『蘆江怪談集』平山蘆江(ウェッジ文庫)★★★★☆

 何よりも文章のたたずまいがよくて読んでいて心地よいです。
 

「妖怪七首〜序にかへて」
 

「お岩伊右衛門★★★★☆

 お岩が守銭奴で、夫を顧みず金を貯めることに精を出します。まあ浮気した伊右衛門も悪いんですが、『東海道四谷怪談』によって伊右衛門=悪人というのを擦り込まれているだけに、お岩の方にちょっとでも非があるとそれだけで「ああ、お岩も悪いんじゃん」みたいな感想を持ってしまいました。飽くまでわたしの感想であって、蘆江の筆はそのような価値観を持ち込んではいませんが。
 

「空家さがし」★★★☆☆

 借家に入った新居人が、立て続けに幽霊を見て……。
 

「怪談青眉毛」★★★★☆

 知り合いに幽霊画を頼んで百物語を開催しようと計画していたが……。怪異は百物語の外にあるという異色作。
 

「二十六夜待」★★★☆☆
 ――流れ着いた心中者の死体。これも何かの縁と弔ってやったのだが――後日、何かを探している船がどこにも行けずに宿のまわりをぐるぐる廻っている。さてはあの死者が“引いて”いるのかと確かめてみたところ、どうもそうらしいのだが、何しろ死体は損傷が激しくのっぺらぼう。何か証拠はないものか……。

 ジェントルなのに不気味で怖い、迷惑ものの幽霊です。
 

「火焔つつじ」★★★★★
 ――雨に降られた縁で同じ宿に泊まることになった二人の男女。暑くて寝苦しいので窓を開けたところ、女は「アッ」と言って窓を閉めた。聞くと、女はある人の妾で、つつじの咲く季節に一緒に暮らし始め、翌年の同じ季節に子が生まれたという。奥さんは出来た人で、妾にも子どもにも分け隔てなく接してくれた。だがいつのころからか、つつじが咲いているのを見ると、女は幻覚を見るようになった。占い師が言うには生霊がついているというのだが……。

 雨女ならぬ生霊を呼んでしまう女。恨む方ではなく恨まれる方に比重を置いた怪談というのも面白いですし、女の話のなかの感覚的な怪異から一気に現実となるのですがその原因・きっかけをたった一言で説明してしまうのも見事です。燃え上がる火や流れる血など、鮮やかな赤が衝撃的な作品でした。
 

鈴鹿峠の雨」★★★☆☆
 ――峠を越えていると、前を二人の男女が歩いていた。追い越してしばらく行くと、また二人の男女が見えた。振り向いたのを見ると、さっきの二人だった。ぞっとして宿屋に飛び込んだが、女中は「余程足の早い人でっしゃろ」と取り合わない。湯船に浸かると……。

 特に何かされるわけではないのだけれど、これは怖い。ただ、○○だけに見える、というのは「火焔つつじ」の二番煎じのようでややインパクト薄し。
 

「天井の怪」★★★★☆
 ――駆け落ち中の男女が鈴鹿峠を越えたところで雨に降られ、一軒の古寺に宿を求めた。出てきたのは尼僧が一人、蛇の巣やら蛭の森など怖い話ばかりする。女は怯えながらも横になったが、ウーンと誰かがうなっているような音がする。やがて天井から……。

 なるほどこれは尼でなくてはなりません。否が応でも安達ヶ原の鬼婆を連想させる展開ですものね。「吉さん」「何だ」「嬉しいといふ事さ」「何の、いま更らしい」「それでも」……というにくいやり取りが粋でした。
 

「悪業地蔵」★★★★☆
 ――越してきた家の前に地蔵の首が落ちていた。拾って胴体にくっつけてやると、大家がとがめて祟りがあると脅した。どういう謂われがあるのかはわからない。だがその後よくないことが続くのは事実だった。犬が吠えるので物置を調べてみると、隠し部屋が見つかり……。

 首をつなぐと祟りがあるという曰くつきの地蔵。そんないかにも怪しげな言い伝えに心をくすぐられました。地蔵を祟りの依代に使うというのがなんだかいっそう恐ろしく感じられます。
 

「縛られ塚」★★★☆☆
 ――尼僧が泊まった空き寺厨子には、縄で縛られた石碑が収めてあった。石碑には「丑年の女、俗名おかね」と彫られたある。「わたしの石塔ぢや、わたしの石塔をいつたい誰が建てたのだらう……」

 前書きによれば「悪業地蔵」は実話(!)で、本篇「縛られ塚」はそこから発想をもらった小説だそうです。首なし地蔵の首をつなぐと祟りがあるというのは、いかにも都市伝説っぽくて面白かったのですが、それと比べるとこちらはおとなしい。おとなしいが……どんどん壮絶になっていきます。因縁がはっきりしている分まとまってはいるものの「怖さ」は減ってしまいます。
 

「うら二階」★★★★☆
 ――萩原一家が引っ越して来た家は三人家族には広く、二階に一部屋余ってしまった。七つになる息子の精太郎は、二階の部屋で遊ぶのが大好きで、叔母さんに話をしてもらっていた、と言う。

 何でもないことなのですが、まず「裏二階」という表現にびびっと来てしまいました。「叔母さん」の正体は言わずもがなです。
 

「投げ丁半」★★★★☆
 ――「丁」女は走りよつて、さいころの表に鼠鳴きをした。「二が出た」男も云つて、さいころを拾つた。「猿島がそろ\/着く時分だぜ。早くかへらう」女は耳にも入れずに、あるきながら、さいころを投げた。座敷に入ると卓台の上の電報をひろげた。「猿島来ないよ。コンヤイカレヌ、アスアサイクだとさ」

 終盤の“怪異”もさることながら、意識し合っている男女のあいだの緊張感、蜘蛛や百合や繭玉がぽとりと落ちる瞬間の空気の変化、等々、これまでの作品とは違ったタイプの怖さがありました。
 

「大島怪談」★★★☆☆
 ――私は曾て自殺を覚悟した事がありました。火口まではのぼったのですが、そこで私は只々、一目散に駆け下りました。枕につくが早いか私はぐっすり寝ましたが、隣の部屋で俄かに人声が仕始めました。だん\/聞いてゐると、離室の若女房が出たつきりかえつて来ないといふ騒ぎらしい。すぐに――自殺――といふ心持が浮かびました。

 実話という触れ込みにふさわしく、構成的に唐突で必然性がなく、そこが怖いといえば怖いし、怖くないといえば怖くありません。
 

「怪異雑記」

 怪異を綴ったエッセイ。文豪怪談シリーズでいろいろお馴染みの名前がでてくる。
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