『Kean』Alexandre Dumas,1836年。
戯曲。散文。イギリスが舞台の現代劇。
キーンは名の知れたシェイクスピア俳優だった。女にもモテたが、キーンが真に愛しているのはケフェルト伯爵夫人エレナだけであった。ところが財産目当ての婚約者メヰル卿との結婚式から逃げ出して来たアンナ・デンビイも、その足でキーンの自宅を訪れたため、キーンとアンナとの関係が噂される。アンナは女優になりたくて助言を受けに来たのだ。キーンはアンナを妹のように思い、俳優業の厳しさを教えて帰るように諭す。だがメヰル卿がキーンの名を騙ってアンナを呼び出したため、キーンは怒ってメヰル卿をぶちのめす。借金の取り立て、妻との仲を疑っていた伯爵の訪問、さらには皇太子もエレナを愛していながらごまかすような口振りをされ、キーンは発狂したふりをして、メヰル卿と皇太子を舞台上で批判するのだった。エレナの扇という決定的な証拠を伯爵に突きつけられながら、恋敵ながら友情にも厚い皇太子の機転で、すべてうまく治まり、キーンはアンナとともにアメリカの劇場に旅立った――。
実在の俳優エドマンド・キーンの存在に触発されて書かれた戯曲です。
破天荒な俳優を取り巻く恋愛(三角?多角?関係)が中心になってはいますが、俳優や芸人仲間との楽屋裏めいたやり取りや、キーンの俳優としての苦悩など、「俳優が主役の戯曲」としての見せ所も多々あり、ほかの作品には見られないデュマの顔も見ることができました。こと恋愛や友情に関しては「何を読んでもやっぱりデュマ」ですが。
自由気ままに生きているように見えるキーンの、「ああ、厭な爲事だなあ……自分の感情といふものを持つ事が出來ないのだ、喜びにしろ、悲しみにしろ。悲しみに張り裂けるやうな心で、ファルスタルフを演じ、喜びに滿ちてゐながらハムレツトに扮しなければならない。いつも假面だ。本當の顔を出して見せる事は一度も無い……」という独白は一つの山場でした。
発狂した(と思われている)キーンのもとから誰もが逃げ出したときも、一人見抜いてキーンのもとに残ったサロモン爺さん。大家族の一人で妹の名づけをキーンに頼む軽業師のちびのピストル。酒場「石炭坑」の主人ピイタ。会話のなかにのみ登場する、ピストルを蹴飛ばそうとしてひっくり返って怪我をした喇叭吹きのボブ爺さん。歴史物の制約がない分でしょうか、脇役たちが光ってました。
最後の場面で「そうら、あなたが芝居をなさる時には、プロンプタアがいるでせう?」とアメリカ行きにお供しようとするサロモンに対し、キーンは「(サロモンとアンナの)あなた方二人が、私の本當の友達だ!」とまで言って感激します。侮辱されながらも友情を忘れずに危険から助けてくれた皇太子が目の前にいるのに、です(^_^)。当然皇太子は「そして、あなたは忘知らずだよ。キイン。」(原文「un igrat」なので「恩知らず」の誤植か)とツッコミを入れて、和やかに幕は閉じられました。