『ヴァンパイア・コレクション』ピーター・ヘイニング編(角川文庫)★★★☆☆

 『ドラキュラ』以前の古典・吸血鬼映画・現代の吸血鬼作品から選りすぐった吸血鬼譚アンソロジー
 

「はじめに」ピーター・ヘイニング/風間賢二訳
 

「プレリュード――ドラキュラ城の崩壊」ブラム・ストーカー/風間賢二

 『ドラキュラ』オリジナル原稿からカットされたドラキュラ城崩壊場面。
 

「骸骨伯爵――あるいは女吸血鬼――」エリザベス・グレイ/浜野アキオ訳(The Skeleton Count,Elizabeth Grey,1828)★★★★☆
 ――闇の王子を相手に神をも畏れぬ契約を取り交わしてしまうと、ロドルフ伯はギリシアの写本どおり真夜中に薬草を集め、黄金色の液体を抽出した。その日、たぐいまれな美貌の少女が急死したという噂を聞きつけ、死体を盗み出した。

 まだ型ができる前の吸血鬼譚なので自由奔放なところもあり、意外と面白い。悪魔との契約で不老不死を手に入れた伯爵が、生涯の伴侶を求めて錬金術か魔術か何かで美女を甦らせたところ、女は吸血鬼となってしまい……。まず、伯爵は吸血鬼じゃないんです。骸骨伯爵。吸血鬼自体については、「死から甦った者は恐るべき存在になる」「吸血鬼に殺された者は吸血鬼になる」「ちょっとやそっとじゃ死なない」「倒すには杭を打ちつける」という(恐らく民間伝承以来の)お馴染みの属性はすでに揃っています。
 

「吸血鬼の物語」ジェームズ・マルコム・ライマー/浜野アキオ訳(The Vampire's Story,James Malcolm Rymer,1847)★★★☆☆
 ――クロムウェルがわたしに使いをよこし、王党派の身柄を差し出すごとに金を提供しようと申し出た。だが当日、自分がだれかに裏切られたのを確信した。逆上したわたしは息子を殴り倒した……。

 『吸血鬼ヴァーニー』より、ヴァーニー誕生篇。歴史もののようなシリアスな感じで始まり、血を吸い人を殺す吸血鬼となってからも、殺し方が化物というより人間の悪党みたいで、思ってたほどチープではありません。
 

「蒼白の貴婦人」アレクサンドル・デュマ&ポール・ボガージ/浜野アキオ訳(The Pale Lady,Alexandre Dumas & Paul Bocage,1849)★★★☆☆
 ――わたしはカルパティア山脈にある修道院に非難することにした。突然、銃声が鳴り響き、気づいたときには山賊に取り囲まれていた。わたしは覚悟を決め、死の訪れを待った。いよいよというとき、山を下ってくる若い戦士が目に入った。

 デュマはほとんどかかわっていないらしいですが、一人の女を取り合う兄弟の決闘そして破滅というのはとてもデュマらしいとも思えます。作中でも吸血鬼伝説に触れられていることから、現実の伝説を意識したのは明らかですが、一族の呪いとからめているところがほかの吸血鬼ものとは毛色が違うかも。
 

「白い肩の女」ジュリアン・ホーソーン/風間賢二訳(The Grave of Ethelind Fionguala,Julian Hawthorne,1887)★★★★☆
 ――ヨーロッパ旅行から帰国したケンの様子がおかしいことに、誰もが気づいた。「君に必要なのは、ちょいとした音楽だね。私が進呈したバンジョーはまだ持ってるかな?」「まだあるよ。しかし二度と音は出せまい」「ええ?」

 アイルランドに伝わる吸血鬼にさらわれた女の伝説――吸血鬼に殺された者は吸血鬼になるというお約束と、これまた定番の〈契約〉の指輪、一夜限りの「牡丹灯籠」型の怪異に、時間の歪みまで加わった、最初期のものとは思えない詰め込まれようでした。
 

「ソーホールの土地のグレッティル」フランク・ノリス/玉木亨訳(Grettir at Thorhall-Stead,Frank Norris,1903)★★★★☆
 ――ソーホールはグラムという男を羊飼いに雇った。吹雪の晩のことだ。「ねえ、聞いて! いまのはなに?」嵐の残響か? 狼の遠吠えか? それとも……朝になり捜索隊が見つけたのは、硬直したグラムの死体だった。ところが死体を運ぶ橇を持って戻って来たところ、死体は消えていた……。

 神話をもとにしているだけあって、強引とも思える豪快な展開が魅力です。何がしたかったんだ、グラムは(^_^。。。〈吸血鬼〉は姿を見せずに「不信心」な犠牲者が恐怖をもたらす点が、その背後にある広がりを感じさせてくれました。
 

「血の呪物」モーリー・ロバーツ/玉木亨訳(The Blood Fetish,Roberts Morley,1908)★★★★☆
 ――スミスが呪術師から買った呪物を入れた包みは、郵便でヘイリングに送られた。ヘイリングが包みを開けると、切断された乾燥した黒い手がはいっていた。

