うわ。装幀が『ファウスト』系してる。
『夜と霧の誘拐』(第一回)笠井潔 ★★★★★
――フランソワ・ダッソーからカケルに連絡があった。紹介したい人物がいるから、モガール嬢と一緒に邸まで来てもらえないかと。その人物とはアイヒマン裁判を傍聴して『凡庸な悪』を書いたハンナ・カウフマンだった。かつての指導教授であり恋愛関係にあったハルバッハの最期を、当事者の口から知りたいのだろう。だが会食が始まろうという時、電話を受けたダッソー氏の表情が変わった。娘のサラを誘拐したという……。
矢吹駆シリーズ最新作。三段組みで80ページ近いボリューム。『吸血鬼の精神分析』『煉獄の時』も早く読みたい。今回の思想家はどうやらハンナ・アーレント(作中ではハンナ・カウフマン)の模様。舞台はふたたび『哲学者の密室』のダッソー邸。早くも連載第一回から、暴力についてハンナと駆が議論を交わします。
主な登場人物はフランソワ・ダッソー、後妻の元女優ヴェロニク、娘のサラ、秘書オヴォラ、運転手レネック、運転手の娘ソフィー、小間使いエレーヌ、ハンナ・カウフマン、ナディア、駆。『キングの身代金』(『天国と地獄』)のような誘拐事件が発生し、警察には通報できないためにナディアがてきぱきとその場を仕切りますが、身代金の受け渡し役にナディアが指定ことに……。ここまでが第一章。
第二章は、私立学校で起こった殺人事件の現場で指揮を執るモガール警視が主役です。第一章でも公立校と私立校、貧富の差や教育格差の問題が取り上げられていたことからも、明らかに関係ありそうな雰囲気。殺されたのは学院長(射殺)。怪しい男が受付から立ち去るところを目撃されているのですが、モガール警視には何かが引っかかって感じられるようです。姿を見せない被害者の夫の身柄を確保しようと、警視庁で待機していたジャン=ポールに連絡したところ、それどころではない、ナディアが……というところで続く。
『綾辻行人×有栖川有栖の本格ミステリ・ジョッキー』(第10回)★★★☆☆
今回はどちらも既読の作品だったし、対談の内容もチェスタトンを読んだことのない人に「読んでね」的な内容だったので物足りませんでした。ただし「赤い靴」に寄せた発言で、「フー」や「ハウ」よりも「ホワイ」に驚くというミステリ観を明らかにしたうえで、自作『女王国の城』や『時計館の殺人』についても話をしているのが興味深いところです。
「秘密の庭」G・K・チェスタトン/中村保男訳(The Secret Garden,G. K. Chesterton)★★★☆☆
――パリ警察の主任ヴァランタンは帰宅が遅れていた。死刑執行かなにかの最終手続に手間取っていたのである。英国大使ギャロウェイ卿は、庭でなにかにつまずき、むかっ腹をたてて足元に眼をやった。「芝生に死体が……」力をあわせて死体を地面から持ちあげてみると、頭がぽろりと転げ落ちた。
これはやっぱり「青い十字架」から順番に読んだ方が衝撃度がより強いと思います。それから、ブラウン神父自身の出番が少なめなこともあって、せっかくのチェスタトン的ロジックが伝わりづらいきらいがあります。むしろ「その」ためだけにフランスが舞台になっているところとかが好きな作品です。これもある意味「ホワイ」ですよね。
「赤い靴」山田風太郎 ★★★★☆
――孫雪娥はもと小間使いで、西門慶の好色な気まぐれから第四夫人になったが、いまではいちばん寵がうすい。夢中遊行するというきみのわるい癖のあるせいもある。ある夜、主人の友人・応伯爵は遊廊に一滴の血がおちてあるのを見つけた。第七夫人の部屋にとびついた。「恵蓮さん!」ゆさぶりながら抱きあげると、はだかの右足が床におちた。
『妖異金瓶梅』第一話。これはもう対談でも触れられている「ホワイ」に尽きるでしょう。あからさますぎるくらいに伏線は描かれているものの、普通はまさかそんなことだとは思わないじゃないですか!
『名被害者・一条(仮名)の事件簿』(第二回)「雲母坂部長(仮名)と壁を登る鍵」山本弘 ★★★☆☆
――一条(仮名)はミステリが趣味である。高校ではミステリ研に入っている。部長はサラリーマンになるのが嫌で、ミステリ作家を目指していますが、決定的に才能がありません。
著者が山本弘で「名被害者」という設定で随所に出て来るミステリ諷刺ネタ……とくればいやがうえにも期待は高まりますが、ミステリに対する批判精神に満ちた作品ではなく、「名被害者」という設定くらいでした。『MM9』のミステリ版のような作品ではなかった。
『メルカトルかく語りき』(第二篇)「九州旅行」麻耶雄嵩 ★★★★★
――「血の匂いがする」メルカトルは三〇一号室の前で歩みを止めた。メルは中に踏み入り、部屋に上がった。コタツの脇には背中に庖丁を突き立てた男が俯せに倒れていた。被害者は右手に油性マジックを持っていた。「ダイイング・メッセージかな?」だが覗き込んでみたところ、カーペットの上には何も書かれていない。キャップもついたままだ。
ウィルスに感染している証拠物件のディスクを、危ないからと美袋のパソコンに挿入する、のっけから傍若無人なメル(^_^)。この時点で美袋の不幸は決まったようなもので、事件の謎とは別に、メルがどうやって美袋を陥れるのか、という謎を知る楽しみが増えた一篇です。メルと美袋が犯人と被害者を想定した小芝居までして、あることを読者と美袋に印象づけている点などは、さすがに上手いところです。存在しないダイイング・メッセージ、いつにも増してロジックだけで綱渡りしているようなはじけっぷりでした。タイトルはほぼ内容と無関係で、〆切を守って旅行に行きたい美袋の願望です。
それにしても、笑いと恐怖と謎解きの興奮を、同時に、それも高い水準で味わえるとは、ほかに類を見ない稀有の傑作です。
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