『S-Fマガジン』2013年3月号No.684【2012年度英米SF受賞作特集】

「選択」ポール・J・マコーリイ/金子浩訳(The Choice,Paul J. McAuley,2011)★★★★☆
 ――異星人ジャッカルーの「ドラゴン」が浜に乗りあげた。ルーカスは友人のダミアンにせがまれ、ヨットを出した。兵士と科学者がドラゴンの中身を見ようとして、爆破したところ、破片が飛び散り……。

 表向き異星人と共存しつつも、根強い反対派も存在し、異星人の真の意図もわからないまま、技術だけは手に入れたい政府や人々――といった設定ゆえ、途中からは一攫千金を夢見る無邪気な子ども、息子を失った父親の怒り、ドラゴンの破片を求めて主人公を襲う組織……と、家族や冒険小説的な面白さは抜群にあるものの、これでは異星人が無関係では――と危惧したところ、最後にきっちりと戻るところに戻ってくれました。人間の思惑なんて所詮……と、虚しくやるせない気持にさせられます。
 

「紙の動物園」ケン・リュウ古沢嘉通(The Paper Menagerie,Ken Liu,2011)★★★☆☆
 ――ぼくの母さんは中国人だった。母さんがぼくにつくる折り紙は、みな命を持って動いていた(袖コピーより)

 最後が「母からの手紙」という安易な手段のお涙頂戴になってしまったのがいただけません。
 

「ベティ・ノックスとディクショナリ・ジョーンズ、過ぎ去りしティーンエイジに立ち返っての奇譚」ジョン・G・ヘムリイ(ジャック・キャンベル)/矢口悟訳(Betty Knox and Dictionary Jones in the Mystery of the Missing Teenage Anachronisms,John G. Hemry/Jack Campbell,2011)★★★☆☆
 ――人類の未来を変えるべく二〇四〇年から過去に送り込まれたベティ・ノックス博士ら第一陣が消息を絶った。たまたま一九六四年当時ベティと同級生だったジム・ジョーンズは、原因究明と支援を託され、十五歳の自分に転位された。

 イコール「この物語が、作中人物によって書かれた物語」とは少し違うのでしょうが、二〇四〇年になってから読み返してみたい、と思うような設定ではあります。過去の自分に転移することでのみタイムトラベルが可能なので、必然的に遠い過去に行こうとすると子どもになってしまい、けれど子どもにはできないことが多すぎる、ましてや過去では――という設定が秀逸です。ただし中身はわりと普通の時間旅行もの。
 

「SF SCANNER 特別版」
 どうも微妙な表現の作品が多いと感じました。

 ヒューゴー&ネビュラ&英国幻想文学ジョー・ウォルトン『見知らぬ者たちのなかで(Among Others)』は、ファージング三部作の著者による――オールドSFファンのノスタルジー心をくすぐる、SFやファンタジイというよりはそのファンの少女の物語、が大半を占めるようです。いずれにしてもあのジョー・ウォルトンの作品なので邦訳してもらいたいものです。

 ディック賞サイモン・モーダン「サミュエル・ペトロヴィチ」三部作。世界で唯一破滅していない自由主義世界となったロンドンで、ロシアからの留学生ペトロヴィチが、武装修道女に助けられ……。「アイデア的には第一巻でほぼ出尽くしている感は否めず、アクションとキャラクタが持ち味のシリーズ」らしい。

 世界幻想文学大賞ラヴィ・ティドハー『オサマ(Osama)』。アラブ世界と西欧世界との対立が今ほど厳しくはないパラレル・ワールドで、B級パルプ小説「オサマ・ビン・ラディン」シリーズのなかの現実がこの世界の現実を……。「SF史に残る傑作ではないかもしれないが、いまの時代を生きるぼくたちにとって大いに考えさせられる小説」とのこと。

 キャンベル記念賞&英国SF協会賞クリストファー・プリーストアイランダーズ(The Islanders)』。「ドリーム・アーキペラゴ」ものの連作短篇集。銀背で6月に刊行予定。
 

「書評など」
瀬名秀明『大空のドロテ』3巻が出ていました。危なく買い洩らすところでした。ズザンネ・ゲルドム『霧の王』はYAファンタジイ。異なる二つの歴史がしるされた二冊の本。わくわくします。「おとぎ話の残酷さと、SF的な(科学的という意味ではなく)謎解きの面白さを併せ持った傑作」とのこと。その他クノー『青い花』、東雅夫編『幻想文学入門』、活又ひろき『午後のグレイ(1)』
 

無政府主義者の帰還(2)」樺山三英
 ――殺されたのはOだけではなかった。共に連行された野枝、それにわずか六歳の甥・宗一まで。Oが目を覚ますと、そこは舞台の上だった。「周知の通り、このOは裏切者です。では、最初の証人、前へ」 進み出たのはOの父親だった。

 前回のあらすじがほとんど意味を成さないような超展開。「諸君、こんな馬鹿げた騒動は止めて、家に帰って尺八の稽古でもしていたらどうかね」。まさに軽々と飛翔する姿には感動を覚えました。
 

「SFのある文学誌(15) 世界をいかに旅するか 明治のヴェルヌ・ブーム(1)」長山靖生
 日本初のヴェルヌ翻訳作品は『新説 八十日間世界一周 前編』。英訳の増補箇所も参照しつつフランス語原典からの完訳という本気の仕事ぶり。そして明治の翻訳書の多くの例に洩れず、訳者が小説ではなく実録として受け取った可能性もあるという。
 

ゆずはらとしゆきインタビュウ」
 超訳『十八時の音楽浴』はピンときませんでしたが、新作『咎人の星』のカバーイラストが小川麻衣子なので気になります。「やっと、妙にイデオロギッシュで面倒臭かったゼロ年代の喧噪も終わったんだなァ」という一言にはむちゃくちゃ説得力がありました。
 

「乱視読者の小説千一夜(25)サーバンふたたび」若島正
 サーバンの続き。「枠物語の枠だけ」の未完長篇『The Gynarchs』(『Discovery of Heretics: Unseen Writings』所収)が読みたい。
 

「現代SF作家論シリーズ(22) 大原まり子 『吸血鬼エフェメラ』を読む」鈴木とりこ
 

「霧に橋を架けた男」(前編)キジ・ジョンスン/三角和代訳(The Man Who Bridged the Mist,Kij Johnson,2011)
 ――男は都からはるばるその町にやってきた。広大な霧の川に架ける橋を建造するために――(袖コピーより)

 「霧」といっても酸を含み、特殊な舟でしか渡れず、つねに魚や「でかいの」に襲われる危険をともなっています。川の左岸町と比べて右岸町は橋の建造に消極的ですが、前任者が町人とコミュニケーションを取ってくれたおかげで、新任の技師キットも変に疎まれることなく受け入れられます。異世界の物珍しい事物・事象と、難事業に挑む人間ドラマとのバランスがよく、あとは後半で描かれるであろう霧に橋を架けるSF的説明に期待したいところです。
 

「真夏の夢のミッドウェスト――世界SF大会チャイコン7レポート」巽孝之
 

 


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