和感なくきれいにきまっています。おばちゃんのキャラもなぜだか記憶に残る。
 

「おまかせ!レスキュー Vol.122」横山えいじ

大森望のSF観光局」20 ゴシップの極意――「インサイド宇宙気流」傑作選
 亡くなった野田昌宏語録。

「SF挿絵画家の系譜 29 毛利彰大橋博之

「サはサイエンスのサ 162」鹿野司
 前回の続き、かな。「世界の究極の謎の一つを解いた」というその話は次回に。
 

「家・街・人の科学技術 20」米田裕フリクションボール」
 製品名を見ても何のこっちゃいだったのだが、いわゆる「消せるボールペン」のことでした。単純に、消しゴムで消えるインクを発明したのかと思っていたら、こんな仕組みだったのか。ボールペン一つでも凄いことになってるなあ。
 

「センス・オブ・リアリティ」
「母と子の絆」金子隆一……胎盤はウイルスによるものという説の反響と続き。
「怒りの拳はどこに向かうのか?」香山リカ……今『蟹工船』を読んでる人って何かイタイ気がするんだけど。。。
 

SFセミナー2008レポート」

「ロシア幻想文学作家会議ストラーニク2008レポート」高野史緒
 イベントの様子だけじゃなく、受賞作のあらすじも紹介してほしかったな。高野氏が巻末のコメントで鳥居みゆきになってる(^^)。検索してみたら、トークショーに行くほどのファンらしい。作風からすると意外な感じ。
 

「MAGAZINE REVIEW」〈インターゾーン〉誌《2008.1/2〜2008.3/4》川口晃太朗
 ジェニファー・リンネ「ニセ・トーキョー」(Pseudo Tokyo)、タイトルだけで気になります。面白そう。それからクリストファー・プリースト「彼の痕跡」(The Trace of Him)も掲載。
 

「デッド・フューチャーRemix」(第73回)永瀬唯【第12章 ハイ・フロンティア】

「(They Call Me)TREK DADDY 第16回」丸屋九兵衛
 

「巨橋崩壊 マザーズ・タワー 序章」吉田親司 ★★★★☆
 ――インド、そしてスリランカ。半島と孤島は鉄路によって結合された。そこには見事な吊り橋が建造され、橋の中央には巨塔が屹立している。マザーズ教団。新興宗教組織と認知されているが、実質上、それは一種の末期病院であった。信念は一つだけ。『一人では死なせない』。だがそんな教団を疎ましく思う者たちもいた……。

 Jコレクション『マザーズ・タワー』の冒頭部分。絵に描いたような漫画的ジュヴナイル的な人物設定が小気味よい。ジェルジンスキーなんて化けもんじゃないかと思いつつ、ポルトスなんかも(わたしの脳内で増幅されたイメージでは)こんな感じだった気もするし。好きな女の子の為というのも、ひとつの王道(好きな子の為、もしくは女の子なんかのどちらかだよね、由緒正しい少年冒険小説って。とか言いつつ「少年」ものじゃないところがひねくれてる(^_^;)。最近、田中芳樹が冒険小説に力を入れてくれているが、これはそのSF版といったところ。
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