 血を吸う手首という存在が不気味な作品ですが、もったいぶらずにきびきびとテンポがよく、女中が鼠の死骸を見つけて怯えてからあれよあれよという間にクライマックスです。
 

「島の花嫁」バイロン卿(ジェイムズ・ロビンソン・プランシェ)/玉木亨訳(The Bride of the Isles,James Robinson Planché,1820)★☆☆☆☆
 ――スコットランドの南の島々では、いまだにある迷信が信じられている。極悪非道な人間の魂は、永遠の地獄を運命づけられるだけでなく、しばらくのあいだ生者に災厄をもたらす、というのである。

 ポリドリ「吸血鬼」を原作にした舞台のノヴェライズ、というか長いあらすじ。読めたものではない。
 

「夜の悪魔」ピーター・トリメイン/玉木亨訳(Son of Dracula,Peter Tremayne,1995)★★★★☆
 ――キャサリンはフランクとの婚約を破棄し、外国から来たアルカード伯爵と結婚した。「土をいれた箱をもって旅してまわるなんて、この或カードって男は冗談好きかなんかなんですかね……」

 ドラキュラ大好きなピーター・トレメインによる、史上三番目のドラキュラ映画『夜の悪魔』のノヴェライズ。短篇なのに見どころ満載、クライマックスの嵐。謎の連続変死事件、怪しげな外国人、性格の変わったヒロイン、霧やコウモリへの変身、襲撃、吸血鬼ハンター、最後は愛と炎が燃える!
 

「兇人ドラキュラ」ジミー・サンスター/風間賢二訳(Dracula, Prince of Darkness,Jimmy Sangster)★★★☆☆
 ――外は濃霧だった。にもかかわらず、窓に映じた顔ははっきりと見えた――哀願しているヘレンの顔。「お願い……あいつから逃げ出してきたの……」。ダイアナが窓を開けると、ヘレンに手首をつかまれ噛みかれてしまった。

 映画『吸血鬼ドラキュラ』の続編。後半の吸血鬼退治の場面の抜粋。
 

ダーク・シャドウズ」マリリン・ロス/風間賢二訳(Dark Shadows,Marilyn Ross)★★★☆☆
 ――ジュリアはバーナバスに言った。「あなたを変えることができると言ったら、どうお答えになります? あなたを普通の人間にすることができるとしたら?」

 アメリカの人気テレビシリーズの一篇とのこと。吸血鬼の主人公がいかにしてヒーローになったかを描いた、テレビ版の秘話みたいな内容なので、元を知らない人間には何とも言い難い作品でした。
 

「新・死霊伝説(〈ジェルサレムズ・ロット〉の怪)」スティーヴン・キング高畠文夫(Retuen to Salem's Lot,Stephen King,1977)★★★★☆
 ――トゥーキィとわしがバーで一杯ずつ注いだそのときだった。ドアがバタンと開いて、雪まみれの男が入り込んできた。「車が動かなくなって……女房と娘が……吹雪のなかにいるのです」「どのあたりかね?」「標識にはジェルサレムズ・ロットと書かれてありました」

 バカな登場人物が事件のきっかけをつくるのはホラーのお約束。猛吹雪のなか車を走らせて選りにも選って吸血鬼の村で立ち往生というお膳立てばっちりです。タイトルがアレですが、ゾンビやスプラッタではなく、しっかり吸血鬼です。
 

インタビュー・ウィズ・ヴァンパイアアン・ライス田村隆一(Interview with the Vampire,Anne Rice,1976)★★☆☆☆
 ――「きみがたずねていたのは、どのようにして私がヴァンパイアになったのかだったな」「ええ、どのようにして変身したのか正確に知りたいんです。

 長篇からの抜粋。……。
 

「ヴラド伯父さん」クライヴ・シンクレア/風間賢二訳(Uncle Vlad,Clive Sinclair)★★★★☆
 ――我が一族は、歴史ある名家の出である。毎年、すべての家族は私たちの家に集って、同時代に生きる一族を祝して盛大な宴会を催すことになっている。私はそこで、一族の養女マデレインに初めてお目にかかった。

 ここからは現代篇。ドラキュラのモデルとなったヴラド公の末裔を登場させた、(読み終えてみれば)サイコものです。ヴラド公そっくりの外見、あたかも人間の代わりに蝶や蛾を蒐集する趣味、時代錯誤な晩餐会などなど、怪奇でデカダンな雰囲気がいやがうえにも盛り上げます。
 

「ドラキュラ伯爵」ウディ・アレン浅倉久志(Count Dracula,Woody Allen)★★★☆☆
 ――「なぜこんなにお早く?」「晩餐の約束ですぞ。たしか今夜でしたな」「はい。でもまだ七時間も先でございますよ」「というと?」「それとも、あれですかい、手前どもといっしょに日食をごらんになるので?」

