『千年の黙 異本源氏物語』の続編登場です。
開巻はやばや描かれるのは、『紫日記』を書写している少女の姿。著名な日記のなかに、何代も前のおばあさんの名前を見つけて、少女は感激に身を震わせます。
何となくわかるその気持ち。
遠い平安の世界をこうして生き生きと身近なものに感じさせてくれるのが、このシリーズの魅力の一つです。
そしてそうした、飾らない、平安時代を特別視しない姿勢が、ミステリ部分ともマッチングしているのも本シリーズの魅力です。
冒頭で描かれた感覚自体が本書のテーマでもあり謎の構成に一役買ってもいるのですが、それとは別にこんな場面もありました。
一面の白世界に潜り込んだ黒服の犯人は、どうやって人に見つからずに逃げ出したのか――けれん味のある魅力的な謎です。けれどこうした舞台を実現させようと思ったなら、通常であれば特殊な宗教教団なりマッド・サイエンティストなりを登場させなくてはならないところでしょう。
ところが何と――。あったのです。真っ白な世界が。現実に。
中宮彰子のお産に際して、御子を清浄な支度で迎えるために、道長の命令で伺候する女房は一人残らず白装束に身を包まなくてはなりませんでした。
もちろん道長だからこそ実現できた特別な風景ではあるのですが、現実の風景のなかにいかにもミステリそのもののような謎を落とし込む著者のセンスが光っていました。
中宮様のたっての願いで、「香子」は宮仕えに戻ることになった。中宮のお産の様子を書き留めた日記『御産日記』をまとめあげ、『枕草子』に匹敵するような記録文学を作りあげよ――左大臣道長の命令を、前任者の「ゆかり」から受け継いだ矢先、事件は起こった。中宮の出産も無事に終わったその翌日、隆家中納言家に盗賊が押し入ったのだ。一味の一人は捕まったものの、手傷を負った一人は、あろうこと親王誕生で賑わう土御門邸に逃げ込んだらしい。中納言家に仕える義清は、妻である「阿手木」を頼った。香子の女房である阿手木なら、土御門邸に仕えている香子を訪れることもできるので、童に邸内を調べさせることができる。だが盗賊は煙のように掻き消えてしまった――?
前巻に続いて道長や清少納言のほか、本書には赤染衛門や和泉式部も登場します。和泉式部はともかく、赤染衛門はこんなお局様なイメージなんですね(^_^)
解決編がちょっとごちゃごちゃしていました。これは、事件自体が地味なので、丁寧に解きほぐそうとすると自然とそうなってしまうのでしょう。仕方ありません。
事件の方ではなく日記の謎の方も見事でした。紫式部日記の問題点が、欠点ではなく持ち味として捉え直されています。読み終えてから冒頭を読み直すと、あんな何でもない少女のセンチメンタルな描写に、深い意味が見えてくるのだから不思議です。
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