 あらすじの通りのユーモア作品です。
 

「十月の西」レイ・ブラッドベリ伊藤典夫(West of October,Ray Bradbury,1988)★★★☆☆
 ――納屋に寝ころんで四人の魂が飛び回っているあいだに、納屋が焼け落ちてしまった。セシイの叫びにみんながふりかえった。「どうすればいいの?」

 一族もの。ここまでのところ現代篇はひねった〈ヴァンパイア〉ものが続いています。
 

「闇の間近で」シオドア・スタージョン/樋口真理訳(So Near the Darkness,Theodore Sturgeon,1955)★★★★★
 ――ティナはチェルシーで貝殻を売っていた。ふと顔を上げると店の中に男が立っていた。「あの……」「ああ、どうも。煙草はいかがです?」男はポケットから煙草入れを取りだした。竜の細工が施されている。「綺麗ね」「七頭いるんですよ」「七番目の竜はどこ?」アラーラ……アラーラ……煙草入れが答えた。

 光電子装置に反応しない、空中に浮かぶ顔、ダンス中に踊り子の首筋に咬みつく、等々、吸血鬼をほのめかす場面はあるものの、吸血鬼ものとしてはかなり変化球(というかこれを「吸血鬼」ものに入れるのはちょっと強引です)。吸血鬼=禁忌を犯すことで神との契約を破棄された者、と捉えた場合、翻って吸血鬼=悪魔と契約した者、という意味では紛れもない吸血鬼ですし、その「吸血鬼」に契約の実行を迫る「悪魔」という存在が不気味このうえありませんでした。悪魔に追われた吸血鬼が主人公に助けを求める……という表向きの筋だけでも充分面白いうえに、さまざまなエピソードが一点に収斂する結末。謎めいていながらその実ズバリこの作品の要約にもなっている一行目といい、贅沢な作品でした。
 

「デイ・ブラッド」ロジャー・ゼラズニイ/浜野アキオ訳(Day Blood,Roger Zelazny,1985)★★★☆☆
 ――人間の血を吸う。彼らは変身する。彼らも同じように振る舞うだろう。これがどんどんくり返される。まるで不幸の手紙だ。そのうちだれもが吸血鬼になり、食物提供者はいなくなる。小難しい理屈はたくさんだ。なかに入り、徒党を叩きのめしてやらなければ。

 これもまた吸血鬼が主人公ではないところが創意、なのだけれど……。「なんとハリウッドな天気」とかいう文章がめちゃくちゃ恥ずかしい。作品全体を覆う気取りといい、80年代の「おしゃれ」が爆発する。
 

「死にたい」ウィリアム・F・ノーラン/風間賢二訳(Getting Dead,William F. Nolan,1991)★★★☆☆
 ――彼はこの六千年ものあいだ、自殺を試みてきた。しかし自殺がうまくいったためしはなかった。日が昇るまで城外にいようとした。杭を心臓に突き刺そうとした。煮つめたニンニクを試してみた……。

 何てタイトルだと思ったら、そういうことでしたか。生きることにうんざりしている吸血鬼が、自分を殺してくれるよう何でも請負業に依頼したところ……。万屋の意図が一度読んだだけではわかりづらいのだけれど、つまり吸血鬼を殺せないのなら、殺せるものに変化させてから殺そうという、二段階の手続きを取ろうとしたということでしょうか。
 

「読者よ、わたしは彼を埋めた!」ベイジル・コッパー/玉木亨訳(Reader, I burried him,Basil Copper,1995)★★★★☆
 ――クィンティンの説は、実に奇抜だった。吸血鬼のようなものがいて、人間を襲っては、その血を絞りとっている、というのだ。実際、犠牲者は極端にやつれ、血球数も少なくなって、腹部に奇妙な傷跡があった。

 キャトルミューティレーションを題材にした吸血鬼譚。陰謀の匂いがするのが今読むと微笑ましい。見どころは何といっても、結末になって明らかになる吸血鬼の気味悪さを措いてほかにありません。
 

「出血者」リチャード・レイモン/風間賢二訳(The Bleeder,Rchard Laymon,1989)★★★☆☆
 ――バイロンの足元の染みは、まるで血の滴のようだ。第二の血痕は、三歩ほど離れた場所にあった。さらに懐中電灯で照らすと、三番目の血痕が見つかった。

 道についている血の跡を見て、怪我をしている美女を助けることを夢想し、跡をたどり続けるおバカちゃんが主人公。吸血鬼というよりも吸血嗜好者ともいうべき怪物のおぞましさには身の毛がよだちます。
 

「ドラキュラ――真実の物語」ジャック・シャーキー/風間賢二訳(Dracula:The Real Story,Jack Sharkey)★★★★☆
 ――ジョナサン・ハーカーの日誌。困ったことになった。私の部屋は外側から閂をかけられてしまったのだ。ふたたび伯爵と対面することには耐えられないが、いつものように、日没後する現れるだろう。

 トリを飾るのは吸血鬼ドラキュラ――のパロディ。こういうばかばかしいの、大好きです。無駄に文体模写に凝ってるし。
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